第2話
「ね、生きてるでしょ?」
「まぁ確かにそうだな……」
「こら、一人で勝手に近付いたら危ないじゃないか」
「だから呼びに行ったんだよ!」
ルージュとリージュのいる機体の中を覗き込む男四人と少女が一人。だが、ひそひそと話しているせいか、起きる気配は全く見えなかった。
少女は二人の顔をよく見ようと身体をぐっと中へと入れていく。すると、機体が若干動き出した。
その振動にルージュの意識は引き戻された。
「……? っ!?」
「あ、起きたよ」
見知らぬ人が目の前に、それも複数人いることに驚き、一気に目が覚めた。
「だ、誰だ……?」
まだ寝ているリージュを庇いつつ、背中の剣に手を掛けようとそっと手を伸ばしていく。
だが、緑色のジャケットを羽織った男が前に出てきてそれを制止しようとする。
「待ってくれ。俺たちは君たちに危害を加える気は一切ない。むしろ、家の近くに見慣れないものがあって心配していたんだ。安心してくれ」
「家……? こんな森の中にか?」
「あぁ。今から案内しよう。その前に、俺の名前はレンだ。よろしくな」
「俺はルージュだ。こいつは……」
ちらりとまだ寝ているリージュの姿を見る。ルージュが隣にいるせいか、安心した様子である。
「こいつはリージュ、俺の双子の弟だ。……おい、起きろ」
肩を揺らしながら強引に起こす。何度か揺すったところで、ようやく目が覚めたようだ。
「一体何だ……うわっ、誰!?」
「俺はレンだ。すぐ近くに住んでいて、君たちを助けようと思っている。よろしくな、リージュ」
「……俺たちは、ハイト国へ向かいたいんだ。先を急いでる」
「だが、その機体は壊れているようだな。俺が修理してやる」
レンと反対側にいた、眼鏡を掛けた男がリージュに向かって話し掛けていた。
リージュはその姿を見てすぐに疑いの目を向けていた。
「あんたにできるのか?」
「俺はポールだ。俺はこういった機械ものには自身がある」
「そうは言っても、これは量産されているわけではない」
「リージュ、ここは頼ろう。俺たちだけで直せるかも分からない」
その言葉にリージュは黙り込んで考えていた。
囲んでいる彼らの姿を確認すると、どうやら純粋な善意で二人を助けようとしていることが表情から伝わってきた。
「そうだな……。少し世話になろう」
「わー、やったー!」
リージュの了承に、横にいた少女が白いワンピースを揺らし、飛び跳ねながら喜んでいた。
一人だけ全く違う雰囲気の存在に、二人は思わず身体を起こしてその姿を追い掛けていた。
そんな仕草にレンは気付いたようで、すぐに口を開いた。
「あの子はルビスだ。おーい、ルビス、自己紹介しなさい」
「はーい」
少女は再び機体の方へと近付いていき、二人に向かって笑顔を向けた。
「ルビスだよ。よろしくね!」
「それから、そこの髪結んでるのがキールで、その隣がディオンだ」
「ちょっ、レンさん、俺の説明雑じゃない!?」
「あはは。お前はそんなもんだろ」
「兄さんひどっ」
矢継ぎ早に話していく五人。だが、それぞれの呼称が違うことにルージュは疑問を抱いていた。
「なぁ、あんたら全員は兄弟じゃないのか?」
「あ、あぁ。キールとディオンは血の繋がった兄弟だが、それ以外は違う。でも、みんな大事な家族だ」
「家族、か……」
和気藹々としている姿に、ルージュの口元が無意識のうちに緩んでいた。
こんな大人数で楽しんでいける人々といれば、少しは気が楽になれると感じながら、ルージュは機体の外へと出た。
剣のぶつかる音を立てながら地面へと立つ。そんな姿に気付いたのはキールであった。
「お、剣を使うのか」
「あ、あぁ」
「だったら、俺と剣を交えさせてくれ!」
どうやらキールも剣を使うらしく、戦いたい本能がうずうずしたようだ。
機体の外に出たばかりのリージュと顔を見合わせ、どうしたものか、と視線だけで問い掛ける。
そして先に口を開いたのはルージュの方であった。
