第3話

 日が暮れて空が薄暗くなるまで、四人は夢中になって修理をしていた。


 ポールが作業を仕切り、ルージュとリージュは機体に関することを間に挟むように説明した。だが、ある程度の修理はできたが完了させることはできなかった。


 すっかり集中力のなくなったところでルビスが彼らを呼びに来た。食事の準備が整ったようだ。


 汚れた手を綺麗にするためにルージュとリージュはルビスによって先に案内される。


 完全に二人きりの空間がそこに広がる。


「腹減ったな」


 ありのままを伝えたルージュ。いつもであれば何気ない一言でも反応するリージュであったが、今日は何も応えない。


 訝しげに思い振り返る。


 それと同時に襟元をぐっと掴まれる。


「リー……」


「お前、昼間戦ったとき手抜きすぎ。あと、闘争心出しすぎ」


「っ……。本気を出してたら疑われる。あれでも苦労したんだぞ」


 手首を握り返し、自分なりの意思を示す。少しは掴む力が弱くなったが、それでもなかなか離そうとしない。


「そんなこと言うんなら、お前が戦えよ、リージュ」


「加減をするならルージュの方が得意だろ。俺はただひたすら倒すだけだ」


「そんなことを自慢してないで、少しは細やかな技術を付けろ」


 口調は落ち着いたものではあるが、今にも殴り掛かりそうな勢いのある言葉を投げ合う。


 それがなくなると、今度は火花を散らしながら睨み合っていた。


 無音の空間であるはず場から、けたたましい音がしているようである。もし二人以外に誰かがいれば、その人は堪えきれないでいただろう。


「……まぁ、いい」


 閉じていた口を先に開いたのはリージュであった。ルージュの手を振り払いながら、掴んでいた手をようやく離した。


「俺たちのことについて誰も何も気付いた様子はなかったからな。面倒なことには巻き込みたくない」


「それはそうだが……」


「そうだろ? 深く考えないで、一般人を装えばいいさ」


「一般人って……」


 リージュはルージュの肩に腕を回し、身体を少し自らの方へと近付ける。


「俺たちは仲のいい兄弟だよね、お兄ちゃん?」


「……分かったからやめろ。ふざけてないで戻るぞ」


 振り払ってようやく自由になったところで、ルージュは手を洗う。軽く水滴を払ってから、そばに置かれていた白いタオルで完全に水気を拭き取る。


 遅れてリージュも同じ行動をしていき、ルージュの後ろを追い掛けるようについていく。


 廊下を戻り、改めて内装を眺める。外観の古めかしさを崩さないような落ち着いた色合いをしているが、新しさは維持されている。


 まるでワード国の城のように整備されているようで、ルージュは少し関心していた。


 探索するようにしながら食堂へと向かっていくと、六人はすでに揃っていた。


「ルージュ、リージュ、改めてようこそ」


 誰よりも前に満面の笑みを浮かべたレンが立ち、二人の前で手を広げている。歓迎していることを全面に出している。


 純粋な反応に驚いた様子を見せるが、次の瞬間には二人の表情は笑顔に変わっていた。


「ありがとうございます」


 息を合わせていたかのように、同時に自然とその言葉が出ていた。


 レンに促されて席へと移動していく。四角いテーブルを囲み、二人は中央に並んで座る。


 全員の席の前にはグラスが置かれており、酒を模したような飲み物が注がれていた。


 一人がそれを手に取ると、同じようにどんどん手に取っていく。全てのグラスが手に持たれている。


「全員準備はいいかな? それでは、乾杯!」


 レンの声に合わせてグラスを鳴らす。


 二人にとっては慣れた形式の食事と異なっていたが、格式張ったものではなかった。皆が何事もなくグラスに口を付けていき、中の飲み物を飲む。


 同じように飲んでみると、甘い風味が広がっていく。今までに味わったことのない美味しさに、そのまま一気に飲み干していた。


 飲み終わったと同時に、今度はテーブルに広がる温かい料理に視線が移動する。食欲を一気に増す香りが鼻腔をくすぐり、自然と手が伸びていた。


 まずはスープから。赤みの強いそれは辛みは一切なく、程よい酸味が旨味を引き出していた。


「美味い……」


 リージュの口から、ポロリと漏れていた。


「どうもありがと」


「あのね、ファナの料理はどれも美味しいんだよ」


「あぁ。一口食べただけでそんな感じがしたよ」


 他の四人は口では直接語らないが、幸せそうな表情を浮かべていた。


 食べ進めていくと少しずつ口数も増えていき、賑やかさが増していく。そんな食事をした記憶がすぐには思い出せない二人にとって、それは非常に楽しい時間であり、あっという間に過ぎていったのであった。



  ***



「それじゃ、この部屋を使ってくれ。分からないことがあれば、俺は端の部屋にいるから遠慮なく聞いてくれ」


「ありがとうございます」


 レンの案内により、ようやく部屋へと案内された。


 二人きりの空間となり、ようやく落ち着ける状態であった。


 ワード国の自室と同じくらいの大きさのその部屋には、ベッドの他にテーブルと椅子、大きめのソファも置かれていた。


「案外広いんだな」


「そうだ、な……」


 ルージュは口を開いている途中で固まった。改めて部屋を見渡すと、大きなベッドが一つ、それだけであった。


「どうした?」


「ベッドが一つ……」


「なんだ、そんなことか」


 唖然とするルージュに近寄り、肩を抱く。


 リージュがふざけているときは十中八九振り払っているが、あまりにも心に響いたのかじっと動かないでいた。


「ルージュ? ……たまには肌を重ねて寝てもいいんじゃない?」


「っ……」


 耳元で囁く声が響き渡り、ルージュを刺激する。


 ようやくそこで反応があり、嬉しさにも似た感情が湧き上がる。


「いい加減に……」


「俺は真面目に言ったつもりだけど? 昔みたいに、一緒にさ」


「狭いから却下」


「だからいいんだろ」


 回した手がぐっと抱き寄せられ、二人は互いに向き合う格好となる。リージュが顔を近付けて額を合わせ、至近距離で笑顔を向ける。


「たまにはいいだろ?」


「……分かった。分かったからそろそろ離れろ」


 両手で肩を押し返し、無理矢理引き剥がす。ふぅ、と息を吐き、持っていた剣を下ろす。部屋の端に立て掛ける。


「あれ、どっか行くの?」


「シャワー浴びてもう寝る。入ってくるなよ」


「はいはい」


 いつもより厳しい口調でルージュは去っていった。


 その姿を追い掛けることはなく、ソファへと移動するリージュ。剣を身体から下ろし、鞘から剣を抜いて刃の状態を確かめ始めた。

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