翌朝、二人はスーツに着替え、警視庁前に立っていた。

「……でかい……。テレビで見る建物そのままじゃないですか……」

「由衣までスーツじゃなくても良かったのに。動きづらいだろ?」

「平気ですよ!それに、大学時代に数回しか着てないのもったいないじゃないですか!私の仕事は椿さんの助手なんですから、椿さんがちゃんとしているのに、私がしていないのはマナーとしてどうかと思います!」

 「何だその口調」と椿は由衣を見る。

「賢そうなイメージに近づけようかと!」

「あ、二人ともごめんね!迎えに来るの遅くなった」

 扉から鷹斗が出てくる。

「泊りなのに迎えに来させて悪いな。疲れてるな……大丈夫か?」

 鷹斗は、昨日の夕食のあと、警視庁に戻っていた。

 捜査が立て込んでいるからと、泊りで捜査していたのだ。

「……うん、まだ大丈夫だ。じゃあ行こうか」

 彼はそう言って二人を異捜ルームへと案内する。

 

 異捜、正式には異例事件特別捜査班という名前だ。

 この班は、で特別に組まれた、元・七吉署の警部・大元創おおもとはじめ、警部補・森本斗真もりもととうま、巡査部長・立本浩一たてもとこういち、巡査・土屋大貴つちやだいき、そして鷹斗の五人で組まれた警視庁に新しく置かれた班。

 椿の“能力ちから”が必要だと判断される事件に対応する、特別編性チームだった。彼の“能力”、それは人には視えないものが視え、聴こえない声が聴こえ、人ならざるものを祓うことができる、生まれ持った特別な能力。

 それを使って、を解決したことを警察は知っていた。

 そのことを不問に付す代わりに協力しろという、半ば脅しのような依頼だった。


「ここが、異捜の本部だ」

 鷹斗がそう言って案内したのは、警視庁捜査一課内にある専用のスペースだった。

「本当に一課なのか……」

「あれ、俺……一課って言わなかったっけ?」

「いや、言ってたよ」

「まさか、俺の言ったこと信じてなかったのか!?」

「本当に栄転なんだな」

 叫ぶ鷹斗を放っておいて、椿は部屋を見回す。

「だからそう言っただろ!」

 由衣には何のことだか理解できていないように見えたが、本人も警察内部の細かなことまでは気にならないらしく、椿同様に辺りを見回していた。

「あ、そういえば大元さんたちな、前の事件で昇進したんだ。ほら、俺が昇進したのは言っただろ?大元さんは役職が……」

「椿君……?」

 後ろから声を掛けられる。

 振り返ると、声の主は大元だった。

「大元さん!お久しぶりです!お元気でしたか?」

「ああ。私は元気だ。椿君はどうだ?体はもう大丈夫なのかね?」

「ええ。やっと元に戻りました」

「そうか。なら安心だ。松風君からある程度は聞いているかね?詳しく話をするから、ちょっと向こう行こうか」

 大元は三人を別室へと連れて行った。

 捜査一課の異捜班ルームの内にパーテーションがある。そのパーテーションの奥に移動すると、一つの大きな部屋を区切った形でスペースが設けられていた。プレートが付けられ【ミーティングルーム】と書かれている。

「そういえば大元さんたち、昇進されたんですよね?おめでとうございます」

 椿がそう言うと、大元は頭を掻きながら「いや~どうも」と返事する。

 小会議室内には、見たことのある、疲れた怖い顔が並んでいた。

「皆さんお久しぶりです!」

「あ!椿さん!お久しぶりです!あれ?由衣さんは……」

「ここにいますよ!」

 椿の後ろから由衣が顔を出すと、見慣れた顔はあっという間に溶ける。

「じゃあ、改めて紹介しとくとしようか……」

 大元は、自分のメンバーを二人の前に連れてくると、昇進したこと、異捜班のこと、事件のあらましを説明した。

 隣を見ると、由衣がメモを取っている。思わずのぞき込む椿。

【大元さん→警部から警視へ。森本さん→警部補から警部へ。立本さん→巡査部長から警部補へ。森本さん→巡査から巡査部長へ。警視庁に新しく置かれたのは異捜班。椿さんの力が必要な事件を扱う特別な班】

「全部メモしてんのか?」

「へ?あ……はい。覚えておいた方がいいだろうし、間違ったら申し訳ないし……」

「俺が覚えてるから大丈夫だ」

「それはそうなんですけど……マイルールって言うか……」

 由衣はメモを続ける。

「それで事件のことなんだが、公園で遊んでいる子どもがいなくなった。父親が通報し、事件が発覚。事件当時はその子は一人で遊んでいたらしくて、そこを狙われたと考えている。公園に防犯カメラはなし、周辺のカメラにも映っていない。聞き込みをしたが、事件発生当時と思われる時間は公園に子どもがいたという証言がない。偶然見かけていないのか、証言をした人が虚偽証言なのか……それとも、関連なのか……」

「なるほど。関連の可能性もあるからと、俺を呼んだんですね。俺をアドバイザーにしようとしていると聞きましたが……」

「否定はしない。関連だろうが、違っていようが、君の能力は役に立つ。それに、能力がなくても君は、その推理力で何とかなるんじゃないかと思ってね。アドバイザーにしようとしたのは認めるよ。君に嘘は通用しない」

 大元はそう言う。

「そこまではっきり言われると、何も言い返せませんよ」

「ははは、だろうね。それで……あらましで何か質問は?」

「資料があればください。それに目を通してから質問します。あ、でも一つだけ。この誘拐事件、大元さんたちが動いているってことは……やっぱり関連の事件の可能性が高いってことですか?」

「……まだわからない。でも、可能性は高いよ。いなくなった子供は、最近よくって父親に言ってたらしいから」

 椿の隣で由衣が身震いする。

 その肩を椿が触ると、震えは止まった。



「悪いな……巻き込みたくないって、事件には関わるなっていつも言ってるのに巻き込んで……」

「気にするな。お前が巻き込んだりしなくても、本業の方で勝手に巻き込まれる場合もある。何かが起こったらそれはその時だ。それに……お前がいてくれるんだろ?なら大丈夫だ」

「……告白か……?」

「バカ!んなわけねえだろ。ふざけたこと言ってねえで、さっさと会議室戻るぞ」

 自動販売機前で繰り広げられていた謎の掛け合い。

 それをじっと見ていたのは、土屋だった―――。

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