第2話 新規開拓
私は汚れてもいいような、シンプルな服に着替えて、馬車に乗り込んだ。
それにしても、私ったら、スカートしか持ってないなんて……。
サラドレン国では、スボンは男性の服、スカートは女性の服という固定観念がある。
日本だったら、パンツ姿でも、カジュアルでオシャレな装いはできるのにとため息をはく。
穂香は、パンツスタイルも、スカートも半々くらいで持ってたのになぁと、遠い目をして、黄昏れてみる。
……が、何も現状は変わらなかった。
まっ、それも当然か!それが現実なんだからと、皮肉って、穂香がルナに突っ込んだ。
何やってんだ、私。
一人で百面相をしてると、兄に話しかけられた。
「何か、楽しい想像してる?山って、そんなに面白いものなんて無いと思うけど……。あっ、そろそろ到着するよ。」
「えっ、本当?」
私は慌てて、窓を開ける。春の暖かい日差しとぬるい風が髪をさらう。
いよいよ、季節は春まっしぐらだ!
遠くの山々には、点々と桜の木が見えた。
「そろそろ、桜も終わりよね……」
しみじみそう呟いてしまう。
「あっ、うん。そうだね。桜の木がどうかしたの?」
「うーん、花見したかったなぁと思って……。」
「桜の木で?」
そう、サラドレン国では、桜を観賞するという風習自体が存在しないのだ。
精々、国民の認識で言えば、『少しの期間しか咲かない花』レベルだろう。
だから、私は兄に振り返り、約束を取り付ける。
「今年はもう無理かもしれないけど、いつか桜の木の下で花見しましょう。」
「…いいけど…」
不思議そうに約束してくれる兄の横で、書類を読んでいたお父さんも顔を上げる。
「うーん、そうだなぁ。来年には引っ越しも終わるから、出来るかもね。」
と父親の約束まで取り付けれたのである。
しばらくして、山の麓に到着した。
「この辺りからが我々の土地になるよ。」
お父さんが地図を見ながら、教えてくれる。
主に、兄に説明しているのだが…。
私も兄の横でウンウンと聞いていた。
ふと、山の方に目をやると、農民たちが木を伐採している。
斧を持って大小さまざまな大きさの木を伐採していく。まるで木こりのような光景に不思議に思い、質問していた。
「ねぇ、お父さん。彼らは何をしているの?」
お父さんは、兄との話を中断し、私の視線の先を見やってくれた。
そして、伐採風景を見るやいなや、優しげな口調で私に向き直った。
「あそこは畑になる予定だよ。少し上を見てご覧、高台になってる場所があるだろう?そこには私達の新居が建つんだよ。その少し下には、部下たちの家が立つ予定だよ。」
「わぁー。ここに引っ越すのね!」
私は、歓声を上げた。
そう、私たちは来年には、この山に引っ越しし終えているはずだ。街に住む限り、税金からは逃れられない。サラドレン国では、国に払う国税と領主に払う市民税の二重の税金があった。
サラドレン国に住む以上、国税からは逃れられない。だが、領主領の市民でなくなれば市民税は必要ない。
大きな買い物をしてしまった我が家は、高額な市民税もケチらないといけない。
そのため、自分の土地に引っ越しすることになった。
といっても、見渡す限り、山、山、山。木、木、木なんだけどね。
「今いる彼らは、第一次移民だね。」
「……そうなんだ……」
もちろん、山に住む以上、山の管理も必要だ。そのため、農民を5つの家族、雇ったのだ。彼らは今後、山の麓で、農作物を作るのが仕事になる。
そこで育てた農作物は、私達の商団の食料となる。商団の人員も雇っている以上、彼らを養っていくのも、頭領の役目。
食料も可能な限り時給自足しなくては、やりくりは出来ないのだ。
日本の感覚でいうと、支出ばかりでなく、収入も必要ってことね。
ただし、農民には給料はない。
信じられないだろうが、これがここでの現実だ。
その代わり、食事だけは、保証する。
それがどんなに高待遇なのか、お分かりだろうか。
毎日食べるものがなく、飢える心配がないことが農民たちにとっては、いかに希望の光であるか……
穂香なら、あり得ないと思うだろう。
