第5話
時折休憩を挟みながらも、全速力で駆け抜けていきながらハイト国へと向かっていたルージュとリージュ。
陽が傾いて辺りが薄暗くなってきた頃、砂に囲まれた場所を抜け出してハイト国の王都内へと入っていった。石畳の道を迷うことなく進んでいく。
城に近付くにつれ、歩く人の姿がなくなっていく。それと同時に、中央にそびえ立つ城が大きくなっている。
坂道を難なく登り切り、開いたままの門をくぐり抜ける。
ハイト国では、民と共にありたいという王の意向から、門は一応あるものの常に開いている状態となっていた。
そのことを知っている二人は、特に何も気にせずに城の入り口へと到着した。
入ってすぐにある玉座。だが、そこには誰もいなかった。
「姫、シムカ姫!」
「どこにいるんだ!?」
二人は目一杯叫んだ。しかし、声が反響するだけでそれ以外の音は一切なかった。
「まさか、もう……」
「もう、どうしたの?」
高い声が通路の方から響き渡ってきた。そちらの方を見ると、ピンク髪の白っぽい服を纏った少女が向かってきている。
「姫!」
「シムカ! 無事だったのか」
「無事? 一体何かあったの?」
シムカはリージュの言葉に疑問を抱きながらも、二人のことをじっと見つめていた。
「ひ、姫……?」
「もぉ、いい加減姫はやめてって言ってるでしょ、ルージュ。それに、私とあなたたちは同い年なんだから、そんなに気を遣わなくたっていいわよ」
「俺たち結構尻に敷かれてる感じだもんな」
「リージュ、あんたは一言余計よ」
睨むような視線をリージュに向けるが、当の本人にその言葉が届いている様子はなかった。
それでも、しばらくするとシムカから笑みが溢れてくる。
「ふふっ、久しぶりね、ルージュ、リージュ。突然来てびっくりしたわ」
「そのことなんだが、実は父上がハイト国へと攻め込もうと画策して、それを知らせるために急だが来たんだ」
「お父様とそんな予感がするって話してたんだけど、そうだったのね……。気を付けるわ。ところで、一部屋しか案内できないけれどそれでもいい?」
「俺は部屋があるだけ十分ですよ」
「なんなら、シムカの部屋でもいいけどな」
遠慮のないリージュの発言に、怒りを通り越して呆れたルージュとシムカ。
「ずけずけと入り込んでくるような人に、レディの部屋は案内できないわね」
「誰のことだか」
「リージュ、いい加減にしろ」
そう言いながら、ルージュはリージュの手を思い切り抓る。
逃れようと動かしていくが、動くほどに余計に痛みを感じさせていた。
「いててててててて。やめろ、やめろってば!!」
「ありがと、ルージュ。それじゃ、案内するわ」
シムカが先導しながら歩いていく。
その後ろ姿を目にしたところでルージュの手が離れ、後ろを追い掛けるように歩いていく。
少し黄色い灯りに照らされ、落ち着いた雰囲気の廊下を進む。
平面をずっと進んでいき、何度か曲がったところで、青を基調としたドアの前で止まる。シムカはその部屋を開け、二人を中へと誘導する。
「じゃ、準備ができたらお父様と一緒に食事でもしましょ」
「おう。俺たちはそれまでゆっくりしてる」
「ありがとうございます、姫」
「姫はやめてって言ってるでしょ、ルージュ」
人差し指をルージュの唇に押し当てるシムカ。すぐに離すと同時にニコリと微笑むと、そのまま部屋を去っていった。
二人きりの落ち着いた空間になると、リージュは部屋の奥に置かれているソファに向かって歩いていき、どさっと腰掛ける。
「いつまでシムカに尻に敷かれた状態なんだよ」
「べ、別にそんなつもりはない。ただ、女性には優しくしているだけだ。それよりも、リージュこそ態度を改めたらどうだ。いつまでも子どもじゃないんだ」
「俺は親しげを込めたつもりなんだがな」
すっかりと開き直った様子のリージュの隣にゆっくりと腰掛ける。
ふぅ、と息を付き、緊張が解れたようで頭を後ろに下げて全身をソファに預ける。
すると突然、部屋の灯りが消えた。
ビクリと反応し、二人はサッと立ち上がる。
「何だ……?」
「姫は大丈夫かな……?」
暗い部屋をゆっくりと進んでいき、部屋を出ていこうとする。手探りの状態に、いつもよりもゆっくりとした足取りであった。
そこへ、ルージュの左手に何かが掴む感触がする。
「わっ! な、何だよ……」
「あ、ルージュか」
「おい、離せ」
「こんな暗闇で離れるのは危険だ」
「だったら普通に掴めよ」
仕方なくそのまま進んでいくルージュ。先導するように進みながら、扉を開ける。
