⑤
「じゃあ行ってくる!」
新調したスーツに身を包み、鷹斗は出社した。
「椿さん、私もう少ししたらバイトに出かけます。一人で大丈夫ですか?」
「ああ。もう大丈夫だ」
椿はリビングに持ってきたノートパソコンを触り始める。
「じゃあ、椿さんもお仕事頑張ってくださいね。時々は休憩して、お昼も食べてくださいよ?冷凍庫に入れてますから、温めてください。飲み物はいつものようにお茶とアイスコーヒー作って入れてますからね」
由衣はそう言う。
「うん、サンキュー」
「じゃあ行ってきます」
「気を付けて行ってくるんだぞ」
椿は由衣を見送り、自分もパソコンの前に座る。
「……やるか……」
椿はパソコンを開き、いつものようにアプリを開く。
「先に“月刊科学”からやるか……?今月のテーマは……」
椿は由衣がまとめてくれているノートを開く。
【SNSを見ていると、最近は火の玉が気になる人が多いようですよ!火球が落ちてきているからか、火球と火の玉の違いは?見分け方は?とか、実は火の玉は人の魂で俗に言う人魂で……みたいな感じのコメントとか多いです】
由衣はそうノートに書いていた。
「火の玉か……」
椿は自分の“秘密の部屋”に入り、いくつか資料を持ってきた。
パラパラとページをめくり、該当箇所を開く。
「“火の玉の正体。それは人が亡くなったときや、亡くなる二~三日前に魂が体から離れて飛ぶことを言う。人魂とも言い、この世に心残りがあるためにさまよっていると昔から考えられてきた”……で、あとは……」
椿は夢のことなど考えなくてもいいように、仕事に没頭した。
時間はどんどん進んでいく。
時計の針は午後一時を指す。だが、椿は熱中しすぎているのか、お昼を食べるのも忘れていた。
ブーっとスマホがバイブする。
「ん?」
スマホを見ると、由衣からメッセージが届いていた。
【お昼、食べました?まだなら食べてくださいよ!椿さん、お昼忘れてるでしょ?】
「あ、忘れてた……」
彼は【忘れてた。今から食べる。ありがとう】と返事し、キッチンへと向かう。
冷凍庫を開けると、【椿さんのお昼ご飯】とマスキングテープが貼られているタッパーがあった。
取り出し、ふたを開けると、中にはお弁当のようにきれいに詰められたおかずが入っている。
「マジか……」
朝からよくこれだけ……と、椿は温かな何かを胸に感じた。
タッパーのおかずを電子レンジで温め、ご飯をよそって、口にする。
「うまっ……」
お箸が進む味付けのためか、椿はあっという間に食べ終わった。
そして午後の仕事にとりかかろうとしたとき、今度は鷹斗からメッセージが届く。
【帰ったら話がある。19時までには帰れるから】
「話ってなんだ……」
椿はメッセージにある“話”が何か気になりつつも、仕事に戻った。
*
「それで話ってなんだ?」
夜、三人は久しぶりに出前を取り、夕食の時間を過ごしていた。
「あ、ああ……実はさ、お前に依頼って言うか……異捜からなんだけど……」
「異捜から?俺に?」
椿は箸を一旦置き、鷹斗の話に耳を傾ける。
「詳しいことは明日、警視庁で大元さんから説明されると思うけど……警視庁の異捜からお前に、正式に依頼があるんだ」
「その事件ってなんだよ」
「児童誘拐事件……なんだ……」
鷹斗は恐る恐る話す。
「え、またですか!?前もそうだったのに……」
「また俺絡み……なのか……?」
椿はそう尋ねる。
「分からない。吉川さんは今もまだ病院にいる。彼が絡んでることはまずないだろう。お前や俺の周辺を調査したが、関連はなさそうなんだ。だから、関わらせたくないって何度も断ったんだが……」
「本当に、椿さんの能力が必要なんですか……?椿さんに関係ないなら、関わる必要もないじゃないですか!どうしてそんな……」
「異捜は、椿をアドバイザーにしようとしてるんだよ。阻止したくても、たかが一介の刑事と、役職について警察全体を見ている刑事じゃ、権限も何もないんだ……」
三人は黙っていた。
「……分かった。協力する」
「助かるよ……」
椿は捜査に協力することを承諾した。
「鷹斗さん、私も行きます。私は椿さんの助手兼お世話係ですから、私もお供しますからね。それが、椿さんを事件に関わらせる条件ですから!」
こうなった由衣は誰にも止められない。
鷹斗は渋々了承する。
児童誘拐事件……また俺に関係あるのか……?俺に関係があるとすれば、俺の過去を調べて調査すれば何か出てくるだろう。だが、そんなことは既に警察がしてる。それでも何も出てこないということは……この事件、本当に俺の“能力”が必要なのか……?
それとも警察は、俺の能力を見て事件に関わらせようとしているのではないかもしれない……。だとすれば、本当の目的は……。鷹斗の言うように単なるアドバイザーってだけでいいのか……?
それにしても誘拐事件か……まさかあの夢が関係してるんじゃ……。
「椿?どうかしたか?」
「いや、何でもない」
そうは言ったものの、椿は何かしらの疑問を払拭できずにいた。
その夜、椿は〈秘密の部屋〉にこもっていた。
部屋から出てきたのは、深夜三時になったとき。
階段を上る彼の足音で、由衣は目を覚ました。
「……いつもと違う……」
由衣は部屋のドアを開け、そっと外を伺う。
真っ青な顔をした椿が、壁にもたれかかって立っていた。
「椿さん……?」
声を掛けると、椿は今にも倒れそうな顔で由衣を見返す。
「悪い……起こしたか……」
「トイレで起きたんです。椿さん、具合悪いですか?」
「いや、疲れただけだ……」
彼はそう言って、ふらふらとした足取りで部屋のドアノブをつかむ。
だが、それすらも力が入らないのか手はぶらりと力が抜けた。
「開けますよ?」
由衣は椿に確認を取り、ドアノブをひねる。
静かに扉が開き、彼女は椿を小さな体で抱えながら、部屋へと連れて入り、ベッドへ寝かせた。
「本当に大丈夫ですか……?」
「ああ。ありがとう……ちょっとやることがあってな……心配ない」
彼はそう言って、眠りについてしまった。
「椿さん、私や鷹斗さんに内緒で何してるんですか……私、怖いです……」
由衣のその声も届かず、椿は疲れ果て、眠っていた―――。
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