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 宴会は深夜になるまで続いた。同じ場所に住んでいるとはいえ、生活リズムがバラバラの『七月のロマン』の面々が一度に集まることはあまりないようで、久々の会合に相当話も弾んでいたようだ。皆今作っている作品の話や、自分たち以外の気になるクリエイターやその作品の話に花を咲かせていた。

 そして、どこにいても宙色は彼らの会話に引っ張り込まれた。宙色の顔が広いことや、普段はこの場にいない人間であるということもあるのかもしれない。だが、中井の言っていた通り、確かに彼らは宙色を一人のクリエイターとして認めてくれた上で歓迎してくれていた。それに気づかないほど、宙色も卑屈にはなっていなかった。

クリエイターとして尊敬する人々から認められ、創作に纏わる様々な話を語らえる。宙色にとって、それは至福の時間であった。


 時刻は深夜一時を回ると、流石に自室に戻り始める人が増えてきた。宙色も今日は空いている部屋を貸してもらえるということで、適当なところで休ませてもらおうと考えていたが、衰えを知らない宮本に絡まれ、イラストレーターのSNSの在り方について永遠議論に付き合わされていた。

 「あの、宮本さん、そろそろ俺休ませてもらっても……」

 「いやいやいや、もうちょっと話そうよ!それでさー、企業は単なるフォロワー数だけじゃなくて、SNSの利用期間に対するフォロワー数をもっと重視するべきだと思うわけよ。ただただフォロワーが多いってだけで、もう勢いない人にばっかり仕事が言って、若くて勢いがある子に仕事がいかない現状が私はもったいなくて!」

 宮本の話は留まることを知らず、宙色と同じく話を聞かされているメンツも疲労からか、ひきつった笑みを浮かべている。話が面白くないわけではないのだが、彼女のとめどない語りに皆疲れを隠せていない。

 いい加減に眠気と疲労で頭がぼんやりとし始めていたそんなとき、後ろからトントンと肩を叩かれた。

 「よう宙色。ちょっとだけ話いいか?」

 振り返ると、先に自室に引き上げていたはずの伊藤が立っていた。

 「え――、宙色君借りて行っちゃうの?せっかく今いいところなのに」

 「宮本さんもほどほどにしてくださいよ。明日もたくさん仕事してもらわないといけないんですから」

 冗談めかすように宮本をあしらいながら、伊藤はバルコニーの方へと手招きしてきた。どこかで宮本の終わりのないトークから逃げ出したかった宙色は、これ幸いと伊藤の後に続く。

 バルコニーに出ると、涼し気な風と海の方から微かに聞こえてくる波の音に包まれた。空を仰げば東京では見られない美しい星空が広がっており、都会育ちの宙色は少し感動してしまう。

 そんな宙色とは対照的に、伊藤は軽やかな足取りでバルコニーの端にある策まで歩いていく。この場所に住んでいれば、こんな美しい自然の情景も日常なのだろう。

 「今日はどうだった?いろんな人と話してたみたいだけど」

 伊藤は顔だけ後ろに向けながら問いかけてくる。こうして彼と二人で話すのも久しぶりのことで、心なしか伊藤の声も弾んでいるように思われた。

 「正直驚きの連続でしたけど……楽しかったです。いろんな人の話も聞けて勉強になりましたし」

 宙色は答えながら伊藤のところまで歩み寄り、隣で策に腕を乗せた。僅かに潮風の香りが鼻孔をくすぐり、それもまた心地よかった。

 「それはよかった。いろんなクリエイターと話すのは勉強になるからな。ここにいる間にたくさん話すといいぞ」

 「そうさせてもらいます。と言っても、あんまり長居しすぎるわけにはいきませんけどね。帰ったら仕事が山積みだ」

 宙色が苦笑いしながら言うと、伊藤も楽しそうに声をあげて笑った。

 「耳が痛いな。俺も今日はほとんど仕事してないから、明日はがっつり仕事しないとな。なんなら、お前もしばらくここに滞在して仕事していくか?作業部屋ならいくらでも余ってるぞ」

 「さすがにそれは申し訳なさすぎますよ。けど、ここで仕事ができたら本当に楽しそうですけどね」

 宙色は冗談交じりにそう言った。僅か一日しか『七月のロマン』の人々の暮らしを見ていないが、一流のクリエイターたちと刺激を与えあいながら創作ができるこの場所での生活は、クリエイターにとっての一つの理想郷のようだった。

 宙色の言葉を隣で聞いていた伊藤は、どこか満足そうに頷き、小さく息を吸ってから言葉を発した。

 「じゃあ、本当にここに住むか?」

 「いやいや、何言ってるんですか」

 唐突に冗談のようなことを口にした伊藤に、宙色は反射的にそう言い返す。

 しかし、少し遅れて、それが冗談や酔狂の類ではないことに宙色は気が付いた。

 「えと、あの、それってもしかして……」

 上手く言葉がまとまらず、しどろもどろになっている宙色に対して、伊藤ははっきりとした口調で言い放った。

 「『七月のロマン』に入らないかってことだよ」

 上手く言葉がまとまらず、しどろもどろになっている宙色に対して、伊藤ははっきりとした口調で言い放った。柔らかな笑みだが、冗談を言っている顔ではなかった。

 今世間でも最も評価されているクリエイター集団。そしてその実情は、世間で想像されている以上の実力と整えられた環境を備えた、創作者のユートピアのような場所。つい先日までは単なる憧れに過ぎなかったそんな団体に、自分が勧誘されている事実は、まるで夢のように感じられた。

 「別に、うちに入ったからと言って今お前がやっている仕事をやめろなんて言わない。皆、フリーの仕事とここの仕事を両立しながら働いてるからな。でも、うちに居れば活動資金やら生活費は全部辰巳さんが出してくれるから、自分の仕事の報酬は全部貯金に回せる。月々の手当てもそれなりに出してもらえる。それに何より、他ではできない仕事ができる」

 伊藤はそう続ける。その口から出てくるのは、どれもこれも魅力的な条件ばかりだった。

 他ではできない仕事。それは、クライアントや企業の意向を気にせず、ハイクオリティな作品を他の『七月のロマン』のメンバーとともに創れるという、唯一無二の経験だ。

 「それに、今すぐ決めてくれとは言わない。急な話だからな。もちろん一晩しっかり考えてくれていいし、なんなら一度東京に戻ってからでも大丈夫だ」

 「……わかりました。お誘い、ありがとうございます。前向きに検討します」

 その場で即決してもいいくらい魅力的な提案だったが、伊藤があまりにも念を押すものだから、宙色はつい形式的な返答をしてしまう。しかし、宙色の心はもうほとんど決まっていた。

 宙色の気持ちを察してか、伊藤はこちらの顔を見てふっと笑みを浮かべる。

 「まあ、とにかく返事は急がないから、いつでも返事をくれ。ただ、くれぐれもよく考えてくれよな」

 「はい、ありがとうございます」

 「ん。じゃあ、そろそろお開きにして、片付けるか」

 伊藤はそう言って柵から離れ、部屋に向かって歩き出した。宙色はすぐにその後ろについていこうとし、ふと足を止めた。

 「?どうした、戻らないのか?」

 「あ……いえ、何でもありません」

 こちらを振り返って尋ねてきた伊藤に、慌ててそう返す。一瞬疑問に思いかけたことがそのまま口から出そうになったが、上手く誤魔化せただろうか。

明るい室内に戻りながら、宙色はちらりと見えた伊藤の横顔を思い返し、胸の中で疑問を持った。何故彼は、そんなに寂しそうな顔をしているのか、と。



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