Heavy Rain②

 自分の家なのに忍び込む様に静かにドアを開けて靴からかかとを出し、びしょびしょになった靴下を脱いで洗面所に小走りで入る。洗濯機に濡れた靴下を入れて、すぐに自分の部屋がある2階に上がる。

 自室のドアを閉めてほっと一息吐き、嫌に肌へと張り付く制服を脱ぎ、エアコンの除湿のスイッチを押してリモコンを持ったままベッドに背中から落ちる。日が傾いて薄暗くなった部屋で数秒頭を空っぽにし、それからカーテンを閉めて部屋の電気を点ける。


「また増えたかな」


 服で隠れる場所にばかりある痣や傷をさすりながら腕を顔の前に伸ばし、赤く腫れた新しい傷に右手で蓋をする。


「ねねー。部屋に居る?」


 ドアの前から春陽の声が聞こえて急いで上着とズボンを身に着け、少ししてから「なに?」と短く返事を返す。


「開けてよー。学校の事で話したい事あるから」


「その話し長くなる?」


「ねねが嫌がらなければすぐ終わるよ」


「じゃあ嫌だから帰って」


「困るよ。先生から頼まれたし」


 少し声が大きくなった春陽を急いで部屋に引っ張り入れ、ドアを閉めて鍵まで掛ける。そしてドアの目の前に立つ春陽の顔は届かないため、腰辺りのドアに手を叩き付ける。


「どう言うつもりなの。お願いだから家で私に話しかけないで」


 初めてこんなに強気に出たのが余程驚いたのか、大きな目を更に見開いて口を少し力ませながらつぐんでいる。

 だが恐る恐る手を伸ばして私の服をずらして肩を露出させる。


「何すんの! 気でも狂った!?」


すぐに手を払い除けて服を直して痣を隠し、驚きで硬直した春陽から距離をとる。


「その痣なに……そんなの、今まで気付かなかった」


 昨日お風呂で確認した時に出来ていなかったからと、油断していた予想外の綻びに気付かれ、暫く何も返事が出来ずに言い淀んでしまう。やがて私の口から出たのは、言い逃れるには最悪の下手な嘘だった。


「今日転んだでしょ。その時に打っただけで……」


「ねねが母さんを怖がる理由ってそれなの?」


「違う! 違うから、本当にこれは転んだ──」


「今日学校で噂してるのを聞いたんだけど、ねねクラスで虐められてるってのも本当?」


「……そんなの、ないよ」


「本当の事を言ってよ! 何で俺に隠すの、ねねが俺の事避けるのも母さんに酷い事されるからだよね!」


 勢い良く両肩を掴まれた私は、これまでの勢いが無くなってしまう。母が私に厳しくなった理由も、それと関係して虐められている理由も、全てぶちまけたくなるのを必死に堪える。


 春陽にだけは、絶対に知られたくない。幻滅されて離れていくのが怖い。それなら、自分から離れてしまおうと、最低と浅はかが入り交じった理由で逃げ出した私を、きっと嫌いになる。それを思うと痛みも怒りも悲しみも、それを伝える言葉もまた飲み込んでお腹を膨らます。


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