第10話 やりやがった(聡明)

 バカ娘と高藤のコントから、時間が経って昼休み。


 早速、梓と高藤が俺の元にやってきた。


「さあ聡明! 早くするっス! 何するっスか!?」


「落ち着けアホ」


「ふぎゃっ」


 先走りそうになっている梓に、デコピンを打ち込んで落ち着かせる。コイツ、朝からお預けくらって悶々としてたせいか、無駄にハイテンションになってやがるな。


「高藤も見てないで止めてくれよ……」


「いやー、そこはやっぱり付き合いの長い聡明君の方が適任だと思うし、私としても何をするのか気になってるからさ」


 つまり何すんのかさっさと教えろって事ね。


 まあこっちとしても、さっさと行動に移したいから、望むところではある。移動されたりしたら手間だからな。


「じゃあちょっと付いてこい」


 梓と高藤を引き連れ、目的の場所に向かうとする。


「それで聡明、何とかするって、どうするつもりっスか? 改めて考えてみたら、ウチ、結構致命的な状況なんスけど」


 梓は能天気で抜けているが、スペックでみれば相当に優秀だ。自分の状況を察する事には時間が掛かったが、一度状況を理解したら、そこから先は速い。自分の状況がどんなものなのか、ほぼ正確に把握している筈。


 それでも落ち着いていられるのは、俺がなんとかすると言ったから。俺と梓の間には、それぐらいの信頼がある。


「詳しくは後で話すから、ざっくりと説明するぞ。今、お前が微妙な立場にいるのは、リスクが少ないからだ」


 俺の言葉に、二人は首を傾げる。


「簡単に言うと、梓はちょっかいかけ易いんだよ。実家は一般家庭、帝櫻での交友関係は現状で俺と高藤ぐらい。家という後ろ盾、帝櫻での人脈、それがほぼ皆無。だから良心さえ咎めなければ、帝櫻の生徒なら誰でも手が出せる」


 例えば、梓が一般家庭ではなく、名家の出だとしよう。そうなると今回の騒動を起こしたとしても、梓にちょっかいを出す奴はぐっと少なくなる。梓の家より家格が低い相手は手を出すのを躊躇する。家同士で関わりがある場合も、同じく躊躇する。


