元産科看護師、現小児科看護師、ママになりました!

海栗

第1話 産まれました

その日もいつもと変わらない日でした。ただ、なんとなくお腹に違和感があるだけは・・・。


既に産前休暇に入っていたので、いつも通り朝食を準備して過ごしていた。ただ、朝の7時半頃からお腹が痛みが出て来たこと以外は・・・。お腹の痛みは30分に1回程度、今までと比べると何となく強いかなと思うぐらい。10分以内の痛みを伴う規則的なお腹の張りを陣痛と呼ぶので、それには程遠いもの。ただ、なんとなくの違和感を感じたため、子どもにご飯を食べさせ、いつもより早めに保育園へと車で送っていくことにする。(旦那は、いつも通り自身の出勤直前の時間に起きて、「じゃぁ、よろしく〜」と旅立っていった)


保育園へ送り届け自宅に帰って来たのは8時半、その時にはお腹の痛みははっきりとしたものに変わっていた。ただ、痛みの間隔は8分〜20分と結構な幅のある状態であり、陣痛と呼べる間隔ではなかった。ただ、上の子のお産が1時間半とかなりの短い時間で産まれたこともあり、お産する病院からは早めに連絡を入れるよう指示されていたため、とりあえず外来に電話をする。予想通りだが、とりあえず入院の準備をして外来を受診するよう指示があった。

そのまま私は、陣痛タクシーに連絡(陣痛タクシーは産前休暇に入る頃に予約していた)。陣痛タクシーは、座面に防水シーツを敷いて準備してくれているので、破水などのリスクを考えるとやはり安心感がある)。

そんなこんなで、タクシーに乗り、病院へ着き、外来で順番待ちをしていると、あっという間に陣痛は5分間隔になっていた。その間痛みはどんどん増していき、張りの時は声が出そうになってくるほどだ。入院用のボストンバックに体を預け、お腹の張りが強くなるタイミングに合わせて声が漏れ出ないように「ふうぅぅぅ〜」とできるだけ長く息をはき出す。(声を出すとその分、体力の消耗になるので長丁場になるお産でできるだけ体力を温存するため。陣痛中はどうしても過呼吸になりやすいので、呼吸をするときは吐く方に意識を向けるようにする、指先が痺れるなどの症状があれば過呼吸の前症状なので注意)

20分程待つとやっと診察で呼ばれたが、外来看護師に案内されたのはNSTモニター(胎児の心音とお腹の張りを確認する機械)をつける場所。早めに診察して欲しかった私は外来の看護師に

「お腹の張り5分切ってます」

と伝えますが、

「そうですか、モニターつけて確認していきますね。」

と私の思いは残念なことに伝わらずそのまま、15分ほどNSTモニターをつけ続けます。その間もどんどん、お腹の痛みは強くなります。赤ちゃんの心音は問題なく確認できていたが、お腹の張りについてはつけた位置が悪く不明瞭な結果であったためNSTモニターをつけて15分後に確認しに来た看護師から言われた一言は

「あれ?あんまり張り強くない?」

でした。それに、対して余裕の無くなって来た私は

「痛いです。肛門の圧迫感もでてきました。前回のお産1時間半なので早めに診察回してください」

と自己申告。

前回のお産時間まで把握できて居なかったであろう看護師は慌てて報告に行き、その数分後には診察となった。

診察の結果は子宮口8cm開大(10cmまで開けば全開大)、そのまま入院することとなった。診察室のベッドで、病棟助産師のお迎えを待つ中、看護師から許可を取り夫に電話をかける。子どもの迎えの調整をしてもらうためだ。

夫の職場に電話をし、夫に代わってもらうのを待つ間に事件は起きた。一気におしりに暖かい感じが広がる。それと同時に今までにないお腹の張りがうまれた。電話口からは保留のメロディーが流れていたが、普通に話せる状況ではなくなった。私に分かったのは『お産のスイッチが入った』ことだけだった。陣痛の痛みで叫びたくなるのをどうにかこらえながら、まずは人を呼ばなければと思いその場で大声叫ぶ。

「すいません、誰か来てください。破水しました」

その声で2、3人の外来看護師・助産師がやって来た。口々に

「車椅子に移ろう」

「できるだけ力抜いてね」

「お迎え来るまで待てるかな?』

など話してくるが、私は叫ばないようにするのが手一杯。その時には数分おきで、張りの間隔もわからず、自分の体にも関わらず痛みに耐えるだけでどう体を動かして良いのかわからない始末。

「痛くて(車椅子に)移れないので手伝ってください」

手伝ってもらいどうにか動くが、その間も張りは続き、それを見た助産師さんは

「ダメだ、保たない!このまま分娩室連れて行くから病棟電話して!」

そう言って私の乗っている車椅子を押して走りだした。

「ダメだよ、いきまないでね。」

何度も何度もそう声をかけながら車椅子を押して走る助産師と、それを先導するように

「車椅子通してください。」

と叫びながら通り道を確保したり、先回りをしてエレベーターをよんで待っている看護師、途中で分娩担当でお迎えに来た助産師とも合流することになり、みんなで走りながらの移動となる。車椅子に乗っているだけの私は、できるだけ息まないようにと意識をしずっと「ふうぅぅぅぅぅぅぅぅ」と少し声を出しながら息を吐くばかり。ただエレベーターの中で分娩担当の助産師から

「力を抜いて」

と言われて車椅子の肘置き部分を握っていた手を外されたことで、体に力が入って居たことに初めて気がついた。痛みがあると、無意識にどこかにすがってしまうのだろう。そこからは息まないようにだけでなく、体に力を入れないようにも意識する。


何人かの医師、助産師、看護師が慌ただしく準備をする陣痛室に通され、分娩台に移動する際も

「移れる?」

と聞かれるが、やはり痛みで体の動かし方がわからなくなっている私は

「無理です、やってください」

との返答。その時にはもはや『手伝てください』ではない。自分ではどうにもできず、完全に人任せの状態だった。


そこからは分娩用のパジャマに着替える余裕もなくお産の準備が進められる。私が終始言われ続けた声かけは

「いきまないでね」

だった。


結局最後まで『いきみ』の許可は下りないまま、元気な男の子が生まれた。

生まれた後に医師、助産師、看護師から言われた言葉は

「「「分娩台で産めてよかったね」」」

だった。



お産直後の諸々が終わり、担当助産師から声がかかる

「外来での破水時間って覚えてる?」

ちょうど、夫の職場に電話をかけている際の破水だったため

「ちょうど電話をした時だったので携帯電話見ればわかると思います」

と返事をし、時間を伝えると、すこし驚いたような助産師からの返答があった。

「破水してから5分で生まれたんだね」



中々濃い5分間だったが、元気に生まれてくれたのでよかった。

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元産科看護師、現小児科看護師、ママになりました! 海栗 @suzu518710

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