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 結論から言うと、『七月のロマン』の面々はある意味想像通りの人間たちだった。

 食堂の扉を開けた宙色を迎え入れたのは、十数人ほどの『七月のロマン』所属のクリエイター達だった。平均年齢こそ宙色が想像していたものよりも高かったものの、ほとんどが二十代後半から三十代前半で構成されており、十分若手のクリエイター集団と言って差し支えないだろう。中には宙色が見知った人間も何人か見受けられたが、彼ら全員がどこかで名前を聞いた音があるような一流のクリエイター達だった。

 だが、想像していた通りだったのは彼らの外面だけではない。最初に軽く挨拶をしてから簡単な軽食を取り始めたところまでは比較的他人行儀であったが、段々と打ち解けてくると随分口調が砕けたものになってきていた。

 「いやあ、お客さんが来るなんて久しぶりだね!今日はめでたいことだし、仕事は休みにしてこのまま飲み明かさない?」

 コップを片手にそう高笑いをするのは、小説とイラストの両方の分野で活躍する小説家兼絵描きの宮本みやもとアリスだ。妙にテンションが高いのはアルコールが入っているからではなく、昨晩から徹夜で仕事をしていたからだという。生活が昼夜逆転してしまって、世俗とリズムがずれてしまうのも、いかにもといった感じだ。

 「はいはい、それじゃあわざわざこんなところまで宙色君に来てもらった意味がないでしょ。ちょっと休憩したらちゃんと仕事の話もしますからね」

 そう宥めるのはアニメーターの中井なかいだ。まだ宙色とそれほど年の変わらないだが男、宙色が挿絵を担当したライトノベルのアニメ化の際にも顔を合わせたことがある、腕のいい作画担当だ。

 顔を見たことがあるのは宮本や中井だけではない。同業者であるイラストレーターはもちろん、シナリオライターや漫画家など、宙色とは別業種だがそれでも顔が知れ渡ってくるような実力者が勢ぞろいしている。

 だが、その多くが部屋着のようなラフな格好でくつろいでいたり、逆にこだわりがあるのか奇抜な格好をしていたりと、随分と癖のありそうな面々だ。創作者は往々にしては変わりものだったり少しだらしない面があったりするものだが、『七月のロマン』の自由な雰囲気はまるで尖った学生のサークルのようだ。

 「えー、やだよ仕事なんて。この間取材受けてから本土の方にも行きづらくなってて息抜きもできないんだからさあ。ちょっとは労わってよ」

 「それはあなたが勝手に取材受けるからでしょ……」

 駄々をこねる宮本に呆れるような言葉を別の誰かが漏らす。先日の宮本アリスのインタビューは随分と衝撃的なものだったが、あれも彼らの広報戦略というわけではなく、どうやら彼女の独断でのものだったらしい。普通の制作企業であればありえないことだが、呆れながらも許容しているあたり、この集団のフリーダムさを物語っている。

 「というか、どういう経緯で宮本さんはあの取材受けられたんですか?」

 宙色は宮本達の会話に割って入る。宮本はよくぞ聞いてくれたとばかりに、持っていた紙コップを机にトンとおいて答える。

 「いやあ、それがなかなか面白い話でね。七ロマで活動してることは他では悟られないように上手い事隠しててさ。おかげで今の担当編集とか同業者にもバレずに今までやってこれてたわけなの。ところがね、もう五、六年連絡とってない、デビューしてすぐの頃にお世話になってた担当で、今はELエンタメラボのライターやってる子から連絡あっさあ。私が七ロマで小説と脚本描いてるってことがバレちゃってさ」

 当てられたからには仕方ないじゃん、とおどけたように宮本は肩をすくめた。

 「まあ、たまにいまるよな、当ててくる人。特に同業者は。俺も何人から探り入れるLINE来たことか」

 そう語るのは、作曲家の菅谷すがやだ。宙色も顔を見るのははじめただが、その名前は数多くの名作アニメや映画のクレジットで何度も見たことがある。話題になっていたオリジナルアニメ『ダンテの肖像』の作曲も彼が一人で手掛けたという。『七月のロマン』の中でも、宮本アリスと並んでトップクラスのビッグネームだ。

 「菅谷さんはバレそうだよねー。今完全に他の仕事してないんでしょ?そりゃ誰でも怪しむよ」

 「俺はお前らみたいにそんなに仕事掛け持ちでやれなーよ。大体、商業の作品に振り回されるのが嫌でここに来たみたいなところあるからな」

 「職人だねー」

 菅谷の言葉に宮本がからかうように笑う。年齢的には菅谷の方が年上なのだが、宮本のあっけらかんとした性格故に、彼女がこうして中心に立っているような形なのだろう。

 「まあ、皆が皆菅谷さんみたいな職人肌じゃないけどね。伊藤君とかは今でも他でいっぱい仕事受けてるでしょ?」

 「まあ、俺はまだまだここで骨に埋めれるほど経験積めてませんからね。それに、うちは余りにもお金に頓着しなさすぎでしょ」

 おどけるように語る中井の言葉に何人かが苦笑いする。作品から収益をあげないという『七月のロマン』の方針には、どうやらメンバー内でも多少賛否があるようだ。

 「そうか?俺は投げ銭とか広告とかのシステムって、やっぱり違和感あるんだけどなあ。大体、商業化を考え始めると作品の路線がずれるだろ」

 「いやいや、菅谷さんその考えはちょっと古いですよ。今日日、変に迎合した作品は受けませんし、こっちが好きに作った作品でもやりよう次第で十分収益はあがりますよ。作品の方針じゃなくて、マーケティングの話です」

 菅谷の反論に対して、すかさず伊藤が返す。その様子に、他で話題に花を咲かせていた面々も二人の話題に混ざってくる。

 「いやあ、ごめんね宙色君。せっかく来てくれたのに、内輪で盛り上がっちゃって」

 段々熱を帯びていく二人の議論に対して、すっかり蚊帳の外状態だった宙色に宮本が声をかけてきた。

 「いえ、自分は大丈夫です。けどあれ、放っておいていいんですか?」

 「いいのいいの。うちではよくあることだよ。ね、中井君」

 「そうそう。ああやって、作品作りからエンタメの在り方まで、下手したら朝までずっと話し込んでたりするから。付き合ってるとキリがないぞ?」

 宮本の言葉に中井も深く同意する。実感のこもった言葉に、思わず宙色も笑みをこぼす。

 「さて、昼も済んだことだし先に仕事しようか。中井君、二階で昨日の続きやろう。宙色君もよければ見に来る?」

 「え、いいんですか?」

 宙色が聞き返すと、宮本は男らしく親指を立てて返した。徹夜明けだというのに、なんだかんだ仕事好きな人だ。伊藤と菅谷の議論にも興味はあったが、今回の本命は『七月のロマン』の本来の創作の現場の方である。

 食堂の喧騒を背に向け、宙色は宮本と中井の後に続いた。

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