 例えば、梓の出自は変わらなくとも、帝櫻に多くの友人がいたとしよう。その場合、梓に手を出すとその友人たちまで敵対しかねない。だから相手も手を出すのは躊躇する。


 この抑止力となるものが、今の梓には欠けている訳だ。


「えっとつまり、ウチが舐められてるって事っスか?」


「イグザクトリー」


 身も蓋もない言い方をすればそういうことだな。ほら、隣で高藤も呆れてるぞ。


「とは言え、だ。この評価を正すのは難しい。家格なんてそうそう変えらんないからな」


 朽木家を成り上がらせるとしら、最低でも十年は掛かる。


「なら、何処に手を加えればいいか分かるよな?」


「人脈っスか?」


「そういう事」


 梓が答えに辿り着いたところで、目的の場所に到着。


「……ここ、三組っスか?」


「影浦様のクラスですよね?」


 ああ、そう言えば影浦小太郎もこのクラスか。そうなるとこのクラス、結構面子濃いな。


「あの、星野君? 人脈がどうこうって言ってたけど、まさか影浦様を?」


「それどう考えても火に油っスよね?」


 胡乱げな目で俺を見る梓と高藤。どうやら二人は、俺が影浦を引き入れるつもりだと思っているらしい。


「ちゃうちゃう。単に用がある奴と、影浦小太郎が同じクラスなだけだ」


「用がある奴?」


「テストの点数を教えてくれた奴だよ」


「ああ、信頼出来る筋の某っスか」


 そう言われて俄然興味が湧いたらしく、しきりに三組を見回す梓。高藤の方は、知り合いがいたらしく軽く会釈をしていた。


「で、誰っスか?」


「ちょっと待て……いたな」


 幸い、学食などに移動していなかったようで、その人物は見つかった。


「おーい瑠璃! ちょっといいか?」


 瞬間、三組の教室が凍った。隣の高藤も凍った。


 そんな止まった時間の中、俺が呼び掛けた人物、姫崎院瑠璃は振り返り、こちらに寄ってくる。


「聡明? こんにちは。どうしましたか?」


 そして時が止まった。隣の高藤も止まった。


「ああ、ちょっと頼みがあってな。昨日の今日で悪いが、時間大丈夫か?」


「分かりました、伺いましょう」


 昨日の件を出すと、瑠璃は即決してくれた。ありがたい。


「お昼ご飯は食べましたか? まだでしたら、ご一緒しましょう。そこでお話も訊かせて貰います」


「OK。学食でいいか? 後、一緒に食いたい奴もいるんだが」


「構いませんよ」


 よし。これで梓と高藤が同伴する許可が出た。


 後は、


「ついでだ。影浦! いるならお前も付き合え!」


 ちょうど瑠璃と同じ組に在籍していた、渦中の一人もこの際だから拾っていこう。


「……え? 俺?」


 都合良く教室に残っていた本人は、いきなりの指名で目を白黒させていた。


「えーと、色々と訊きたい事があるんだけど、まずキミ誰?」


「このバカ娘の身内だ。コイツの状況を理解してんなら、大人しく付いてこい」


 梓を指差すと、影浦の顔に理解の色が広がる。


「ああ、梓ちゃんの身内。つまり兄妹?」


「いや幼馴染。後、先に言っておくと恋人でも無い」


 来るであろう質問を、先回りして潰す。


「はいはい、梓ちゃんの件ね。それは分かった。で、一応訊くけど、拒否権とかは?」


「HAHAHA。ある訳ねえだろぶちのめすぞテメェ」


 巫山戯た事を抜かしてきたので、笑顔で影浦の肩を掴む。


 因みにだが、俺の握力は120キロ近くだったりする。裏技を使えば更に上がるがな。当然、そんな馬鹿力で掴まれた影浦は顔を顰め、肩からはミシミシと音がなっている。


 実を言うと、俺は影浦に対して怒っているのだ。今回の騒動、御門環の方は恐らく天然だろうし、梓の方に非があるので何とも思ってないが、コイツは違う。コイツは自分の影響力というものを正しく把握してるタイプだ。それなのに名前呼びを提案したという事は、何らかの思惑があったという事だ。


 家族同然の梓を、意図的に窮地に追い込んだコイツを俺は許さない。


「……イタタっ、こ、これは大人しく付いてった方が良さそうだね。薮蛇だったかなこりゃ?」


 影浦は痛みに一瞬だけ怒りを滲ませたが、それでも怒られる程度の事はやったと理解しているらしく、大人しくついてくる事に同意した。


 肩の様子を確認する影浦を一瞥し、梓たちの方に向き直る。何故か、瑠璃と高藤が頬をひきつかせ、梓が呆れていた。どした?


「じゃあ学食行くか」


「は、はいっ」


「わ、分かりました」


「OKっス。ったくもう……」





 そんな訳で学食。各々が昼飯を広げたところで、話に入る。因みに俺と梓、瑠璃が弁当で、高藤と影浦が学食だった。


「さて、本題に入る前に、お互いによく知らん人物がいるから、簡単な自己紹介をしよう」


 この中で俺と影浦、梓と瑠璃が初対面だ。円滑な話し合いをする為に、その辺は先に済ませておきたい。


 という訳で、まずは俺と影浦。


「俺は星野聡明。二組所属の特待生だ。好きに呼べ」


「えーと、影浦小太郎。三組と桜花の会に所属してるよ。俺も好きに呼んでくれ」


 次は梓と瑠璃。


「ウチは朽木梓っス。同じく二組の特待生で、聡明とは幼馴染っス。姫崎院さんとは、是非仲良くさせて欲しいっス!」


「姫崎院瑠璃です。三組と桜花の会に所属しております。よろしくお願いしますね、朽木さん」


 地味に梓のテンションが高い。これは予想だが、思った以上に瑠璃が綺麗だったからはしゃいでるんだろう。コイツ、自分が高嶺の花みたいな扱いを受けるの嫌がるからな。自分と同じかそれ以上の容姿の瑠璃がいたから、安心してんだろう。


