第7話 やらかし(梓)

「た、大変申し訳ありません! こちらの不注意でした!」


 何でか知らないっスけど、梨花ちゃんの様子が変っス。何て言うんスかね? ヤンキーに睨まれたモヤシというか、カツアゲにあったオタクというか。今の状況を端的に説明出来る言葉があったような……あ、アレっす。蛇に睨まれたカエルっス。


 しかもそれだけじゃないっス。周りもちょっとおかしいっス。ザワついてるって言うんスか?


(御門様にぶつかるなんて、あの人信じられませんわ)


(あの方、何処のクラス?)


(ほら、2組の高藤さんよ)


(あーあ、これで不興買ったら、アイツ終わったな)


 どうも梨花ちゃんと周りの反応を見る限り、ぶつかった相手、相当ヤバい奴っぽいっスね。


 見た目はイケメンっス。少女漫画に出てくる、腹黒王子タイプって言えば分かりやすいっスかね? ただ、無駄に威圧感を感じるっス。腹黒王子というより、インテリヤクザ?


 ……一旦そう思うと、それにしか見えなくなってきたっス。何か武器とか持ってないっスよね? いま御門が手に持ってるのは……本っスね。ただ、片手で開いてる状態っス。どう考えても、今まで呼んでたっスよね?


 そんな事を考えているうちに、状況が流れたっス。御門開いている本をパタンと閉じ、梨花ちゃんの方を見たっス。


 そして言ったっス。


「気をつけて歩け」


「いやお前が言うなっス!」


 何か厳かな雰囲気出して言ってるっスけど、それ特大のブーメランっスからね!? 自分が本読みながら歩いてた癖に、よくそんな言葉吐けたっスね!?


 ……あれ? 何か空気が凍ったっス。


「梓ちゃん!?」


 梨花ちゃんが『馬鹿かコイツ!?』みたいな顔でこっち見てるっス。酷くないっスか?


(おいっ、御門様に口答えとか、アイツ正気か!?)


(何あの娘? 一体何様のつもりかしら?)


(ほら、確か特待生の)


(これだから庶民は……。常識知らずで口調も変だし、見てられませんわ)


 ……一応言っておくっスけど、全部聞こえてるっスからね? 全員顔憶えたっスよ。口調に関しては触れるなっス。癖で治んないんスよ。


「……お前は?」


 外野の顔を把握していたら、御門がウチに話しかけてきたっス。何故だか珍妙なものを見る目で見られたっスけど、これ喧嘩売られてるんスかね?


「人に名前を訊く前に、まず自分で名乗るのが礼儀だと思うっス」


 攻撃的になるのも無理ないっスよね?


「梓ちゃん!?」


 梨花ちゃんが『馬鹿止めろ!』と目線で訴えてきてるっスけど、これは引けないっス。だってコイツ、本当に珍獣を見るような目をしてるんスよ? 失礼過ぎるっス。


「俺の事を知らないのか?」


「知る訳無いっス。何で初めて会った相手の名前を知ってると思ったんスか」


 お前を見たのは今が初めてっスよ。


「入学式で、新入生代表の挨拶をしたのだが」


 寝てたっス。


「……そ、それとこれとは別問題っスよね? 初対面なのは変わらないんスから、名乗る礼儀っス」


 や、やっべぇっス。危うく、入学式で寝てた事がバレる所だったっス。咄嗟に言い繕ったっスけど、これで誤魔化せたっスよね? ……だから梨花ちゃん、そんな可哀想な子を見るような目をするなっス。


「ふむ、確かにそうだな。悪かった。俺は御門環だ。一組に在籍している」


 ハレルヤッ、ハレルヤっス! ちゃんと誤魔化せたっスよ梨花ちゃん!? ……何でまだ可哀想な子を見る目なんスか?


「それで、お前は?」


 っと、梨花ちゃんに気を取られて、危うく聞き逃す所だったっス。危ない危ない。


「二組の朽木梓っス。まあよろしくっス」


 因みにこれ、社交辞令っスよ? 別に本当によろしくしなくていいっスからね?


「朽木梓か。憶えておく」


 御門がそう言った瞬間、周囲がザワついたっス。ただ、今までの突き刺さるような感じではなく、純粋に驚いてるみたいっス。梨花ちゃんも『そんな馬鹿な!?』みたいな顔になってるっス。


(み、御門様が、名前を憶えた……?)


(嘘っ、周りに関心を示さない事で有名な、御門様が!?)


(何あの娘!? 御門様に名前を憶えて貰うとか、生意気じゃなくって!?)


 名前を呼ばれるだけでこの反応とか、マジっスか……。というか、生意気って何スか。文句は御門に言えっス。


「で、朽木。俺は何か変な事言ったのか?」


 なのに当の本人は、周囲のザワめきなんて気にしてないみたいっス。……というか気付いてないんじゃないスか? ブーメラン投げた事にも気付いてないっスもん。絶対そうっス。


「普通に考えるっス。自分だって本読んで歩いてるのに、気をつけて歩けなんて、どの口で言ってんスか」


 そう指摘したら、御門はキョトンとした顔になったっス。いや何でっスか。


「……むう、言われてみればそうだな」


「言われなくても気付けっス。というか、歩きながら本読むのは止めろっス。危ないっスよ」


「昔からやってるが、特に危ない事は無かったぞ?」


「現に今ぶつかってるじゃないっスか」


「いや、今まではちゃんと周りが道をあけていた」


「甘ったれた事言ってんじゃねえっスよこのバカ殿!」


 何ふざけた事言ってんスかコイツ!? ちゃんと周りが道をあけていた? お前は何処の殿様っスか! ここの生徒はお前の部下じゃねえっスよ!


