21

 どれくらいの間そうしていただろう。人里離れたこの島では、日が落ちてから先は多少時が経とうと夜が更けようと辺りの暗さにあまり変わりはなく、今が何時ごろかもわからない。相変わらず目の前の闇は深く、この世界からまるで光が消えたかのような光景だ。

 中井がこの場を去ってからの間、宙色はずっと自分の中に何かが引っかかっているのを感じていた。

 昨日までの自分の中にあったのは、『七月のロマン』のありようを認められない気持ちだった。巷でもてはやされる至高のクリエイター集団が、実際にはたった一人の少女を言うがままに作品を創っている。そんな風に彼らのことを表面的に見ていた時は、その歪な体制を軽蔑していたし、同じ生き方をすることに当然抵抗もあった。だが、実際に梨子による神託を受けて絵を描き、彼女の元で創作する道を選んだ伊藤や中井の話を聞いて、理屈の面ではとうに彼らの方針に納得がいっている。自分自身も彼らとともに創作することで、よりクオリティの高い作品を創ることができるようになることは理解しているのだ。

 だとすれば、今自分の中に残るこの違和感の正体はなんだろう。単純にまだ感情の面で作品作りの根幹を他者にゆだねることをまだ割り切り切れていないのか。それとも、何か折り合いがつけれない部分があるのか。

 理屈で言えば、自分は『七月のロマン』の一員になるべきなはずだ。そうすれば、自分なんかでは想像もつかないような作品を創ることができる。よりよい作品を創り、より人の心を震わせることができる。面倒なクライアントとのやり取りも、仕事を増やすためのメディア露出も必要なくなる。ある種、いいことづくめと言える。

 何も高尚な理念や確固たる信念のもと、クリエイターになったわけではない。ただ単に他人よりも絵を描くことが得意で、技能さえあれば普通に働くよりも余程楽しく稼げる職業だったから、この道を選んだ。その中でクリエイターとしての矜持も染みついたが、それほど強いこだわりではないはずだ。

 ならば、なぜ自分は悩んでいるのか。

 (苦しいな……)

 ふと、頭の中にそんな考えが浮かんだ。一体、自分はなぜ悩んでいるのか。もし宙色がクリエイターとしての矜持などすべて捨てて実利だけを求めて『七月のロマン』の一員となる判断ができれば。あるいは、感情的に彼らの方針を全て否定することができれば、こんな葛藤も必要なかったはずだ。

 だが、実際には感情か理屈か、いずれかの理由で宙色は『七月のロマン』の一員になることを決断しきれずにいる。一体、自分は何に悩んでいるのか。

 真っ暗闇の中、宙色は腕に顔をうずめながら、答えのない自問自答を繰り返した。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ふと、瞼を刺すような光に目を覚ました。

 いつの間にか眠ってしまっていたらしい。座りやすい形状とはいえ、固い石の上に座り続けていたからか、体中が痛い。全身の痛みに耐えながら、宙色はふらふらと立ち上がって伸びをした。いきなり立ち上がったからか、立ち眩みを覚えて一瞬視界がかすむ。やがて目の前の景色がはっきりと瞳に映るようになり――思わず息をのんだ。


 それは、別段珍しくもないただの朝日の輝き。一日に一度は訪れる、その日の始まりを告げる光。徹夜で作品作りに勤しむこともある宙色のような人間にとってそれは、時には締め切りが近いことを告げる恐れの光でもあった。

 だが、その光が今、永遠に続くかに思われた闇を照らしている。朝日の眩しさに顔をしかめながら、宙色はようやく自分が『七月のロマン』に入ることに躊躇しているのかに気づいた。

 「……だとすると、やっぱりするしかんえよな」

 誰に言うともなく、そう呟く。あるいはそれは、自分自身に言い聞かせるような言葉だった。決断を胸に宙色は――とにもかくにも少しでも仮眠をしようと、眩い太陽に背中を向けるのであった。

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