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 元々疑問はあったのだ。複数の人間で一つの作品を作るにあたって、最大の障害になるのは完成した作品のイメージを共有することだ。各々が想定するゴールの輪郭が一致していない限り、個々の技量がどれだけあっても作品の質は決して上がらない。

だからこそ、集団で創作行う際には完成形のイメージをそろえるために議論を重ねるし、どれだけ言葉を尽くしても100%イメージが一致することもまたあり得ない。

 それゆえ、最初から完成形のイメージを共有し、それを疑わずに一直線に制作を進める『七月のロマン』の在り方には違和感を覚えた。たとえ、宙色が今日ここを訪れるまでにどれだけ打ち合わせを重ねて作品の最終系のイメージを揃えていようと、作品作りの中で最終系の再定義を行わないのは考えづらい話だ、

 そして、完成形というものに疑問を持つと、もう一つ不審な点が思い浮かぶ。

 彼らの作る作品には、原案というものが存在しない。何から始まって、何に向かって作品を創っていくのか。作品のクオリティを左右する肝の部分が、頑なにまで見えてこない。このことも、複数名で作品作りを行うにあたっては異常なことだった。

 原案もなく、完成形のイメージもない。そんな状態から、これまでの『七月のロマン』生み出してきたような、人知を超越した作品が生まれることはあり得ない。ならば、作品の大本となるものを考えている人物――すなわち監督のような人物がいるはずだ。

 「最初は、宮本さんがその役割を担っているのかと思いました。あの人ならば、シナリオも絵コンテのイメージも一から作り上げれるでしょうし、原案が彼女だったとしたらしっくりくる」

 「だが、今はそうは思っていないと」

 辰巳の先を促す言葉に、宙色ははっきりと頷く。

 「あの人は言ったんです。『この作品は、最初から傑作になるようにできている』って」

 宙色の言葉に、辰巳がほう、と言葉を漏らす。

 今日一日で、宮本は自信家ではあっても創作に関して楽観主義ではないことはなんとなくわかっていた。出来上がった自分の作品に自信は持っていても、作っている途中の作品のクオリティをそう簡単には断定しない。どれだけ才能があろうと、質の高い作品ができるまでには数えきれないほどの苦労と挫折にがあると知っているからだ。

 「宮本さんは、少なくとも彼女は自分が原案を務める作品の過程で、冗談でもそんなことを口にするとは思えません。あのアニメの監督は、きっと他にいる」

そして、その存在は何らかの意図で隠されている。それが、宙色が持った違和感の結論だ。


 「素晴らしい。僅かな言葉遣いからそこまで推論できるとは。同じ創作者同士、やはり通ずるものがあるということかな」

 辰巳は両手を上げてわざとらしく関心を示す。

 「……それは肯定と捉えて構いませんか」

 宙色が念押しすると、辰巳は静かな笑みを浮かべた。

 「ああ。君の言う通りだ。監督と呼ぶべきかどうかはともかく、『七月のロマン』の作品は、全てある人物から着想を得ている」

 辰巳の言葉に、やはりという思いと同時に疑問が浮かび、宙色はそれを反射的に口にする。

 「誰ですか?」

 宮本アリスをして、傑作を約束されていると言わしめる作品の原案を作る人物。それは、今日出会った『七月のロマン』のどのクリエイターよりも興味を惹かれる存在だ。同時に、もし本気で自分が彼らの一員になるとしたら、必ず会っておくべき人物ともいえる。直接会って言葉を交わしたい理由はいくらでもあった。

 だが、宙色の言葉に辰巳は珍しく迷いを見せた。口元に手を当て、唸るような声をあげながら考え込んでいる。

 「もちろん、ここまで言い当てられた上で隠す必要もないんだが……」

 そう言い淀む辰巳に、宙色はの脳内に一つの嫌な予感が浮かぶ。

 「……もしかして、あなただったりしますか?」

 宙色は自然と眉をひそめながら尋ねてしまう。もし辰巳本人が原作者だった場合、『七月のロマン』は金銭に頓着しない天才のクリエイター集団ではなく、ただの資産家お抱えの創作者たちということになる。もちろん、それでこれまでの作品の価値がなくなるわけではないが、印象がらっと変わってしまう。

 しかし、宙色の言葉に、辰巳は一瞬不意を突かれたような呆けた顔をした後、ツボに入ったような笑い声をあげた。

 「まさか……そんな……面白いことを考えるな、君は。さすがは一流の人間だな。小説家としてもやっていけそうだ」

 辰巳の茶化した物言いに、安心するのと同時にいら立ちを覚える。

 「じゃあ、一体誰なんですか。『七月のロマン』の原作者っていうのは」

 食い気味に聞き返すと、辰巳は笑いを落ち着かせるために小さく深呼吸をした。そうして彼は、再び困ったような表情を浮かべる。

 「正直言って、がっかりするかもしれないよ。何より。俄かには信じられないかもしれない。それでもいいというのなら、話すけれど。後悔はしないかい?」

 辰巳の言葉に、宙色は一瞬言葉に詰まった。調子のよい物言いやおどけたような仕草が多い男だが、彼が嘘やはったりを言っているとは思えない。その彼がここまで念押しをしてくるとなると、真相を知らないほうが良いのかもしれない、とも思えてくる。真実を知ってしまったが最後、『七月のロマン』への経緯の念は失われてしまうかもしれない。辰巳の慎重な表情は、宙色にそんな懸念を持たせた。

 だがそれでも。宙色は力強く拳を握った。

 「構いません。一人のクリエイターとして、あの傑作がどう生まれたのか、興味があります」

 辰巳はしばらくの間、宙色のそのまっすぐな視線をじっと受け止めていた。だが、やがて観念したように肩をすくめ、小さく息を吐いた。次の瞬間辰巳から語られるであろう言葉を、宙色も唾をのんで待った。

 そうして辰巳は語り始めた。天才創作集団『七月のロマン』の本当の姿を。

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