「……あまりしない方がいいと思いますよ。それに、機体の修理もありますし」
「機体の修理ならどっちか一人手伝ってくれれば大丈夫だよ」
「そういうことらしいぜ。な、いいだろ?」
ポールの一言により、キールと戦うことは避けられなくなった二人。再び互いに見つめ合い、どうするかと視線だけで投げ掛けている。
しばらくすると、ルージュが根負けしたようで、溜め息を付きながら再びキールの方を向く。
「キールさん、俺が相手になりましょう。でも、その前に機体を運ぶのを手伝ってもらってもいいですか?」
「おう、もちろんだ!」
「それじゃあ運ぶとしよう。ルビス、先導頼んだよ」
「はーい!」
「俺とポールはリージュの機体を、キールとディオンはルージュの機体を運ぼう」
レンの指示に従い、それぞれ分担していく。
機体の大きさに反して軽かったのか、四人は驚いた様子で持ち上げていた。
ルビスはそんな姿を確認したところでゆっくりと歩き始める。
「そのまま動いて大丈夫だよー」
平らな地面には転ばせるようなものは一切ない。それぞれ足元を確認しつつ、息を合わせて動き出す。
声を出しながら運ぶ音だけがそこには響き渡っていた。
何となく整備された広い道を歩き続けていくと、古めかしい大きな屋敷が見えてきた。
城よりは小さいが、森の奥にあるにしては大きい建物に、二人は少し驚いていた。
そのまま進んでいくと、屋敷の手前には花畑のように一面に花が咲いている庭が広がっている。背の低い花が多く見られるそこに、何かの作業をしている長い髪を二つに結んだ少女がいた。
「ファナ、ただいまー」
ルビスは少女に手を振りながら話し掛ける。彼女はその声に気付いたようで、手に持ったものをそのままにこちらを振り向いた。
「皆さん、おかえりなさい。そちらが探していた方々?」
「あぁ。せっかくだから、招待したんだ」
「そうなんですね。じゃ、盛大におもてなしをしないと!」
ファナと呼ばれた彼女は、手に持っていたものを目の前の紐に掛けて止めた。そして、足元に置かれた籠を持って皆の方へと近寄っていく。
六人は入ってきた小さな門の横へと機体を置き、それぞれの方向へと散っていく。
リージュはルージュの隣に寄っていき、それと同時に二人の前にファナが立つ。
「私はファナです。主に家事をやっています」
「俺はルージュだ」
「双子の弟のリージュだ。よろしく頼む。……ファナは俺たちと同じくらいな感じがするな」
「私は十七です」
「お、俺たちと一緒だ。そんな堅苦しくならないで」
「……分かったわ。よろしくね」
緊張が解れたのか、より一層柔らかい笑顔を見せたファナ。それに釣られてか、二人も自然と笑顔を見せていた。
そこへ、割り込むような勢いでディオンがやって来た。
「ファナ、お疲れ」
「ディオン。レンさんのお手伝いはもういいの?」
「あぁ。ファナの方を手伝うよ。それに、兄さんがルージュに剣で戦ってくれって言ってたし」
「そうなんだ。キールさん、結構強いから気を付けてね」
「おう」
ディオンに促されるままに、ファナはそのまま立ち去っていった。
二人の仲睦まじい様子に、二人は察した様子であった。
先にルージュがボソリと呟く。
「……悪いことしたな」
「気付いただけいいんじゃないか?」
「そうだな」
小さな声で話しているところに、キールが剣を片手に戻ってきた。
「危ないかもしれないから端へ寄ろう」
「うんっ!」
リージュに促されながらルビスは中央から離れた場所へと移動し、白いワンピースの裾を押さえながら地べたへと座った。
その隣にリージュが肩を並べる。
ある程度の距離を取ったところで、二人は剣を鞘から抜いて手に持つ。
「いつでもいいですよ」
軽く構えたところで、キールを煽るようにそう言い放つ。笑みを浮かべながら、じっと彼の方を見る。
やけに余裕がある、そう捉えたキールは簡単にルージュに勝てると思っていた。
そのまま全速力でルージュへと向かっていく。
