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 『七月のロマン』には、そのメンバー以外にも一つの疑問があった。それは、彼らが作品の公開を通して一切収益を上げていないことだ。

 最近では、作品本体が無料で閲覧できるものであっても、WEB上で創作物をアップすることを通して金銭を得れる仕組みは少なくない。例えばYouTubeに動画を投稿する際にも、動画に広告をつけることで再生数に応じた広告収入を得ることができるし、もっと直接的にファンから投げ銭やギフトといった形で金銭を受け取ることもできる。『七月のロマン』のような人気のグループであれば、従来のビジネスモデルでなくともそう言った形である程度収益を上げることはできるだろう。

 だが、『七月のロマン』はあらゆるサイトでそういった収益機能をオフにしている。そのため、彼らの創作物は広告なしで人々に消費されている。つまり、プロの仕事に見まがうほどの質の高い作品群を、『七月のロマン』は無料で提供しているわけだ。

 間違いなくトップクリエイターと呼んで差し支えない腕を持つ『七月のロマン』のメンバーたちは、どうやってその成果に見合った報酬を得ているのか?このことは、同じ作り手の立場にいる宙色にとって、彼らの正体以上の疑問だった。それゆえ、堤防で合流した男の正体を聞いても、宙色は驚きよりも腑に落ちた感じの方が強かった。

 「いやあ、まさか私のことを知っていてもらえたとは!一流の人間に見知ってもらえているのは光栄だな!」

 後部座席に座る辰巳は、車内には似合わない快活な声をあげた。以前辰巳が取材を受けていたネットニュースの記事を、宙色が知っていたことが余程嬉しかったらしい。

 「いや、辰巳さんは有名な方ですから。それに、一流っていうのは勘弁してください」

 辰巳の親し気な物言いに、思わず宙色の口調も砕けたものになる。

 「いやいや、それこそ謙遜が過ぎるというものだろう!二十五にして君ほど仕事をもらっている人間は、業界にもそういないだろうに!」

 辰巳は褒めているつもりなのだろうが、彼が同じ年の時には最初に起業した会社を売却して、十億近い個人資産を手にしていたはずだ。皮肉や自慢の類ではないことは彼の豪傑な人柄を見れば明らかだが、運転しながら話を聞いている伊藤も思わず苦笑いを浮かべている。

 辰巳黒和たつみくろかず。二十代のころに当時としては珍しい個人でも取引がしやすいECサイトの運営会社を立ち上げ、その後も複数の事業を営み、莫大な富を築き上げた。三十代になるころにはほとんどの事業を売却して経営者としては一線を退いたが、今度は投資家として活動をはじめ、今となっては国内でも有数の個人投資家になっていると聞く。

 本来ならば、こんな人里離れた離島で油を売っているような人物ではないのは明らかだ。にもかかわらず彼は、大して得意でもなさそうな釣りなどにうつつを抜かし、今こうして車内で無駄話に興じている。その理由は一つしかないだろう。

 そんな宙色の考えを察したのか、伊藤は解説するように口を開いた。

 「お前の思ってる通りだよ。俺たちの活動資金は、基本的に全部辰巳さんが融通してくれてる。言うなれば、この人は俺たち『七月のロマン』のスポンサーなんだよ」

 「何、そんな大層なものではないさ。私は投資家だからね。これから成果を生み出しそうな者たちに必要なものを投資するのは、我々の本分さ」

 伊藤の説明に辰巳はおどけたように返すが、彼の存在が『七月のロマン』のハイレベルな作品作りを支えているといっても過言ではないだろうと、宙色は思った。

 クリエイターとて仕事として創作を行っている以上、ある程度は稼がなければ生きていけなくなる。だからこそ、時には自分の主義に反する作品を作ったり、納期のためにクオリティを妥協したりしなければならなくこともある。それゆえ、金銭に頓着せずに創作に勤しめる環境というのは、創作に携わる人間にとっては喉から手が出るほど欲しいものだ。

 無理に金のための作品作りをせずとも、それで生活に苦しんだり生きていけなくなったりすることはない。そんな安定した基盤があるからこそ、『七月のロマン』のトップクリエイターたちは自分たちのペースで、自分たちの作りたいものを生み出せているのだ。人気イラストレーターとして多くの仕事を受けられる反面、常に時間やクライアントの要求に追われている宙色は、そんな環境がとても羨ましく思えた。

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