Stray Marker【期間限定全公開】

まつのこ

第1話

「愛しい君は何処へ行く~♪ 僕はいつまで待っている~♪


 愛しい君を想っても~♪ 僕はただ独り~♪」


 夕日で染まる王都の中心に位置する城の屋上。茶髪の少年が哀しげな歌を口ずさんでいた。


 無機質な建物は遠くまで広がっており、その色はオレンジ色に染まっていた。


 彼はそんな景色を眺めながら歌の続きを口にしようとしていた。


「遠く遠く君がいても~♪ 想いは決して変わらない~♪」


 だが、別の声によってそれは阻まれた。


 その声のする方を振り返ると、彼と同じ顔をした黒髪の少年がニヤリと笑いながら立っていた。


 彼は近寄ってきて隣に並ぶ。


「ルージュ、探したぞ」


「リージュ……。すまないな」


 ルージュの肩をぐっと抱きながら、リージュはさらに笑いながら口を開く。


「そんな気にするなって。どうせ、ここにいるだろうって思ってたし」


「そうか。確かに俺はいつもここにいるな。で、探してたってどうしたんだ?」


「父上が俺たちを呼んでいた」


「……分かった。行くか」


 父、そう耳にした途端ルージュの表情はどこか影を含むようなものになっていた。


 そんな彼のことを察したのか、肩から手を離した途端リージュも真剣な表情であった。


 二人は並び、それはまるで兵士を思わせるような凛々しい姿勢で歩き出し、誰も寄せ付けずにテラスを後にした。


  ***


 機械技術の発達したこの国の名はワード国。かつては平和であったこの国であったが、現在の王の私欲により隣国との争いが絶えなかった。


 だが、高度な技術と統率により、誰にも止められない勢いで国の領土を広げていった。


 ルージュとリージュ。二人はこの国の王子でありながら、争いには反対である。そのため、父である王よりも国民の信頼は高かった。


 幼少期より鍛えられた剣術の腕は誰にも届かないものであり、幾度となく争いのために使われることもあった。


 国民を守るためだと正当化して何とかその意思を貫いていたが、まだ少年である彼らにとっては重荷でしかなかった。


 それでもまだ、彼らは国民の笑顔に直接触れられていって少しは癒やされているようであった。


 時折、二人は城を抜け出して王城近くの街に顔を出すことがあった。そんなとき、国民たちは二人に優しく接し、感謝を伝える者がほとんどであった。


 その言葉に救われ、二人は何とか彼らの笑顔を守ろうと剣を握っていられるのである。


 最終的に支えるのは互いの想い。過酷な状況はそこまで疲弊させていた。


 二人は慰め合いながら、精神状態をなんとか維持してきたが、いつ限界になるか分からない状態が続いていた。


 そして今日も、平行線の続く話し合いがされようとしていたのだった。


  ***


 城の中で最も広い玉座の間。その外観はいつの時代も変わらないものである。


 そこに、何もかも整っている兵士たちが王の玉座の横に並び、まるで置物が揃っているかのような姿を見せていた。


 二人はそこへやって来た。兵士たちの存在など最初から存在していないように王だけを睨むような視線で見る。


 重々しい空気のところで、二人は跪いて頭を下げる。


「ただいま参りました」


「うむ。ルージュ、リージュ、そなたらには明日、ハイト国へ向かってもらう。そこで、王と姫を殺せ」


「っ……。父上、なぜそこまでやらねばならないのですか! 彼らとは非常に有効な関係を築いてきたではありませんか!」


「ルージュと同意見です。父上、これ以上争うことに意味などありません。殺してまで得るものに、何があるのでしょうか……?」


 無意味だと分かっていても、二人はどうしても王である父に懇願しなければと感じていた。


 これ以上国が、民が、疲弊する姿を見たくないという思いがあると同時に、血に染まる父の姿を見たくないと願っていたからだ。


 だが、そんな彼らの願いは王には届いておらず、彼らを一蹴するように突然笑いだした。


 何事かと二人は顔を上げ、王の姿を見る。


 それと同時に、冷え切った視線が彼らへと向けられる。


「お前たちは愚かだ。世界は私が手に入れるために存在している。それを否定するというのか。私の言うことは絶対だ。それを否定するというのであれば、お前たちでも容赦はしないぞ」