 まあそれはそうと、これで自己紹介は終わりだ。


「えっと、私は高藤梨ーー」


「いや高藤は自己紹介しないでいいだろ」


 何でお前まで自己紹介しようとしてんだよ。


「何で!? まさかここまで来て私要らない子!?」


「いや何でも何も、俺たちはクラスメートで、こっちの二人とは初等部からの付き合いなんだろ? 全員知り合いなんだから自己紹介要らないだろ」


「私みたいな木っ端をお二人が存じている訳ないでしょ!?」


「お前それ自分で言ってて悲しくないか!?」


 木っ端っておい……。


「あの、流石に初等部から一緒の人は全員憶えてますよ」


「俺も」


 あまりにもあんまりな高藤の物言いに、瑠璃と影浦からフォローが入る。というかただの事実だろコレ。


「ふわぁぁぁ!?」


「駄目だ感動して使いものにならん」


 もう高藤は放っておくか……。


 色々と脱力させられたが、自己紹介は済んだので、気を取り直して本題に入る。


「それじゃあ本題だ。瑠璃に頼みたい事って言うのは、この梓の事なんだ。噂は聞いてるか?」


「ええ。なんとなく予想はしてましたが、噂の人物は朽木さんだったんですね」


 朝の時点で察していたが、昨日の件は相当に広まっているらしい。既に帝櫻全体に広まっていると考えるべきだろう。


 ただ今回は、話が早くて助かると、前向きに考えておこう。


「なら把握してると思うが、認識のすり合わせも兼ねて現状の確認をしたい。現在、梓は平和な学校生活を送れるかどうかの瀬戸際に立っている。場合によっては、というかこのままいけば十中八九、悪質なイジメに遭うぐらいには、マズイ立場だ」


「よくもまあ、初日でここまで立場を悪くできますね……」


 ホントそれな。俺も自分で言ってて可笑しいと思うもん。何で二日目で高校生活にピリオドが打たれかけてんだよ。


「……」


「……」


「……」


「おい、お前らこっち見ろ」


 梓も影浦も目を逸らすな。後、高藤は別に目を逸らさなくていいぞ?


「で、何があったんですか? どういった過程を経てそのような事になったのか、詳しく訊きたいのですけど。どうも噂が錯綜してて、何が真実なのかよく分からないんですよ」


 瑠璃曰く、梓が御門に喧嘩売ったという、限りなく真実に近いものから、御門相手に殴りかかったなんて飛躍したもの、御門に告白して振られて影浦と付き合う事になったと、荒唐無稽というか原型を留めていないもの等、かなりの噂が飛び交っているようだ。


 うーん、噂には尾ひれが付くものだが、尾ひれどころかそのうち魚群が出来上がりそうな勢いだぞこれ。


 当事者である梓ですら唖然としてるし。


「ウチがあのバカ殿に告白……? 何をどうしてそうなったんスか?」


「知らんわ」


「まさか仲良くしようって言っただけで、梓ちゃんと恋人になるなんてね」


「黙れ。お前は後で吊るす」


「うわ、怖い怖い……待って、吊るすって何? 何する気?」


 割と本気で怯える影浦を無視して、瑠璃に梓たちから聞いた事の詳細を話す。


 結果。


「……っ、ふふっ、バ、バカ殿……っ!」


 瑠璃も笑いをこらえて使いものにならなくなった。


 ……おいおい、これ話進まねぇよ。

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