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ことクリエイターという職業においては、年齢というのはあまり重視されない。
もちろん創作活動においても経験というのは重要だ。どんなジャンルにおいても、年齢を重ねたクリエイターには、若い人間には決して出せない味や深みが感じられるものだ。だが、創作において最も重要なのは実力であり、その実力を大きく左右するのが閃きの力やセンスといった、持って生まれた才能である。だからこそ、この業界では二十代前半はもちろん、早熟なものでは十代でも一線級を走るクリエイターは決して少なくない。
二十代半ばで世間的にはまだまだ若者である宙色でも、この業界では決してそれほど若手とは言われないくらいの世界だ。若手トップクリエイターなどと世間でもてはやされている宙色も、自分よりも年下だが実力は既に自分と同等かそれ以上だと思う相手は何度か出会ったことがある。
だが、そんな宙色の目から見ても、現れたその少女は幼く見えた。ここは正体を秘匿している『七月のロマン』の活動拠点だ。部外者がいることは考えづらいが、はたして彼女も『七月のロマン』の関係者なのだろうか。
肩より長く伸ばした髪を括らずに流したその少女は、驚きと恥ずかしさで顔を赤らめながらも階段を下りてきた。近くで見ると、顔立ちにまだあどけなさが残るのがよくわかる。高校生か、あるいは中学生くらいの年齢だろうか。
「すみません、初めまして。あ、お客さんですか?」
子供らしい少し高めの声で、彼女はそう声をかけてきた。予想外の来客にも丁寧に話しかけられるあたり、年齢の割には社交性の高い子だ。
「ああ、ここの人たちに呼ばれてね。今日はお邪魔させてもらっています」
慌てて答えたせいで、中途半端に敬語が混ざった言葉遣いになってしまった。仕事では自分よりも年上の人間としかほとんど会話をする機会がないし、その上宙色は一人っ子だ。自分よりも十近く年の離れた少女にどう接するのが正解なのか、つい迷いが生まれてしまった。
「そうなんですね。こんな不便なところまでご苦労様です」
宙色とは反対に滑らかな口調で尋ねながら、彼女は階段を降りてくる。やはり言葉の節々から普段から大人と話しなれていることが感じられる。たまたま誰かの付き添いでこの館にいるというわけではないのだろう。
そこで、ふと先ほどの少女の呼びかけを思い出した。彼女は自分の叔父を探していた。あのタイミングでここに入ってきたのは宙色と伊藤、辰巳の三人だ。伊藤にそこまで年の離れた兄弟がいるという話は聞いたことがないので、必然的に彼女が探していた人物に見当はつく。
「ひょっとして、君は辰巳さんの親戚の子なのかい?」
宙色がそう聞くと、少女は照れたような笑みを浮かべながら頷いた。
「はい。私、辰巳叔父さんの姪の
あどけない笑顔を浮かべながら、梨子と名乗った少女は流暢に説明した。必要なことを伝えつつ、細かい事情は上手くぼかした自己紹介だ。やはり彼女は自分のことを説明しなれているようだ。
だが、これで十代半ばに見える彼女がこの大人のクリエイターの巣のような場所に居合わせていることにも納得がいった。『七月のロマン』の事実上のスポンサーである辰巳の親族であるなら、辰巳の所有しているこの館に住んでいてもそれほどおかしな話ではない。
そう考えていると、宙色は梨子が何か言いたげな表情でこちらを見てきていることに気づいた。その視線から、宙色は梨子が何を言いたがっているかを経験から容易に察することができた。もう何度も見た、自分のことを相手が知っているときの目だ。
「なにかな?」
宙色がすっかり作り慣れた営業向けの笑みを浮かべると、梨子はもじもじとした様子で恐る恐る口を開いた。
「あの……人違いだったらごめんなさいなんですけど……もしかして、イラストレーターの宙色さんですか?」
「ああ、その通り。人違いじゃないから安心してくれ」
年相応の仕草と口調に、宙色は余裕のある笑顔で応対する。ここ最近外出先で似たような声のかけ方をすることが増えたため、ファンサービスも慣れたものである。
偶然訪れてきた来客が自分の知る人物だったことに、梨子は露骨に喜んでいるようだった。「やっぱり!」と歓喜の声をあげると、慌てて二階に上がっていった。しばらくすると、その手にノートとサインペンを抱えて小走りに戻ってくる。
「すみません!これ、サインいただいても構いませんか!?」
満面の笑みで梨子はノートを差し出してくる。迂闊にサインなどするとネット通販で転売されかねないために普段は断っているが、今日くらいはその程度のサービスは構わないだろう。そう自分自身を納得させて、宙色は渡されたペンの蓋を外す。書きなれたサインを表紙に書き、梨子の名前を添えてやると彼女は一層嬉しそうな表情を浮かべた。
「ありがとうございます!すみません、もし良ければもう一つお願いがあるんですけど……」
梨子がそう言いかけた瞬間、二階から伊藤が姿を現した。
「待たせたな、宙色……と、梨子ちゃんも居たのか」
「あ、伊藤さん。ちょっと叔父さん探してて」
「辰巳さんなら食堂だな。これから皆で昼食うけど、梨子ちゃんどうする?」
「うーん……今日はいいかな。お仕事の話もするでしょ?私部屋で食べるよ」
同じ屋根の下で暮らしているからか、伊藤と梨子は年の離れた兄弟のように仲良さげに話していた。年齢のわりに大人との会話に慣れていたのは、こうして住み込みで働いている大人達と普段からよく話しているからなのだろう。
「じゃあ、宙色さん、サインありがとうございました!」
梨子はそう言って頭を下げてから、軽やかな足取りで二階へと帰っていった。その後姿を見送りながら、伊藤がニヤニヤと笑いながら声をかけてくる。
「さすが神絵師。俺あの子にサイン求められたことなんかないぞ」
「そりゃよく顔合わせてるからでしょ?単に物珍しいだけじゃないですかね」
宙色がそう返すと、伊藤も確かにと同意する。
「あの子、辰巳さんの姪っ子なんだがな。高校は通信制で、普段はここで生活してるんだ。なかなかしっかりした子だぞ」
「確かに高校生のわりに礼儀正しそうな子でしたね。ところで、他の方々はどうされたんですか?」
「ああ、今一通り起こしてきたから、支度してから来てくれると思うぞ」
伊藤は何気なく語るが、既に時刻は十三時を過ぎている。梨子が大人びているのは、周りの大人を反面教師にしているからというのもあるかもしれない。
「ならあの子も食堂で先に昼食べさせてあげればいいのに。俺は気にしませんよ」
宙色がそう言うと、伊藤が困った顔を浮かべた。
「そうしてもいいんだがな……あれだ、あの子あれで結構オタクだからな。逆にあんまり俺たちの話に混ざらないほうがいいかもしれないからな」
「あ――、なるほど。オタクの一般人からしたら垂涎ものの光景になりそうですもんね……」
宙色の言葉に、伊藤は楽し気に笑った。
「よく言うぜ。一般人ではないものの、お前だってそのオタクの一人だろ?」
伊藤に胸の内を言い当てられ、宙色も自然と頬が緩んだ。
伊藤にこの島に呼び出されてからというものの、予想外のことの連続だったが、いよいよ目当ての人物たちとの対面である。彗星のごとく現れたクリエイター集団『七月のロマン』、その構成メンバーたちと遂に対面できると思うと、心が躍った。
一体どんな人物たちが、どんな信念のもとに世を席捲する話題作を作り続けているのか。逸る気持ちを抑え、宙色は食堂へと足を向けた。
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