しかし、部屋の外はしっかりと照らされている。
「これは……」
「急ぐぞ!!」
繋いだ手を離し、二人は全速力で廊下を駆ける。バタバタと足音を響かせながら、シムカがいるであろう場所へと向かっていく。
何度か廊下を曲がったところで、玉座の前に到着した。
するとその玉座には、先ほどはいなかった初老の男が血だらけになってぐったりと座っていた。
その前には、泣き崩れるシムカの姿があった。
「お父様……お父様……」
「王……」
「遅かったか……」
シムカの父であるハイト国の王は、玉座に座った状態ですでに息絶えていた。
あまりにも突然なことにシムカはただ悲しみに暮れている。
だが、これがまだ引き金でしかない。そう二人は感じていた。
「この手口は、あいつらか……」
「あぁ。だが、気配が感じられない……」
まだ近くに、シムカを殺すために犯人が残っている。そう考えて気配を探るが、相手のことがまるで分からない。
ルージュはシムカを守るために近付いていく。
すると、上にある窓からキラリと何かが光った。次の瞬間、シムカに向かってそれは飛んでくる。
「危ないっ!!」
全速力で駆け寄り、ルージュは背中の剣を鞘から抜き取り、飛んでくるものを弾き返す。
刃のぶつかる音が響き渡り、壁に傷を付けてからそれは床に転がった。
ナイフのような、小さい刃のそれは暗殺にうってつけの形をしていた。
「いい加減出てこい! 正体は分かっている!」
ルージュがその場で叫ぶ。すると、部屋の上部からサッと影が動き出し、中央のところへと集まる。
動きやすい格好をした男二人と女一人。ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべ、三人の方を見ている。
「さすがですね、ルージュ様。私たちのことを見破っていたとは」
「こんな手口、精鋭部隊であるお前たちしか思い浮かばないな、ナトリ、フィン、ディン」
「俺たちの弟子だから見抜けたってか。だったら、任務は最後まで遂行させてくれよなっ!」
フィンと呼ばれた大柄な男が大剣を振りかざしながらリージュへと近付いていく。ゆったりと見えたその足取りは、一瞬にしてリージュの元へと移動していた。
「っ……」
斬られる寸前で受け止めたが、圧倒的に不利な状況には変わりなかった。
人数としては同じであるが、シムカは一切武器を持っていない上に精神状態が不安定である。
二人が彼女を守りながらの戦闘は、力の差は歴然たるものである。
リージュはシムカから距離を離そうと必死になって剣を振るう。だが、それはいとも簡単に受け止められてしまい、後退することも叶わない。
一方、ナトリとディン、ルージュはじっと動かずにいた。傍から見ると、ルージュが竦んでいるようにも見える。
「ルージュ様、大人しくシムカ様を渡してくださいな。そうすれば、あなたたちだけは見逃しますよ」
「断る! 俺たちは、姫を守るんだ」
「あら、残念。王の命令に逆らうのですね。ディン、ルージュ様の相手を頼んだわ」
眼鏡を掛けた小柄なディンは、無言でルージュへと攻撃を仕掛ける。身の丈に合わせたような小さな剣を手に複数持ち、爪のように斬りかかる。
ルージュは一歩前に出てそれを受け止める。いとも簡単に押し返せるような攻撃ではあるが、それは何度も続く。
ルージュのことも、リージュと同じようにシムカから距離を離そうとしていることがすぐに分かった。そのために、深追いをするようなことはしなかった。
「どうした、お前の腕はそんなもんだったか」
「くっ……」
思ったよりも攻撃してこないルージュに対し、ボソボソと呟きながら挑発する。
そうと分かってはいるものの、闘争心が勝っている今の状態では堪えることが難しい。
「ぐあっ!」
フィンと戦っていたリージュであったが、大きな一撃によって壁まで飛ばされた。全身を打ち付けられ、その衝撃によってぐったりと床に倒れ込んでしまった。
「リージュ!」
「よそ見をするな」
ディンの一撃はルージュの上着を斬りつける。肌にまでは到達しないものの、次に同じ箇所を斬られたら怪我は避けられない状態である。
次の攻撃が来るところで、ルージュは片足を踏ん張る。そして、振りかざされたところを刃だけ振り払う。
三本の剣は跳ね飛ばされ、高い音を立てながら壁際の床へと転がっていった。
「やるな……」
ルージュの腕前に関心しつつも、少し下がったところで新たな剣を取り出す。
