第9話 やられた(梓)
「うぅ……昨日は酷い目にあったっス」
泊まり込みでお説教は、流石に堪えたっス。勿論、遊んだりもしたっスけど、お説教の成分が半分ぐらいだったお陰で、素直に楽しめなかったっス。
一夜明けてから、梨花ちゃんもクールダウンしたみたいで、少しだけ気まづそうな顔をしてるっス。
「あはは……ごめんね、その、色々と熱くなっちゃって。迷惑だったよね」
「いや、全然迷惑じゃないっスよ。確かにお説教は堪えたっスけど、それ以上に楽しかったっスから」
これは本音っス。何だかんだ言いながらも、梨花ちゃんとのお喋りは楽しかったっス。そのせいで夜更かししちゃったって、二日連続で寝不足になったっスけど。
「それでも、やっぱり急だったじゃない? 御家族にもご迷惑掛けちゃったろうし」
「それこそ大丈夫っスよ。ウチの家族は聡明に色々と鍛えられてるっスから。この程度なら全然っス」
急な事だったのは確かっスけど、それでも内容はただのお泊まり会である以上、驚くような事じゃないっス。パパとママに事情を説明したら、着替えとか直ぐに用意して、楽しんできなさいと笑顔で送り出してくれたぐらいっスから。
「むしろ感謝してるっスよ。美味しいご飯や広いお風呂もそうっスけど、こうやって車で学校まで送って貰って。本当に助かるっス」
今ウチは、梨花ちゃんと一緒に車で登校してるっス。あ、別に遅刻しそうだから送って貰ってる訳じゃないっスよ?
梨花ちゃん、というか帝櫻の殆どの生徒は、びっくりな事に車で登下校するらしいんス。徒歩や自転車だと、誘拐される危険があるからだそうっス。因みに徒歩圏内に家がある場合は、ボディーガードがつくらしいっス。
例外は、ウチや聡明みたいに、高等部から帝櫻に入学した、一般家庭の生徒ぐらいっス。高等部は特待生を始めとして、成績の高さに応じて授業料が割引きされるせいか、一般家庭出身が多いんスよね。あくまで比較的っスけど。
まあそんな訳で、ウチは車登校に便乗させて貰ってるんス。
「怪我した訳でもないのに、車で学校に登校するなんて新鮮っスね」
楽で良いっスね、車登校。
「そっかぁ。私は偶には歩きたいけどね」
「まあこれは、隣の芝生は何とやらって話っスから」
「そうだねー」
そんな会話を、ウチらは車の中でしてたっス。
さて、学校に着いたっス。
そして案の定というか、ウチは注目の的だったっス。多分悪い意味で。
「やっぱり結構見られてるっスねぇ……」
梨花ちゃんに、絶対翌日には噂になってるって言われて、何を冗談をなんて思ってたっスけど、まさか本当になってるとは……。
「それはそうだよ。御門様や影浦様は、帝櫻でもトップクラスの人気者で有名人だもん。だからお二人に関する情報の伝達速度は、本当に速いんだ」
「つまり御門をバカ殿呼ばわりした事や、小太郎って名前呼びしてる事とかは、皆知ってるって事っスね」
「そういう事。お二人にはファンも多いから、過剰反応する子とか出るかもしれないよ」
ああ、どうりで色々な感情の篭った視線を感じる訳っスよ。殆どは嫉妬混じりで大した事無いっスけど、幾つかの視線には害意が篭ってるっスね。こりゃ面倒な事になるかもしれないっス。
「昨日の今日だし、まだ大丈夫だろうけど、場合によっては嫌がらせされるかも。もし何かあったら、ちゃんと相談してね、梓ちゃん」
「分かったっス」
まあ、嫌がらせとかはそこまで心配してないんスけどね。便利な幼馴染がいるっスから。
その便利な幼馴染は、教室の窓から外を眺めていたっス。
「おはようっス、聡明」
「おはよう、聡明君」
なんというか、聡明とこうやって別々に登校して、学校で朝の挨拶するのって、凄い新鮮な感じっス。
それは聡明も同じらしく、一瞬だけ妙な表情になったっス。
「んあ? ああ、はよ梓。おはよう高藤」
「オイ、ウチだけ挨拶雑っスよ」
梨花ちゃんにはわざわざちゃんとおはようって言ってるの、何か納得いかないんスけど。
だけど、聡明は知らんとばかりにスルー。ウチの扱いについて後で話し合うっスよ。
「そう言えば聞いたぞ梓」
「あー、やっぱり聡明も知ってたっスか」
結構噂になってるっスもんねぇ、昨日の事。
「入試の点数、俺が全教科満点で、お前一点足らずで満点を逃したらしいぞ」
「何か予想と全然違うんスけど!? というか待てそれ何処情報っスか納得いかないんスけど!」
てっきり御門の事を言われると思ってたのに、全く違う事を言われたっスよ!?
