NAMELESS

雨宮 祜ヰ

Heavy Rain

 生きれば生きるほどうんざりする事ばかり。


いじめてくるあいつも。

それを面白がって加わるやつも。

遠巻きに見てるだけのやつも。

見て見ぬふりの教師も学校も。

それに気付かない親も。

皆総じて死ねば良い。


 痛みを希望を言葉を飲み込んで、道に転がった石を蹴り飛ばす。

ころころと勢い良く転がる石が長い階段へ飛び出し、あまりにも遠い場所を目指し過ぎた助走が裏目に出て、踏み出した1歩が上手く着地出来ないまま転がり落ちる。


 全身を強く打ったものの、奇跡的に腕に長く伸びた擦り傷と膝の打撲だけで済む。途中近くの公園に立ち寄って水で傷口を洗い流し、ハンカチで濡れた腕を拭いていると、今日のいじめを思い出して、されるがままの自分を俯瞰してしまって情けない気持ちになる。


「何してるのねね」


 じっと立ち止まって動かない背中に声を掛けたのは、私と真逆な人間の、両親に可愛がられ、学校でも人気の弟だった。自分と真逆な姉の背中はあまりに情けなく見えたのか、弟のはるは最初から心配そうな顔をしていた。


「もうお姉ちゃんの事ねねって呼ばないでって言ってるじゃん。春くんも高校生になったんだから、そんな呼び方で恥ずかしくないの?」


「昔からねねはねねじゃん。また転んだ?」


 喧嘩腰な私を上手くかわしながら自分の右腕を上げ、左手の人差し指で上げた右腕の前腕を指差す。


「そう。いつもの事だからほっといて」


「はいはい。じゃあいつも通り早く帰って手当しよ。菌が入ったら痛いぞー?」


「ほんとにやめて、春くんと喋ってるの見られたらお母さんに何言われるか分からないし」


「母さん? 姉弟なんだから何も言わないよ」


「あんたは言われないけど私は言われるの。だから、ほらもう行って」


「分かったよ。もう転ばないようにね」


そう言って公園から立ち去った春陽が待たせていた友だちと合流するのを、私は1人で少し高い植木の隙間から隠れ見る。


 春陽に追いつかないように少し時間を潰そうとベンチに座り、今日壊された赤いアネモネの髪飾りをポケットから取り出す。太陽に透かしてきらきらと輝くガラスで作られた、弟から中学の時に貰ったプレゼントだった。今も大切に持っているのを知られたら、なんて思われるか怖い私は、隠れてこれを太陽に透かすのが好きだった。


「割れちゃったけどくっつくかな」


晴れた空からぼそぼそと降り始めた雨に追いやられ、ポケットに髪飾りを押し込んで家まで走って帰る。

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