それを追い掛けるようにルージュが前進していく。突然優位に立ったようにディンを追い詰めている。
追い詰められているはずのディンであったが、その顔には不気味なほどに笑みが浮かんでいる。
そんな表情にようやく気付いたときには、ナトリの姿が見当たらなかった。ルージュが後ろを振り返ると、シムカの元へと近付いている姿が目に入る。
「姫!」
思わず背中にある鞘を投げつける。気付かれていないと思っていたはずのそれは、ナトリが腕を伸ばしたところで掴まれてしまった。
「その程度でこの私を攻撃できると思っているのですか。随分と腕が落ちたものですね」
「そうだな……。だが、俺は一人じゃない!」
一体何のことかとナトリが振り返ったそこには、先ほどまで倒れ込んでいたリージュの姿がそこにあった。シムカに触れさせないという必死の形相で、そのまま斬り込んでいく。
「はあああぁ!!」
その攻撃を避けたつもりであったが、ナトリの左肩に傷が付く。
「ぐっ!!」
じんわりと血が滲んでいき、服を赤く染めていく。
徐々に痛みが増していったのか、肩を押さえながら後ずさりする。
リージュがシムカの前に立ち、再び守りを固めていく。それでも、フィンとディンという二人がまだ残っている。不利な状況には変わりない。
「お父様は……」
今まで黙り込んでいたシムカが、突然呟きながら立ち上がる。その顔には涙がまだ残っている。
「お父様は、嘆いていても戻ってこないわ。だけど、私はあなたたちが、あなたたち以外にも誰かが傷付く姿をこれ以上見たくないわ……」
「シムカ様、私たちにも成すべきことがあります。それをお分かりいただけますか?」
「えぇ。だからこそ、私はこうして立ち上がったのよ」
そう言ったシムカの両手は、淡い光に包み込まれている。
突然の変化にそこにいた誰もが驚き、動けずにいた。
シムカの手はゆっくりとリージュの肩へと近付いていく。
不思議とリージュは彼女の方を見たまま動けずにいたが、その光から感じられるものはとても柔らかいものである。身を任せるように触れられるのをじっと待っている。
トンッ、と優しく乗せたその瞬間、スッっと吸い込まれるようにリージュの中へと吸収されていき、光は消えてしまった。
それと同時に、リージュの身体から力が漲っていく。自身の変化に驚きながらも、剣をぎゅっと握りしめ、フィンに向き合う。
リージュに一瞬怯みながらも、向かってこようとする相手に備える。
だが、気付いたらときにはリージュが目の前に迫っており、その攻撃に倒れ込んでしまった。
「なっ……!」
自らが発揮した力に驚きつつも、逆転した力に余裕が生まれていた。
今度はナトリとディンの並ぶ方向を向き、攻撃を仕掛けるために近付いていく。手前にいたナトリは、今度は自分が 狙われると剣を構える。
しかし、リージュはそれを通り越してディンへと剣を振りかざした。
「くっ……」
金属のぶつかる音を響かせ、なんとかリージュの攻撃を受け止める。
体勢を立て直そうと距離を置き、チラリと視界に入るナトリへと目線を送る。
それにすぐ気付いた彼女は、足音を消しながらリージュへと剣を向ける。
「リージュ、油断するな!」
あと少しに迫ったところで、ルージュがその攻撃を受け止める。リージュと背中を合わせ、完全に隙をなくす。
「お前の悪い癖だな」
「すまない」
リージュは左手に剣を持って右手を挙げ、ルージュに向けていた。
同じようにルージュの左手も挙がり、二人の手が重ね合わされる。
リージュの中にいた淡い光が少しだけルージュへと移動していく。それと同時に、ルージュにも力が漲っていく。
「お、おのれ……」
完全に不利なことを悟ったナトリに冷や汗が広がっていく。それはディンも同様であった。
二人は何もかもを捨てたような必死の形相で斬り掛かっていく。
それに相反してルージュとリージュは静かに剣を構えながらその場から動いていく。
音を立てずに攻撃を避け、倒れ込んでいくところを斬り込む。
「ああああああぁぁぁぁぁぁ」
急所は外したものの、激しい痛みに叫び、床を赤く染めていた。
すぐに声は止み、ナトリは気を失ってしまったようだ。
二人はサッと剣を払い、鞘へと収める。
ふぅ、と息を吐くと、シムカの方を見ながら近付いていく。
彼女は二人の方をじっと見ているが、不安そうな表情は徐々に和らいでいる。
「ルージュ、リージュ……」
「姫、大丈夫ですか?」
すっと差し伸べた手は、優しくシムカの左手を包み込んでいた。
「もぉ……姫はやめてって……」
