第9話

 ルージュとリージュが目を開けると、ワード国の王都の入り口に立っていた。


 だが、見慣れていたワード国の姿はそこにはなく、あちこちから火や煙が立ち込めていた。


「これは一体……」


 この辺りにいるはずの兵士の姿も見当たらない。二人は辺りを伺うようにその姿を探してみる。


 すると、少し離れたところに誰かが倒れている姿を発見した。


 二人はそこへと近付いてしゃがむ。倒れていたのは、近くに住んでいるであろう住民であった。


 彼は血だらけになっており、息も細く乱れていた。


「おい、どうした。これは一体何事だ?」


「ルージュ様……リージュ様……。王が……国民を争いに……。一部の兵士がそれに反発し、我々もそれに加勢していたのですが……」


 彼はそう言い掛けたまま、声を発することもなく動かなくなってしまった。


 リージュは開いたままの目をゆっくりと閉じる。


「早く、父上のところへ行かなければ……」


「エリーゼル、力を貸してくれ」


「当然です。先を急いだ方がよさそうですね」


 二人は立ち上がると、エリーゼルを案内するように街の中を走っていく。


 城の兵士と住民、他にもカイルの部下であろう兵士が戦う姿が時折見えるが、圧倒的な力の差にすでに息が絶えている人の姿も見えた。


 王がいるであろう城へと向かっていると、そこへ立ちはだかるように兵士たちがその道を塞いでいた。


「王子たちだ。反逆者には容赦するな」


「くっ……」


 二人は背中の剣を抜き、彼らを倒そうと剣を構える。


「ここは私が」


 しかし、エリーゼルがそれよりも前に出て二人を制す。


 剣を持っていないその姿で一体どうするのか、と不安になりながらその姿を見ている。


 彼女の手には身の丈ほどの杖が握られていた。何かをぶつぶつと言いながら、杖の先端を兵士たちに向ける。


 紫色の煙がそこから現れ、兵士たちを囲むように向かっていく。


 驚きの声を上げながらそこから逃げようとするが、払っても消えないそれはどんどん包み込んでいき、すっぽりと覆ったところで彼らは気を失って倒れてしまった。


「安心してください。気絶させているだけだから」


「あぁ、助かる。無駄に命を奪いたくない」


 煙が完全になくなったところで、三人は駆け足で城へと向かっていく。


 近付いていくにつれ、兵士の数は増えていく。それをエリーゼルの煙を中心に、二人の攻撃で気絶させてどうにか進んでいた。


 そうして城の前に辿り着く。そこには、今までいた兵士よりも多くの兵士が集まっていた。


 だが、彼らは他の兵士たちと異なり、生気が感じられないような表情をしていた。


「下がってください。もしかしたら、ここの兵士たちは……」


「エリーゼル。だったら本気でやっていい。ここだけは、俺とルージュで必ず通らなければならない」


 剣を握りしめ、剣を構える二人。


 リージュの言葉にエリーゼルは迷いが一切なくなり、再び何かを唱え始める。


 徐々に彼女に光のようなものが纏われていき、力が集まっているように感じられる。


 だが、その姿は非常に無防備であり、二人は懸命に剣で守っていた。


 しばらくするとルージュは何かを察したようで、リージュの方を向く。


「離れるぞ!」


 エリーゼルの方へ下がっていく。


 それを追い掛けるようにそこへ兵士たちが近付いていく。


 同時に、空から矢のように光が降り注いでいき、兵士たち一人ひとりを正確に貫いていた。


 彼女の攻撃であった。


 表情を全く変えず、その光を操っていく。


「すごい……」


「これなら、きっと……」


 最後の一人までを終えると、そこには三人以外誰も立っていなかった。


 これ以上攻撃してくる気配も見えず、先を急ごうと一歩前へと踏み出す。


 そのとき、後方から金属の音が聞こえた。


 ルージュとリージュはそれに気付いたようで振り返る。


 別の兵士が銃を構えて発泡していたのであった。


「エリーゼル!」


 ルージュが彼女に向かって叫びながら、弾丸を弾き飛ばそうと剣を伸ばす。


 しかしそれは叶わず、真っ直ぐにエリーゼルの胸元へと飛んでいく。


 彼女がそれに気付いたときにはすでに、目の前まで迫っていた。自らの力で防ぐことも間に合わない。そう悟っていた。


 そして次の瞬間、勢いのついたまま弾丸はエリーゼルの胸を貫いた。


 穴が開いたそこから、じんわりと赤い血が服へと滲んでいく。


 たった一発の弾丸が、彼女から力を奪っていき、後ろへと倒れ込んでいく。


「貴様ーーー!!」


 リージュの中には怒りが広がっていた。それを込めて兵士へと近付いていき、無防備になっている状態の兵士を思い切り斬り込む。


