Heavy Rain③
「春くーん?」
押し黙った私の言葉を絞り出させようと両肩に置いた手に力を入れる春陽だったが、外の雨音に混じって下の階から母が呼ぶ声が微かに届く。少し何かを考えるように私の目から視線を逸らし、何かを決意したように目線を上げて両手を元の位置に戻す。
「待って。絶対に何も言わないで。約束して」
部屋から出ようとする春陽の手を今度は私が掴み、顔だけこちらに向けた春陽は仕返しなのか返事もせずに振り払おうとする。
振り払おうとする手に負けずに両手に持ち替えて手を引き続けると、母にもう1度呼ばれた春陽が折れる。
「分かった。今回は何も言わないけど、次は母さんに事情を聞くから」
「何言ってるの? お母さんは関係無いよ。全部鈍臭い私が勝手に転んで痣を作るだけだから」
「真面目なねねが嘘言わないもんね。分かった」
その言葉に罪悪感を感じながらも手を離し、部屋から出る去り際に何かを呟いた春陽に不安を覚えたが、もうここまで来たら信じるしかなかった。
次からは絶対にバレないように緩い服を着ないようにと気を引き締め、手始めに服を着替えて少しでも傷が見えるような服をクローゼットの端に寄せる。
乾燥し過ぎた部屋のせいか、喉が渇いてキッチンまで水を取りに行こうと階段を静かに下りていると、微かにリビングの方から春陽とお母さんの声が聞こえる。リビングの方からではなく、トイレとお風呂場の前を通る道からキッチンに入り、そっと冷蔵庫からペットボトルの水を取り出して部屋に戻ろうとすると、すぐ隣のリビングから語気の強い春陽の声が聞こえた。
「ねねに酷い事してるの母さん? お願いだから全部言って」
「どうしたの春くん? 突然変な事言い出して。お姉ちゃんのいたずら?」
「今日初めて気付いた。ねねは必死に隠してたけど、肩に痣があった。それに母さんを異常に怖がってたのも、今まで変だと思ってた。こんなにも優しい母さんを怖がるなんて、何か余程の事がないとああならないよ」
「……そう。見たんだ、全部?」
「全部? あれ以外にもまだあるの!?」
突然無表情に変貌した母の顔が俯く。
やがて顔を上げたかと思うと、目は春陽の方を見ているが、ずっと遠くの何かを睨み付けるように口を開いてぽつりぽつりと話を始める。
「私は悪くないの春陽。あなたのお姉ちゃんはね、私たちとお父さんを引き裂いた元凶だから。だから当然の罰なのよ」
「やめてよ春陽! 言う通りだから、私が悪いから良いの」
「ねねも正直に全部言って。母さんも何があったか、俺に全部話して」
「私部屋に戻る」
「後でねねの話も聞きに行くから部屋で待ってて」
怖いくらいに低く落ち着いた声音で核心に迫ろうとする恐怖から、家から飛び出したくなるが、少し面影のある目元に体が逆らえなくなる。
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