てか、一体誰からそんな情報貰ったっスか!? そんなの絶対嘘っスよ! 受験する素振りすら見せなかったお前が、何でウチより点数上で、満点なんて取ってんスか!?
「信頼出来る筋からの情報だ。因みに全教科満点は、帝櫻初の快挙らしい」
「勝ち誇ったように報告するじゃねえっスよ! というかまだ入学して二日目の癖に、信頼出来る筋とか意味不明っス!」
出会ってまだ二日も経ってない相手を、よく信頼出来る筋とか言えるっスね! 後、信頼出来る筋って何スか!? お前は何処の裏世界の住人スか!
「本当にそいつ信頼出来るんスか? 入試の点数とか個人情報っスよ?」
「まあそうなんだが。それでも入手出来る奴がいるんだよ」
「そういう情報を入手出来るそいつもそいつっスけど、そんな奴を速攻で見つけるお前もお前っス……」
本当にコイツ、少し目を離したら予想外の方向に突き進むっスねー……。
「凄いっ、凄いね聡明君! 梓ちゃんも!」
ウチが聡明の事で頭を抱えていたら、何故か梨花ちゃんのテンションが上がってたっス。
「どうしたんスか? 梨花ちゃん」
「だって満点なんだよ!? 帝櫻初の快挙なんだよ!? 高等部の外部試験って、すっごい難しいって有名なのに、それを満点やほぼ満点で突破するなんて! 二人とも頭良いんだね!」
あー、言われてみればこれって凄い事なんスね。テストの点数とか、ウチも聡明もあんまし気にしてないっスから、ちょっと鈍くなってたっス。
「まあ梓は天才だからな」
「まあ聡明はおかしいっスからね」
「……梓さん? そこは俺も天才扱いする場面でねえの?」
「でも事実っスよ?」
ぐうと言って黙る聡明。ぐうの音出てるっスよ。
「アレだね。これはちょっと次のテストが楽しみかも」
「実力テストか?」
「そうそう」
聡明が事もなげに応えている横で、ウチは昨日の学校に関するガイダンスを思い出していたっス。
えーと、確か昨日された説明だと、帝櫻のテストは学期末の二つと、成績には関係しないけど、全国順位が出る実力テストがあるんスよね。特待生及び授業料の割引きがされている外部生は、このテスト、特に実力テストで良い結果を出さないといけないらしいっス。
何でかと言うと、聡明曰く『内部の生徒は帝櫻の大学部にそのまま進むし、将来もほぼ決まってるから熱心に勉強してないんだろうよ。でも馬鹿学校だと体裁が悪いから、授業料を割引きしたりして、頭の良い奴を呼んでんだ。金で偏差値とか買ってるんだろ』って事らしいっス。
ガイダンスの説明でそこまで考えるとか、相変わらず聡明はひねくれてるっス。
まあ、それは兎も角として。何で次の実力テストが楽しみなんスか?
「あのね、今までのテストって、御門様と姫崎院様、影浦様がトップ3を独占してたの。それは高等部になってからも変わらないだろうって言われてたんだけど、聡明君と梓ちゃんなら、もしかするかもって思って」
へー、あの二人ってそんな頭良かったんスか。小太郎はなんとなく要領が良さそうだから分かるっスけど、あの御門が優秀ってのは違和感があるっス。
だって、あのバカ殿っスよ? アレ本当に優秀なんスか?
後、ちょくちょく出てきてる姫崎院ってマジで誰スか? そろそろ誰か教えて欲しいっス。
ウチが首を捻っていると、聡明がこっちを見てきたっス。どうしたっスか?
