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 辰巳を車に乗せてからおよそ三十分。元々人口の少ない離島の、さらに人里から離れた場所まで伊藤が車を走らせると、やがて大きな城のような建物が見えてきた。白色をベースとして意匠を凝らした風体の洋館は、さながらホワイトハウスのようだ。

 およそ田舎の小さな島に似つかわしくないその建物に、宙色は思わず声をあげた。

 「あの、あそこに見えてるあの建物って……」

 「ああ。俺たち、『七月のロマン』の活動拠点だよ」

 伊藤にきっぱりと言い放たれ、宙色は唖然としてしまう。いくら辰巳が莫大な資産を持っていて、『七月のロマン』の活動に本気で惚れこんでいているとしても、わざわざ活動場所としてこんな豪華な建物を提供しなくてもよいのでは、と思ってしまう。

 「土地が安くてね。元々、別荘として使おうと思っていたんだが、部屋が余っていることもあって、今は彼らに貸し出しているわけだ」

 辰巳はごく普通そうに語るが、宙色は驚きのあまりため息が出てしまった。世間では活動拠点すら知られていない天才クリエイター集団の拠点が、こんな豪華な建物だと知れた日には、大騒ぎになるに違いない。実態を明かしていない『七月のロマン』として、活動場所を秘匿するのは当然のことだろう。

 車はそのまま敷地内に入っていき、伊藤が慣れた手つきで駐車場に車を停める。車から降りて直に見ても、現実感が感じられないほど浮世離れしている建物だった。茫然とする宙色を尻目に、伊藤と辰巳は何食わぬ顔でまっすぐに玄関を目指していく。宙色もその後を追った。


 先頭を歩く伊藤が玄関の扉を開くと、重厚感のある音とともにエントランスの光景が目に飛び込んできた。白を基調とした美しい内装で、正面は二階に上がる階段が設けられた吹き抜けになっていて、解放感も感じられる。一応こんな離島を活動拠点としている以上、ここで活動するクリエイターの多くは住み込みなのだろうが、その割にはあまり生活感が感じられない。

 「基本的に一階は共同スペースだ。食堂や打ち合わせ室をいくつか設けているんだ。で、二階が各々の居住室兼仕事部屋という感じの間取りになってるんだ」

 「二階の見学は後にしていいだろう。とりあえず、一旦昼食にしようか。伊藤君、皆を起こしてきてくれるかな?」

 「了解です。……っつても、どれだけ起きてくるかどうかわかりませんけどね」

 辰巳に言われ、伊藤は苦笑いしながら階段を昇って行った。時刻はもう昼過ぎだが、そんな言葉が出てくるあたりは、まさにクリエイターの共同生活といった感じだ。

 「さて、私は食堂を見てくるかな。……宙色君、申し訳ないが、一旦ここで待っていてもらっても構わないかな?多分大丈夫だと思うが、客人を入れられる状態かどうか確証が持てなくてね」

 辰巳も冗談めかしてそう言いながら、廊下の奥へと足を運んでいった。玄関周りこそ綺麗に保たれているものの、こう広い建物だと手入れを行き届かせるのも難しいだろう。宙色は辰巳の言葉に従って、その場に留まった。

 二人がいなくなって手持ち無沙汰になったので、宙色はエントランスに置かれていたベンチに腰を下ろした。あまりに現実離れしたことが連続してしまったため、もう既に疲れがたまってしまっているような気がした。

 無理もないことだ。身近な同業者だと思っていた伊藤がかの有名な『七月のロマン』の一員で、その彼にこの場所に島に招待されたかと思えば、そこで高名な投資家に出合い、こうして世間離れもいいところな城のような活動場所に連れてこられた。短い期間で、あまりに多くのことが起きすぎてしまったのかもしれない。

 だが、まだここに来た目的を果たせてはいない。宙色は両手で頬を叩き、緩みかけた気持ちを締めなおした。こうして『七月のロマン』の元へ訪れたのは、もちろん興味本位ということもあったが、それだけが目的ではない。過密なスケジュールをなんとかこじ開けて今日この場を訪れたのは、『七月のロマン』という今最も世間で人気を博しているクリエイター集団から、作品作りの技術や思考を学ぶためだ。

 創作において、個別の作品の優劣をつけることはそう簡単ではない。だが、宙色の主観だが、今この世で最も面白く、最も人気のある作品を作ることができる集団は、『七月のロマン』に他ならない。彼らの仕事ぶりから、さらにクリエイターとしての自分の力を底上げするための知識を得てやる。宙色は己の中のハングリー精神をより強く持った。

 そんな風に決意を固めていると、ふいに二階の廊下から足音が聞こえてきた。一瞬、伊藤が戻ってきたのかと考えたが、跳ねるような軽い足音から、少なくとも男性のものではないとわかる。恐らく、ここに住んでいる『七月のロマン』所属の人間なのだろう。

 そう思って顔をあげると、足音の主が今まさに階段を下りてきているのが目に入った。その意外な姿に、宙色は驚きの表情を浮かべた。

「叔父さ――ん。もう帰ってきたの――?お昼まだ――?」

 降りてきた人物は一階を見渡しながらそう呼びかけてたが、やがて宙色の姿を見とめてあっと声をあげた。

「すみません、お邪魔しています」

 宙色が取り繕うように笑うと、十代半ばくらいの少女は恥ずかしそうに軽く頭を下げた。

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