第3話 見落としていたモノ
食事はあまり喉を通らなかった。
彼らの目の前で、自分たちだけがパンを食べるのがいたたまれなく馬車の中で食べたいと申し出たのだが、あっさりと却下されてしまったからだ。
「ルナ、これから私たちは商団という大きな家族になるんだ。一緒に食事を取ることだって時には必要なこともあるんだ。良好な関係を築いてこそ、よい商いができるというものだよ」
これは父親の言い分だ。
嘘つき……
家族なら一緒のものを食べるんじゃないの?
同じ釜の飯を食べた者たちにこそ信頼関係は生まれるんじゃないの?
穂香だったらそう言うに違いない。
かといって、1つしかないパンを分け与えることもできず……
だって、5家族の農家はどこも子沢山で、子供だけでも20人以上いるんだから……
そういえば、昭和初期の日本でも子沢山だったと聞く。穂香の祖母も7人兄弟だったらしい。
1人だけにあげたら、不公平になるだろう。
チラチラと私のパンに視線が釘付けになっている幼子をみると、どうしても食欲がわかなかった。
子供たちのパンへの視線が針のように心に突き刺さり、食べかけのパンをマコムに頼んで馬車に片付けてもらっていた時だ。
私はお腹を空かせた子供たちを見ていられなくて、遠くの景色をみているふりをしていた。
ちょうど、視界に入ってきたのは、先程伐採していた木材だった。
薪にでもするのだろうか? 簡易テントの近くに積み上げられている。
何気なしにその木材を見ていたとき、薪にしては見慣れないものが視界に入る。
ん? んんん?
木材より細くて、緑色で、一定の間隔ごとに節がついている。まるで、それを見ると流しそうめんを連想しそうな……
あれって竹じゃないの?
かぐや姫が生まれたっていうアレよ。
この山って竹藪まであるの?
そういえば、竹といえば……
春先になると近所に住んでいた親戚がお裾分けで筍をくれたんだよなぁ。
お母さんは、よく筍ご飯や煮物を作ってくれたんだよね。あっ、天ぷらも美味しかった。
「ルナ、何考えてるの?」
思考の中に、兄の声が割り込んできて、ビクッと飛び上がる。
あっ、いけない。いけない。
脱線して穂香の記憶を回想してしまっていた。
「もう、お兄ちゃん、驚かせないでよ。ほら、そこに竹があるでしょう? それで、色々かんが……え……」
なんだろう?
何か……何か、見落としてるような気がする。何かとてつもなく重要なことを……
瞬間、私の脳裏に電撃が走る!
そうだよ、何でこんな単純なことに気付かなかったの。
私、ううん、この場合はルナと言うべきだろう。
ルナは筍を食べたことがなかったんだ。
市場でも売ってるのを見たことがない。
「まっ…まさか……」
私は無意識に声に出して呟いていた。
しかしながら、ボソボソと呟いたので、聞こえてはいないだろう。
顔も少しばかり青ざめていたのかもしれない。
「ルナ、今も食欲なかったし、どこか具合悪いの?」
兄が心配そうに顔を覗き込み、私の額に手を当てた。
私は衝撃でそれどころではなかった。
だって、だって、この予感を認めざるを得ないから。
『いや、まさか』と思いながらも、それ以外の可能性が思いつかない。
ルナが筍を知らなかった理由。
それは、サラドレン国、もしかしたら……この世界では、食材として認識されていないから?
いや、そんなことってある?
じゃあ、何故、私は食べたことがなかったの? 心の中で問答しても、同じ結論に戻らざるを得なかった。
「ねぇ、お兄ちゃん、熱なんてないわよ。手放してよ。」
それから父親の方に向きなおり、高鳴る胸を落ち着かせながら、注意深く質問する。
「お父さん、この山には竹が自生してるの?」
ドキ、ドキ、高鳴る心臓の音を聞きながら、返答を待つ。この返答次第で、この先の私の行動が変わるからだ。
もしかしたらだよ。
乾パンは無理でも、農民たちに未知の食材を教えることが出来るかもしれないのだから……
「うん、竹の木かい? そりゃあ、ここは山だから、色んな木が群生しているよ。竹の木はここからじゃ見えないけど、家を建てる予定の丘の裏手にあるんだ。そこには、倉庫を建てる予定だから、竹は全て伐採する予定だよ」
「伐採だめーーー」
私は大声で立ち上がった。
家族や、商団員、農民たちが一斉に私を見る。
お父さんですら、困惑した表情をしている。
商団員たちは、何だ何だと興味津々そうな顔で私を目視した。
「伐採を担当した方に聞きたいんですけど、筍……ううん、竹の新しい新芽は土の中から覗いてなかったですか?」
今は春だ。私の記憶が間違ってなければ……
勘が正しければ……今がシーズンではないだろうか?
「ほら、あそこにあるやつかい。あの新芽は成長が早くて、数日放っておくと、すぐ木になってしまってなぁ。困りもんだ」
男性農民の指先を辿ると、テント脇には、私の想像した筍があった。
「あっ……」
想像通りのものが見つかり、嬉しさと誇らしさがあるはずなのに、感情とは正反対のものが瞳から溢れそうになる。
どうして、涙が……
私は必死で涙を堪える。
その理由は少し考えれば分かったのだが、その時の私は興奮で、考えには至らなかった。
あぁ、私にも出来ることはあったんだ。
穂香の知識が、お腹を空かせた農民たちの少しでも役に立てるなんて……
その後、家事をしてこなかったせいで、根本的な問題に直面することになろうとは思っても見なかった。
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