「そう言えば梓、お前、御門相手に喧嘩売ったんだって? やるじゃん」
「ちょっ、喧嘩なんて売ってないっスよ!? 待つっスそんな風に尾ヒレ付いてんスか!?」
「……いやー、ほぼ初対面の状態でバカ殿とかインテリヤクザとか言うのは、喧嘩売ってるで合ってると思うけど……」
言われてみればそうっスね。ウチだったらキレてるっスわ。そう考えると、御門って案外良い奴……いや鈍いだけっスね多分。
「で、何があったんだ?」
聡明の疑問に、第三者として梨花ちゃんがあの時の状況を説明したっス。
そして説明を受けた聡明は。
「アッハッハッハ! お前マジやめろ俺を笑い殺す気か!? 草の草で大草原不可避ですわ!」
爆笑しやがったっス。この野郎、ネットスラングまで使って煽るなっス!
「いやいやいや! 笑い事じゃないんだよ聡明君!? 場合によっては、梓ちゃん、嫌がらせを受けるかもしれないんだよ!?」
「いや笑い事だよコレ。少女漫画だと結構王道展開じゃないか? そのまま仲良くなっちまえよ。そんな訳で報告よろ」
「だからっ、冗談じゃ済まないかもしれないんだよ!?」
軽い様子の聡明に、梨花ちゃんが食ってかかったっス。昨日の夜、御門と小太郎がどれぐらい帝櫻で人気なのかを熱弁した梨花ちゃんからすれば、聡明の態度はイラッとするっぽいっス。
ただまあ、ウチとしてはそこまで怒っては無いっス。入学してまだ一日しか経ってないのに、その辺の事情を理解しろって言うのは、無理があると思うんスよね。
「まあなぁ。御門の一族に喧嘩を売るだけでもマズいけど、それ以上に今回の件は最悪帝櫻全体が梓の敵に回りかねないって事がマズイ。御門環は言わずもがな。影浦小太郎も、古くから政界に君臨するあの影浦家の御曹司だ。加えて、どちらもアイドル顔負けの美男子らしいし、当然人気は帝櫻でもトップクラス。それなのにこのバカ娘は、何も考えずに片方をバカ殿呼ばわりし、片方を名前で呼び捨て。そりゃあちこちから顰蹙買うわな」
コイツ、ウチよりもしっかり理解してやがったっス! その上で煽るとか、とんだ鬼畜生っス! あと、誰がバカ娘っスか!
「はいはい、そう睨むな睨むな。元はお前が撒いた種だぞ。何を言われようが自業自得だろうに」
「ぐう!」
「ぐうの音を出すな」
いやだって、出さないと負けた気分になるんスよ!
にしても、こう改めて説明されると、ウチもしかしてピンチっスか?
「もしかしなくてもピンチだよ。このままだと、お前が楽しみにしてた高校生活は真っ暗だな」
「マジっスか!? それは嫌っス! 聡明、梨花ちゃん、助けて!」
お先真っ暗とか勘弁っス! 高校生活満喫したいっスよウチ!
……あれ? 何で二人とも頭を抱えてるんスか?
「梓ちゃん……私、昨日散々説明したよね? 理解してなかったの……?」
「お前、今さら事態の深刻さに気付いたのか……。能天気にも程があるぞ」
いやだって、こう直面するまで実感持てなかったんスもん! 二人の人間と会話しただけっスよウチ!?
「人気アイドルユニットがいました。貴方はその大勢ファンの目の前で、片方を馬鹿にして、片方と仲良くなりました。どうなりますか?」
「理解っス……」
それはリンチっスね……。やっべえウチ死んだかもしれないっス。
「梨花ちゃん、辞世の句って残した方が良いっスかね……?」
「ちょっ、梓ちゃん!? そんな世を儚まないで!? 私は何があっても梓ちゃんの味方だよ!」
「いいや、駄目っスよ。ウチを見捨てるっス。じゃないと梨花ちゃんにも迷惑が掛かるっス」
「そんなの関係無いっ。絶対に離れないから!」
「っ、梨花ちゃん……!」
嬉し過ぎて、梨花ちゃんの事をギュッて抱きしめちゃったっス。もう絶対に離さないっスからね!
「コント止めーや。そろそろHR始まるぞ。何とかしてやるから昼休み付き合え」
え、マジっスか?
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