その勢いのままキールの刃が斬り込まれていくが、激しくぶつかり合う金属の音を立てながらルージュに受け止められる。
軽々と受け止められたことに驚きながらも、体勢を整えるために下がる。
それと同時に、ルージュも距離を離して彼の様子を伺っている。攻めようと構えるだけで、実際に向かっていく様子はない。
しびれを切らしたのか、キールは再び向かっていく。
同じような攻撃が続くのか、とつまらなさそうに攻撃を受け流そうとするルージュであったが、予想は裏切られて横へと移動される。即座にそれに反応して受け止めるが、今にも身体に触れてしまいそうな距離であった。
それを振り払い、ルージュの足がぐっと踏み込まれていく。
ようやく本気が見られると思ったところで、ルージュはすでに距離を詰めて攻撃の構えを取っていた。
受け止めようと前に出した瞬間、キールの剣は勢いよく飛び跳ねていた。当の本人も立っていられずに尻から倒れ込み、気付けば鋭い眼差しをしたルージュを見上げていた。
目の前にルージュの剣が向けられており、これが実戦であれば確実に命はなかったと実感した。
キールはおずおずと両手を上げる。
「ま、まいった……」
しばらく鋭い鋒が向けられ、あまりの迫力に動くことを禁じられたような気分になる。そんな獲物を今にも切り裂きそうに、刃が輝く。
じっとしたまま時間が過ぎていき、外にいる人間は誰も動こうとしなかった。
「おっ、キールの負けか?」
大きな道具箱を持ったポールがそこへやって来た。二人の機体を直すための道具が入っているようだ。
「あぁ。この俺でも敵わなかった」
「へぇー。意外だったな」
二人の会話によってルージュは現実に引き戻され、一旦目を閉じる。再び目を開けたときにはいつもの眼差しに戻っており、剣を戻した。キールの方へと近付いていき、すっと手を差し出す。
「キールさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ、ありがとう」
差し出された手を掴み、キールも立ち上がる。そっと剣をしまいながら、ルージュの強さに関心していた。
「ルージュは強いんだな。久々に負けたよ」
「そんなことはないですよ。日々鍛錬あるのみです」
ようやく柔らかい笑顔を向け、ありふれた会話をしていく。
三人が動かずにしていると、離れて座っていたルビスとリージュが立ち上がり、三人の方へと向かっていった。
ルージュは近付いてきたところで、その存在に気付いたようだ。
「もー、三人で話しててずるーい」
「悪りぃ悪りぃ。すっかり忘れてた」
「もー! そんなんだからキールはルージュ様に負けるんだよ!」
ルビスのその一言に、一瞬ピクリと二人は反応した。身分を明かした記憶が一切なく、彼女に見透かされていたのかと頭の中を過ぎる。
だが、それ以上追求する様子もなく、無邪気に話しているところからそうではないと理解した。
安心したところでルージュの気は少し緩んでいた。そのせいか、リージュの表情が少し硬いことに気付いていなかった。
「さて、俺の準備も整ったし、修理を始めるとするか」
「ポールさん、俺も手伝っていいですか?」
「俺は構わないが、キール、いいのか?」
「これ以上戦っても勝てる気がしないから平気だ。俺も手伝おう」
「ルビスもー!」
「ルビスはレンさんの方手伝ってきて。呼んでたよ」
「はーい」
パタパタと足音を響かせながら、ルビスは建物の中へと入っていった。
その姿を見送った四人は、完全に姿が見えなくなったところで機体の方を向いていた。
「さて、俺たちで修理するとしますか」
ポールを先頭にして移動を開始する。
何食わぬ顔でいるルージュの姿を、リージュは後ろから睨むようにして見ていた。その姿には、誰も気付いていなかった。
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