「シムカが力を貸してくれたから、俺たちは大丈夫だったよ」
右手をそっと自らの右手に乗せるリージュ。
「リージュ……あんたは……」
シムカの目からは涙が溢れていく。二人に手を触れられているため、そのまま流し続けていた。
「二人とも……ありがと」
そっと触れられていた手を振りほどき、両手で二人を同時に抱き締める。身体を密着させながら、二人の肩に顔を埋める。
そう言うとシムカは二人から離れていき、急ぎ足でどこかへと向かっていった。
手持ち無沙汰となった二人はフィンの元へと近付いていき、近くにあるものだけで手当てをしていく。
「ありがとうございます。俺よりも、ナトリとディンの方を」
「そうか。その口ぶりからは俺たちが何もしなくても問題なさそうだな」
「辛くなったら遠慮なく言ってくれ」
一言だけ残して、それぞれナトリとディンの手当てを始める。
ずっと意識のあったディンは、自らの感覚をリージュに伝えていたが、一方のナトリはまだ気を失っていた。
ルージュはざっと見た状態で患部への処置を施していた。
身体を動かして仰向けにした状態にしたところで、ナトリはようやく目覚めた。
「ルージュ様……申し訳ございません、でした……」
「それはディンから聞いた。それよりも、ナトリ自身は大丈夫か?」
「少し、傷が痛むだけです……。ルージュ様、あとは自分で……」
「もう終わる。応急処置だから、あとはハイト国の者に診てもらってくれ」
「ありがとう、ございます……」
ゆっくりと呼吸をしながら、起き上がっていくナトリ。斬られたところを押さえながら必死になっていると、ディンが駆け寄ってきて身体を支えていた。
「あんまり無理するな」
「そんなことも言ってられないわ……。お二人のため、ハイト国のため、やるべきことはあるのよ」
「そう、あなたたちにもやってもらいたいことがあるわ」
部屋の奥から、凛とした声が響く。
その方向へ視線を向けると、緑色のひらひらとした服装のシムカが、ヒールを鳴らせながら玉座へと近付いている。
「ひ、姫……?」
「私はもう姫じゃないわ。今から、私がハイト国の女王となるわ」
高らかに宣言するシムカ。
その姿に一瞬見惚れつつも、ルージュとリージュ、その後ろにフィンとナトリとディンが跪いていた。
「あなたたち五人が、私が即位した証人として見届けてもらったわ。正式な儀式はまた後日として……。フィン、ナトリ、ディン、あなたたちを私の近衛隊としてここに残ってもらうわ」
「はっ!!」
三人は頭をより深く下げていき、その場から動かなかった。
「ルージュ、リージュ、あなたたちには別の場所へ向かってもらうわ」
その一言に二人は勢いよく顔を上げ、迫るように立ち上がっていた。
「……はぁ!?」
「どういうことですか!? 俺たちはワード国へ戻って父上を阻止しなければ……」
「それは分かっているわ。ただ、ハイト国では王の交代を別の者に伝えてもらわなければならない決まりがあるの。それを二人にお願いしたいわ」
「だが、ワード国がどうなってもいいというのか!?」
シムカはその問い掛けに俯きながらゆっくりと首を振る。
憂いを帯びたその顔には、何かを精一杯訴えかけたい様子であった。
「そんなことはないわ。けれども、私の国の儀式は破れない……。だから約束するわ。二人の代わりに、私が全力で阻止するわ」
「……それなら、俺はひ……陛下に任せます」
「もぉ、いい加減名前で呼んでくれたっていいのに、ルージュったら」
「それで、俺たちはどこへ向かえばいいんだ?」
「それは心配しなくていいわよ。私が今から送るわ」
どこかへと案内するのかと思っていたら、シムカは右足のヒールを思い切り鳴らす。
それを合図にしたかのように、ルージュとリージュを中心とした模様のようなものが床から浮かび上がる。二人だけを囲むそれは、シムカの手を合図とするように徐々に光を放っていく。
「なっ……」
「大丈夫、すぐよ。それじゃ、頼んだわね」
一気に光が溢れ出していき、二人を包んでいった。
あまりの眩しさにシムカを以外は目を開けていられなかった。
しばらく目を閉じ、ようやく落ち着いたところで三人が目を開けると、ルージュとリージュの姿はそこにいなかった。
「し、シムカ様……?」
「大丈夫よ。あの二人ならすぐに戻ってくるわ」
シムカは自らに言い聞かせるように、そう呟いていた。
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