 バタリと倒れたその姿を見届けると、リージュはエリーゼルの元へと駆けていった。


 一発の弾丸で力を失っていった彼女の身体を、ルージュは優しく触れる。


「おい……エリーゼル……。嘘だと言ってくれ……どうして……」


「ルージュ様……。私の力は……全て、ここにあるのです……。どんどん力が……抜けて……」


「しっかりしろ! 俺たちにはお前が必要なんだ!」


「リージュ様……。お二人なら……大丈夫です……。この、国は……」


 ふぅ、と息を吐いたと思ったが、一気に彼女の身体から力が抜けていった。そしてそのまま、エリーゼルは動かなくなってしまった。


 温かい身体はまだ動きそうな姿である。


 ルージュは彼女のローブを身体から離してから、丁寧に横たわらせる。そして、そのローブを誰の目にも触れられないように覆い被せた。


「エリーゼル、ありがとう……。あとで必ず、君のところに戻ってくるよ」


 ルージュはそう告げると、立ち上がってリージュと共に城の中へと入っていく。


 涙が出そうになるのを堪えながら、今は目の前のことを必死に考える。


 城の中はやけに静かで、兵士の姿が一人も見当たらない。


 不審に思いながらも、二人はどんどん進んでいく。


 階段へ辿り着くと、勢いよく駆け上がる。目指す場所は、王のいる場所である玉座の間であった。


 二人は階段を一気に駆け上がり、玉座の間のある階へと到着する。


 ひんやりとした空気が流れ込んでいる。二人は気のせいかと互いを見るが、どうやら本当に寒いようであった。


 それは玉座の間へと近付くにつれ、より感じるものとなっていった。


 いざ中へと足を踏み入れると、二人はその光景に目を疑った。


 玉座に座っているはずの王はその目の前で倒れており、そこに座っているのは白い服を纏った女性であった。


「は……母上……? どうして……」


「この目で、見届けたはず……」


「ルージュ、リージュ。久し振りね。私はこの通り、生きていますよ。私は、影でこの国を操っていたのですから」


「どうして! なぜそんなことをしていたのですか?」


「私は、全てを支配したかったのよ、リージュ。だから、王を操り、支配していたのです。ですが、それも今日で終わり。これからは、私が全てを支配するのです」


「そんなこと、させるものか! 民が幸せに暮らしていけない王が、あってはならない」


 二人は母へと剣を向ける。


 だが、その力は一切脅威と感じておらず、彼女は余裕の笑みを向けていた。


「その程度の力で、どうにかなると思っているのですか」


 軽く息を吐くように何かを吐き出していく。すると、氷が襲い掛かるような風が二人に向かって吹いていく。


 思わず両手で顔を覆うが、一瞬相手から目を離してしまった次の瞬間、氷の刃が二人の方へと向かってきた。


「しまっ……」


「はぁっ!!」


 そのとき、聞き覚えのある少女の声が響き渡る。


 声と同時に上から大量の水が降り注ぎ、氷の刃を床に落としていった。


「ルージュ、リージュ、無事か!?」


 後ろを振り返ると、レン、ポール、キール、ディオン、ファナ、ルビスの姿がそこにあった。


 ファナ以外の手には、何かしらの武器が持たれ、ファナは術を操っていたようで両手を宙に向かって伸ばしていた。


「どうしてここに……?」


「置いてった機体が直ったぞ。あれを使って来た。俺たちも助太刀しよう」


「それに、私たちも協力したんだからね」


 彼らの隣には、シムカもいた。どうやら六人のために助力をしていたようだ。


「シムカ。大変なときにありがとな」


「それはいいわ。今は、目の前の敵をどうにかすることが先決よ」


 シムカがそう言い放つと、全員が玉座へと注目した。


 一気に二人の味方が増え、それを脅威と認識したようで、苦い表情が浮かび上がる。


「お、おのれ……」


「さぁ、そこからどいてもらおう」


 ルージュとリージュを先頭にし、レン、ポール、キール、ディオンと共に武器を構えながらそこへと向かっていく。


 一斉に近付いていき、あともう少しというところで、彼女の表情が急に不気味な笑みへと変化する。


 それをいち早く認識したルージュは突然立ち止まる。


「それ以上近付くな!!」


「もう遅い!」


 母は右手をリージュの方へと伸ばし、白い氷の糸のようなものを向ける。


 リージュはすぐに気付き、剣で振り払う。


「あっ! ぐぁっ……」


 切り落としたその瞬間、リージュは急に呻きながら立ち止まる。あまりにも苦しいのか、手に持っていた剣を落とし、前屈みになりながら全身を強ばせる。