「父上……」


 気が狂った。


 そうとしか言いようがない王の言動に、二人は何も言葉が出てこなかった。


 それと同時に、自分たちの意見を一切聞かれずに全否定され、もうこれ以上何をすれば王を止められるのか全く分からなくなっていた。


 王が睨みつけるように見下す視線が痛い。それがルージュには非常に辛く感じられていた。


「ルージュ、部屋に戻ろう」


「え……?」


 言葉にしなくとも、空気で伝わる辛さがリージュにも伝わっていた。


 耳打ちするようにそっと呟き、王に一言も話さないままリージュが先に動く。ルージュの手首を掴みながら立ち上がり、引っ張りながら無言で立ち去っていく。


「り、リージュ」


 突然の行動に驚いて声を掛けるが、リージュの力強さに一切抵抗できずに自分の意思に反して動かされていくルージュ。


 チラリと振り返ることもなく王の前から姿を消していく二人に、誰も何も言葉を発することはなかった。


 リージュの足取りは速く、王の前から少しでも遠くに去ろうという勢いさえ感じられた。


 しかし、そんなことは一切理解できず、ルージュはようやく付いていく格好になっている。


 無機質な廊下を歩いていくと、兵士たちとすれ違っていく。二人の姿に何があったのか不思議に思いつつも、いつものようにその姿が去っていく敬礼している。


 そんな彼らに声を掛けることもなく、二人は歩み進めていく。


 ルージュは何度もリージュに声を掛けているが、何も聞こえていないのか離そうとも止まろうともしなかった。


 廊下を何度か曲がったところで階段に差し掛かり、上へと進んでいく。


 一つ上へ行ったところで再び廊下を歩く。そして一番奥にある唯一の扉を開けて中へと入っていった。


 そこは二人の部屋である。テーブルやクローゼット、ベッドが整然と並んでいる部屋である。


 中へ入ったところでリージュの歩みがようやく止まる。そして、掴んでいたルージュの手を引っ張ってぎゅっと身体を抱き締める。


「リージュ……?」


「辛かったよな。俺も辛かったよ……」


 今まで王子らしく、威厳を持って振る舞っていたリージュが、突然弱気を見せていた。顔は見えていないが、恐らく少し言葉を掛けただけで泣きそうなほどになっているのだろう。


