第8話

 それから、練習を繰り返す日々が続いた。光輝の厳しい指摘に疲れも溜まっていくが、それでもやり切るという強い想いが皆の中にはあった。


 本番が近付くにつれ、部屋の外にいるときは二人の会話がなくなっていた。自分の役にのめり込み、より上手く演じようとしていた。


 それと同時に、ルージュは綾子と話すことが増えていた。雑談は一切ないが、徐々に彼女から話し掛けるようにもなっていった。




 変化を感じながら迎えた本番当日。一回限りのその劇に、大勢の観客が集まっていた。


 理恵、千秋、飛鳥の三人だけは緊張しているのか、やけに落ち着かない雰囲気であった。そんな三人に、光輝はいつもよりも優しく励ましていた。


「頑張ります!」


 そう言って始まった劇は、大歓声のうちに終了した。


 制服へ着替えてからしばらくすると打ち上げが始まり、皆で盛り上がっていた。


 光輝はいつにも増して褒めていた。そうして会話がどんどん広がっていく。


 しかし、ただ一人、綾子だけはその輪に入ろうとせず、しばらくするとその場から姿を消していた。


 それに気付いたルージュは、こっそりと部屋を抜け出し、彼女の姿を探していた。


 廊下を曲がり、何度も練習をしていた部屋へと辿り着いた。


 部屋の端に並べられた椅子の隣に、ようやくその姿を見つけた。手には台本がある。


「ここにいたのか。探したよ」


 ルージュは綾子の元へと近付いていく。


 声を掛けられてようやく気付いたのか、ルージュの姿を見つけるなり、持っていた台本を椅子に置いた。


「私のこと、探していたの?」


「あぁ。急に姿が見えなくなって、心配していたんだ」


 ようやく目の前までやって来たルージュ。すっと手を差し出し、綾子の手を取ろうとする。


「戻るぞ」


 その手に触れようとゆっくりと細い手が伸ばされていく。


 素直な行動に安心したのか、ルージュから笑みが漏れる。


 ようやく触れようとしたその瞬間、綾子は一歩前へ出てルージュとの距離を詰める。


 そして、伸ばしていた手をルージュの顔へと近付け、両手でその顔を包み込む。


「なっ……何?」


「戻るって、みんなのところに? それとも、あなたの故郷のワード国のことですか、ルージュ様?」


「っ! 一体どういうつもりだ?」


 ワード国、そして本当の名前。綾子は知らないはずのことを口にしていた。


 ルージュは思わずその手を払い、彼女に掴み掛かった。


 驚いた様子は一切見せず、この反応が当然である、と受け入れているように冷静である。


「答えろ! どうして俺のことを知っている? 貴様は俺を、俺たちを殺すためにここにいるのか?」


 身体を揺さぶる勢いでルージュは迫る。だが、綾子は表情を変えずにただ見つめているだけであった。


「おーい、大丈夫か? ……って、何やってるんだ!?」


 そんなとき、ルージュの姿を探していたリージュが、部屋の中を覗き込んでいた。ルージュの見慣れない行動に驚きながら、二人の元へと駆け寄る。


「おい、お前らしくないぞ」


「大丈夫です、リージュ様」


「えっ……?」


「こいつは、俺たちの本当の名を知っている。俺は、それを問い詰めていた」


「そういうことだったのか……」


 ルージュの行動に納得したリージュであったが、それと同時に綾子がなぜ知っているのかという理由についての不安が広がっていく。


 似たような感情を二人分ぶつけられていてもなお、綾子は落ち着いていた。


「私は……」


「その子は二人の味方よ、ルージュ、リージュ。安心して、手を離しなさい」


 いつもとは雰囲気の違う三月の声がした。ルージュは思わず手を離す。


 二人はそちらを振り返る。


 三月の後ろには流星と光輝もおり、その手には二人の服と剣がある。


「あんた……」


「あなたたちが別の名前を名乗ったように、彼女もまた別の名前を名乗っていたの。本当の名前は、エリーゼル。さっきの劇の、トワの末裔」


「劇の内容を聞いたとき、正直恨みましたよ。……私は、何者でもない、ただの魔術師。今は、ルージュ様とリージュ様のために、私の力をお貸ししたいと思っています」


 エリーゼルはそう語ると、二人に向かって頭を下げる。自らの発言が本当であることを示しているようである。


「頭を上げてくれ。すまない。話していないことを知っていて、俺も混乱していた」


「問題ないです。原因は、あの人にあるようなものです」


 彼女はそう言うと、三月の方を向いた。


「まぁまぁ、そんな睨まないで。ねぇ、私が学校ということになっているって言ったの覚えてる?」


「あ、あぁ……」


「本当はね、あなたたちみたいに必要な人が、巡り会うべき人たちがこうして巡り会えるように場所を提供しているの。学校はその間の仮の姿ってこと」


「で、仮の姿だから俺たちにも仮の名前を与えたってことなのか」


「そういうこと。じゃ、そろそろ準備した方がよさそうね」


 流星と光輝は二人の服と剣を手渡す。


「黙っていてすまなかったな。健闘を祈る」


「無事を祈ってるよ」


「ありがとう、流星、光輝」


「世話になったな」


 二人とも受け取ると、服を袖に通そうとした。


「大丈夫ですよ」


 エリーゼルは二人に向けてそう言い放つ。すると、光が三人を包み込んでいく。


 視界が白に包まれ、下からゆっくりとなくなっていく。


 光のなくなったところから、着ていた服へと変化していったようだ。


 全身を包んでいた光がなくなると、二人は来たときの格好に戻っていた。


 そしてそれをさせたエリーゼルは、薄い色のローブに全身を包み込んでいた。目立たない色だった瞳は、青にも赤にも見えるような、不思議な輝きをしていた。


 ガラリと雰囲気の変わった彼女に、ルージュは思わず見惚れていた。


「……これが、様々なものを受け継いだ、私の姿です」


「あ、あぁ……。よろしく頼む」


 二人はエリーゼルの元へと近付いていき、その隣に並んだ。


「じゃ、私がワード国へと送ってあげるわね」


 三月は両手を三人の方へと広げ、何かを念じている。


 すると、模様のようなものが浮き上がってきた。シムカのやっていたものと非常によく似たものが、三人の下から現れた。


 慣れた様子で落ち着いており、包み込んでいく光を受け止めるようにじっとしていた。


 光が落ち着いたそこには、誰の姿もなかった。


 三月、流星、光輝の三人は思い詰めた表情で、そこを見ていた。


「行ったな……」


「無事だといいね」


「えぇ……。どうか、幸せな未来が待っていますように」

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