「リージュ!」


「く、来るな……動くな……」


 苦しみながらそう言うが、ルージュ以外には届いていないようであった。


 しかし、一瞬動きが止まったかと思えば、今度は急に滑らかに動き出して剣を拾い上げる。


 ルージュはリージュに安心し、再び母の方へと向かおうとした。


 その次の瞬間、リージュの異変に気付いた。


「逃げろっ!!」


 ルージュは精一杯叫ぶ。


 その声に驚いた四人は、リージュに一気になぎ倒されていった。


「うぁっ……」


「リージュ……?」


 それぞれ一撃しか与えられていないにも拘わらず、力強い攻撃に圧倒されて立ち上がることすらできなかった。


「っ……みんな!!」


 遠くで見守っていたファナが叫ぶ。その目には涙が浮かび上がっていた。


 悲痛な叫びを耳にしたルージュは、剣をぎゅっと握りしめてリージュへと向かっていく。


 刃と刃がぶつかる音が響き渡る。二人は正面で向き合う。


 リージュのその目は虚ろになっており、まるで氷のように冷たい目をしていた。


「くっ……」


「フフフ……兄弟で争うのはどうですか」


 母はリージュを操り、その動きを自らの意思の通りに動かしていた。


 今の彼は完全に彼女の意思そのものとなっているが、発揮している力は本人のものであった。


「ひどい……なんてことを……」


「これが私のやり方ですよ、シムカ。無事でいたいのであれば、大人しく引き下がりなさい」


「ダメ、そんなことはさせないわ!」


 ファナが再び手を動かし、水を使って彼女を攻撃しようとする。


「そんなこと、無駄ですよ」


 その場から動かないまま、指で空中を思い切り弾く。すると、その動きに合わせてファナが吹き飛ばされる。


「キャッ!」


「ファナ!」


 ルビスは倒れたファナの元へと近寄る。しっかりと息をしているが、起き上がれないでいるようだ。


 そんな姿を、シムカは動けずにじっと見ていることしかできなかった。その胸の内には、不安以外何もなかった。


「ルージュ、リージュ……」


 視線の先にいる二人は、攻防を繰り返していた。互角に戦っているが、ルージュの表情は苦しそうなものである。


 今までずっと一緒に行動していた、唯一信頼していた兄弟。それが今、刃を交えることになっている。


 自らの意思ではないものの、無意味な争いをしなければならないことが、とても苦しいものになっている。


 傷付けることはできない。傷付けたら無事では済まないかもしれない。


 そんな想いを秘めながらも、ルージュはリージュと戦っていた。


「リージュ……俺は、お前を傷付けたくない。お前は、大事な兄弟だ……」


 その声が届いているか分からなくとも、ルージュは懸命に伝えようとしている。


「お前を傷付けるくらいなら、俺が傷付いたって構わない!」


 そう言うと、ルージュはリージュに向けていた剣を突然別の方向へと投げつける。


 勢いのまま真っ直ぐ飛んでいくそれは、母の身体を突き刺した。


「なっ……」


 彼女は胸の中心を貫かれ、血を吹き出して椅子にもたれ掛かる。


 そしてあっという間に息を止め、脈も止まり、動かなくなってしまった。


 剣を手放したことにより無防備になったルージュへ、リージュは思い切り剣を振りかざす。


「うっ!」


 ルージュが呻くと同時に、リージュの目には輝きが取り戻された。


 だが、その目に映っていた光景は、自らの手で兄弟を斬り付けているというものであった。


 気付いたそのときには服が血で赤くなっていきながら、ルージュは後ろへと倒れていった。


 ルージュの身体が床に付くのと同時に、リージュの手から剣が手放されていく。


「ルージュ!!」


 彼の元へと駆け寄り、その身体を抱き上げる。


「おい……しっかりしろよ……」


「い、生きてる……」


 震えるその声は、なんとか出しているものだった。


 そんな姿にリージュは自らの行いを悔い、目には涙を浮かべていた。


「ルージュ、ごめん、ごめん……」


 何度も詫びるリージュ。その声はルージュの耳にも入っていたが、それは徐々に遠くなっていく。


「いや……。ルージュも、みんなも、お父様の二の舞にはさせない……!!」


 シムカはその姿から目を離し、玉座の間の外へと向かっていく。すぐ外にはナトリ、フィン、ディン、カイルが控えており、皆が今まであった光景を全て目にしていた。


「ナトリ、カイル、私と一緒にみんなの手当てを手伝って! フィンとディンは、動ける兵士たちを可能な限り集めて!」

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