 ルージュは優しくその身体を抱き返す。


 互いが互いを包み込み、その温もりが少しばかりの癒やしとなっている。その場から動こうとせず、ゆっくりと静かな時間が過ぎていく。


 時折、ルージュの手がリージュの背中をそっと叩き、優しい刺激を与えている。


 それに反応するように、ルージュに相槌を打つように顔を擦り付けていく。


 何度かそれが続いたところで、二人はゆっくりと離れていった。少し表情が晴れやかになっていたが、リージュの目は少し潤んでいた。


「ルージュ、ありがと」


「平気か?」


「そっちこそ。しかし、このままじゃ姫も殺されてしまうし、この国がどうなるか分からないな」


「そうだな……。兵士たちは父上の言葉に絶対服従だ。俺たちがどうにかするしかなさそうだ」


「俺たちが……。俺たちが、姫を助ける……。姫を助けるんだ!」


 何か閃いたようで、リージュは部屋の奥へと向かっていく。二人の剣が立て掛けてある場所へと向かい、二人分の剣を手にし、自分のものではない方をルージュへと差し出す。


 突然のことに何事かと考えているが、彼がしたいことが分からないまま、とりあえず剣だけを受け取る。


「リージュ、一体どうするんだ?」


「今すぐこの国を出てハイト国へと向かう。そして、王と姫のところへ行って現状を伝えるんだ」


「えっ……。そんなこと言って信じてもらえるのか。それに、ハイト国までは遠い。どうやって行くんだ?」


「信じてもらえるまで伝えるだけだ。それに、移動手段なら調整中の飛行装置が屋上にある。あれを使えばいい」


「あれを!? まだ調整中じゃないか。どうなるか分からないぞ!」


「どうなるか分からないけど、姫がどうなってもいいのか!?」


 突然怒鳴りながらルージュの襟元を掴む。だが、その表情は真剣そのもので、守り抜きたいという意思がはっきりと示されている。


 ルージュ自身もリージュと同様に彼女を死なせたくないと思っていた。それでも、その方法が全く思い付いていなかった。


 怒りに込められた真剣な眼差しに、リージュの方法ならどうにかなるという希望を感じていた。


「分かった」


 リージュの力強い手を押し返し、自らを自由の身にさせる。すると、手渡された剣をしっかりと背中に掛ける。たったそれだけの準備を終える。


 もっと反対されるかと思っていたところに、意外にも簡単に実行に移そうとした姿に、呆気にとられていた。


「どうした、リージュ。行くんじゃないのか?」


「……お、おう。ハイト国へ行こう!」


 二人は剣だけを手にし、並んで歩きながら部屋を出て行った。


 早歩きのような、しかし凛々しい足取りで階段へと戻っていき、さらに上の階へと向かっていった。


 すれ違う人々は何事かと思っていたようだったが、二人を止める者はまだ誰もいなかった。


 ようやく最上階へと到着すると、見張りの兵士が二人立っていた。リージュはチラリとルージュに目配せし、小さく頷くと何事もないように近付いていく。


「お待ちください。これより先は立入禁止となっております」


「王の命令だ。我々はこれよりハイト国へと向かう。そのために使用させてもらう」


「で、ですが、そのようなご指示は……」


「もう一度だけ言う。これは命令だ」


 リージュの威圧的な視線が兵士たちを竦ませる。あまりの気迫に動けず、二人は兵士たちの後ろにある金属の扉を開ける。


 空はすっかりと暗くなってきており、屋上に設置されている照明によりなんとか照らされている状態であった。


 屋上の中心には羽を模した銀色の物体が二つ並んでいる。その大きさは二人の身長を足したくらいの大きなもので、中心には一人分が座れる空間がある。


 肌を冷やしていく風が吹く中、二人はそこへ近付いていく。それぞれ、機体の外側をじっと眺めていき、傷がないかどうか確かめている。


 先にリージュが機体の中へと入っていき、エンジンを始動させる。一瞬けたたましい音がしたかと思えば、すぐに落ち着いた音になっていく。


 続けてルージュも同様の操作をする。


「リージュ、本当にいいのか?」


「何が? 俺は行くって決めたんだ」


「……そうだな。そうだよな! 行くしかないな!」


 勢いに任せたルージュは、そのまま中へと入っていく。もう一度装置の状態を見ていき、不備がないことを確認していく。


「俺はいいぞ!」


「よし、行くとするか、ルージュ」


 ゆっくりとペダルを踏み込んでいき、エンジンスロットルを動かしていく。


 すると、プロペラを回転させながら機体は動いていき、屋上を周回しながら加速していく。


 直線が最も長い方を向いたところで一気に踏み込んで速度を上げ、徐々に浮かす。屋上のすれすれのところで完全に離れていき、そのまま高く飛んでいった。


 しばらく旋回していくと、二人は並んで進んでいき、ハイト国のある方向へと向かっていった。


 安定した速度で進んでいき、空がほとんど暗くなったところで広い森の上に差し掛かった。木々は暗闇を助長させ、何もない空間を進んでいるようにも感じさせた。


 慣れた様子で飛行する二人。このまま順調に行けば夜明け前にはハイト国へ到着できそうであった。


 だが突然、前にいたリージュが旋回を始めていった。その高度は徐々に下がっていく。


「おい、リージュ!?」


 エンジンの音で声は届かないが、何事かと思って叫ぶ。


 そしてその症状はルージュの機体にも現れた。エンジンの音が変わり、機体が勝手に下がり始めていく。


 墜落しないようになんとか機体を傾けてはいるが、そうしたところで木にぶつかりそうでならない状態であった。


 そうしているうちにも、リージュは木に擦れていった。そのまましばらく真っ直ぐに進んでいき、地面の見える場所で一気に落ちていった。


 ルージュはその姿を追い掛けていくように同じ行動をする。まだリージュよりは速度があったようで、彼よりも先に進んでいった。


 なんとか無事な姿を確認し、自分が怪我をしないように可能な限り機体を操る。思ったよりも広い場所で、羽を木にぶつけることはなかった。


 どんどん下がっていく中で、とうとうルージュの機体が地面と接触する。火花を散らし、嫌な音を立てながら擦れていく。


 ようやく止まったそこは、木にぶつかる寸前であった。ルージュは完全に止まったことを確認し、機体から降りて状態を確認する。


 簡単に見ただけでは何ともなさそうである。だが、このままではもう動かない。


「はぁ……」


 ルージュは背面にある小さな扉を開け、そこから持ち手を引っ張り出す。ルージュの肩くらいまで伸びたそれを手に持ち、そのまま機体を引っ張っていく。


 見た目に反して一人で動かせるそれは、ずりずりと引き摺られながらルージュと一緒に動いていた。


「おーい、リージュ」


 もう一つの機体に向かって叫ぶ。その声に反応してか、ひょっこりと右手が伸ばされて振っている。


 改めて生きていることを確認でき、安堵の溜め息が漏れる。早くリージュの元へと向かいたいという思いから、足取りが少し速くなっていった。


 そして機体を隣り合わせで並べたと同時に、リージュが立ち上がって機体から降りてきた。ルージュと同様に、機体には大きな損傷は見られなかった。


「ルージュも無事だな」


「あぁ。だが、機体が動かないな……」


「暗闇の中進むのは危険だな。朝になるまでここで過ごそう」


 そう言うと、ルージュの腕を引っ張ってそのまま絡みつく。


「うわっ。何だよ!?」


「んー? 一人じゃ危ないからくっついていたいなー」


「……分かったよ」


 言葉では仕方なくといった様子でリージュに引っ張られながら、ルージュはリージュの機体へと入っていく。


 狭い空間で互いに身を寄せ合いながら、二人は静かに目を閉じていった。

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