タダ働きではないかと憤慨するだろう。労働法違反よ、と怒るかもしれない。
でも、ルナである私は5つの家族しか、雇ってあげられないことを申し訳なく思ってしまった。
もっと、雇ってあげれたら良かったのだけど……。
それは、私がどうこうできる問題ではない。
お父さんや、兄が、今後商団を大きくしていって、沢山の貧困層を雇えるようにするしかない。
改めて私は無力な自分に気づいてしまった。
視察はつつがなく終わっていく。私は、父さんの指示で、山の麓で留守番をしている。
お父さんと兄は山の中腹まで行くそうだ。
隣国への道は、やっと中腹辺りまで出来上がりかけていた。
しかし、まだ道の整備が終わってないので、馬車では通れない。
夏までには、馬車が通れる立派な道が出来上がるだろう。
私は暇を玩びながら、農民たちの観察をする。そろそろ、昼時になるからだろうか。
農家の少女たちが、昼ごはんの準備に勤しんでいる。中には、背中に赤子をおぶった少女もいる。妹か、弟なんだろうな、とぼんやり考える。幼稚園くらいの歳の子は、石で地面に絵を書いて遊んでいる。
一律に言えることは、子供たちは誰も彼も痩せているということだ。
ふっくらとした面持ちなのは、私と付き添いで来てくれたマコムくらいだった。
昼ごはんは何を食べるのかしら?と気になった私は立ち上がった。
「お嬢様。どこに行かれるのですか?」
不思議そうにマコムが聞き返した。
「あぁ、彼らの食事が気になってね。」
私は素っ気なく応える。
普段の私なら絶対にしない行動だから、あまり追求はされたくない。
「あー、そうなんですね。お嬢様、お腹すいたんですか?」
なんで、そうなる!!?
私が食い意地をはってるようにマコムには見えているのだろうか?
「お嬢様、もうすぐ出来上がると思いますよ。私も実はお腹が空いてきたんです。」
「えっ??」
私は驚いて聞き返した。
「あれ?お嬢様、ご存知なかったのですか?今日は私たち、視察団の巡回日なので、彼らと一緒に食事を取るのですよ。もちろん、パンは持参していますよ。キノコスープももう少しで出来ると思います。」
マコムはどこで知ったのか、得意気な顔をして教えてくれた。
そうなのね…
えっでも、ちょっと待って。
パン……持参してるって?
じゃあ彼らのパンは?
首をひねり、私は答えを導きだした。
「あっ、彼らは乾パンを食べるのね。私達だけ、普通のパンで妬まれないかしら。」
今度は、マコムが、驚いた顔をした。
マコムの驚いた顔に、私も再度驚く。
次第に状況を飲み込めたらしいマコムが、眉を下げて、間違いを正してくれた。
心持ち、声も低く、顔色も暗そうだ。
「……お嬢様……。……彼らにパンはありません。…キノコスープのみです。」
私は目を見開き、反射で立ち上がった。
そう…馬車の中で。
「つっ……つう」
言葉にもならない、音が発せられる。
目の前に星が飛び散っている。
しかし、すぐに頭を抱え座り込んだ。
「いた…いたた…」
「もうお嬢様ったら。」
マコムが、お転婆でしょうがない妹を見るかのような目をして、慌てて冷水を貰いに馬車から出ていった。
一人残された私は馬車で震えていた。
もちろん痛くて震えていたのではない。
頭を押さえているので、痛いのは間違いないし、それも原因の一つではあるが……
スープだけ?
しかも具はキノコのみしか、視界に入らない。
これが、食事を保証された雇われ農民?
そりゃあ、朝夕の1日2食しか食べれない農民は、ザラにいるけど……。
昼ごはんを食べれること自体が、珍しい訳だけれど……
ジンジンと物理的に痛む頭の痛みと、ジンジンとゆっくりにそして深く浸透していく胸の痛みは、いつまでも収まりそうになかった。
穂香の地球でも、ルナの世界でも、貧困という現実は非常として厳しかった。
ただ…ルナの方ではより身近にあっただけの差。
気づかなければ良かった。
そしたら、知らんぷりでしたのに……。
2人の私は、無意識に同じことを考えていた。
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