「ば、バカ殿……?」


「ったく、妙に威圧感があるからインテリヤクザの類かと思って警戒してたっスのに、実際はただの甘ったれた坊ちゃんじゃないっスか。警戒して損したっス」


「……インテリヤクザ……甘ったれた坊ちゃん……」


「というか、よく考えれば論点がズレてるんスよ。周りが気を使ってる時点で、十分に危ない危ないって事に気付けっス。間抜けにも程があるっス。二宮金次郎の真似するなら、もっと賢くなれっス」


「……間抜け……二宮金次郎……」


「……ん? あれ、どうしてコイツ落ち込んでんスか? それに皆止まってるっスけど、何かあったっスか?」


 御門は何故か頭を抑えてるし、周りの皆は時間が止まったみたいに動かないっス。梨花ちゃんも顔面蒼白にして、埴輪みたいに大っきな口を開けて固まってたっス。


 確かポケットに飴ちゃんがあったような……あ、あったっス。ほいっス。


「はわっ!?」


 急に飴ちゃんを突っ込まれて、梨花ちゃんは目を白黒させたっス。目は覚めたっスか?


「ぶはっ!」


 そしたら何故か、御門の隣にいた人が吹き出したっス。さっきから微かに肩を震わせてたみたいっスけど、ついに我慢出来なくなったらしいっス。


 一度決壊してしまえば、後はもう止まらないっス。横の人はお腹を抱えて大爆笑っス。


「アッハッハッハッハッ! 無理、もう無理! キミ凄いね本当に! 気に入ったよ!」


 何故か横の人に気に入られたみたいっス。それは別に良いっスけど、人の肩に手を置くなっス。近いっス。


「触るなっス。後ちょっと離れろっス」


「おっと、ゴメンゴメン。俺は三組の影浦小太郎。環の友人だ。是非、小太郎と呼んでくれ」


「そっスか。朽木梓っス。呼び方はお好きなようにっス」


「では梓ちゃんと呼ばせて貰うよ」


 そう言って、小太郎はニッコリと笑ったっス。うーん、こっちもこっちでイケメンっスねぇ。御門が腹黒王子タイプなら、こっちは王道系王子様タイプっスね。笑顔が似合う貴公子って言うんスか? まあ、内面はそうとは思えないっスけど。程々に良い性格してそうっス。


 そしてまたもや、周囲の時間が止まってたっス。今度は何スか?


「ああ、俺が親しくしたいと言ったから、驚いたんだよ。自分で言うのもアレだが、このバカ殿や俺は、帝櫻でも有名なんだ。【櫻華の会】のメンバーでもあるしね」


「【櫻華の会】?」


 また何かけったいなもんが出てきたっスね。


「あれ、知らない?」


「秘密結社か何かっスか?」


「あははっ。そうだったら面白いんだけど、残念ながら違うかな。櫻華の会っていうのは、この帝櫻に初等科から通っていて、尚且つ家柄や資産、寄付金の額その他諸々の審査を通った生徒のみが入会出来る、特別な会なんだ。まあ取り敢えず、帝櫻の特権階級集団だと思っておけばいいよ」


 なんともまあ……碌でもない会っスねぇ。何で学校に通ってまで、そんな選民思想みたいなもんを叩き込まれなきゃならないんスか?


「ほら、ここって昔は華族とかが通う学校だったでしょ? 櫻華の会は、その中でもトップ集団、分かりやすく言うと天皇の側近とかを務める人たちを育成するのを目的とした会だったんだ」


「伝統って事っスか」


「まあそういう事。だから帝櫻の生徒は、櫻華の会のメンバーの不興を買うような事は、基本しないんだよ。ほら、校章の横に櫻のバッジが付いてるでしょ? これが櫻華の会の証。これを付けてる相手には気を付けた方がいいよ」


 いやその忠告、遅いんスけど。既に目の前の奴にバカ殿って言っちゃってるんスが。


「ああ、だからバカ殿呼ばわりで空気が凍ったんスね」


「それだけじゃなくて、インテリヤクザとか甘ったれた坊ちゃんとか、他にも色々言ってるからね。そりゃ凍るよ」


「……あれ? もしかして口に出てたっスか?」


「がっつり漏れてたよ」


 心の中で呟いてたつもりだったんスけど。


「いやはや、本当にびっくりしたよ。環相手にそんな事言える奴、殆どいないからね」


「ああ……帝櫻の特権階級って事は、家柄も帝櫻でトップクラスって事っスか」


 いちいち家柄とか気にしないといけないなんて、お金持ちも大変っスねぇ。


「そうそう。特に環は、四大名家の御門家、その直系だから。不興を買うような事、絶対にしないよね」


「四大名家……あー、あの色々と有名な。御門ってあの御門っスか。どうりで様付けなんてされる訳っス」


「まあ櫻華の会のメンバーは大体様付けされてるけどね」


 そうっスか……。どっちにしろ、遠い世界の人間には変わりないっス。


「うーん、にしても御門っスか……」


「ん? もしかして暴言吐いた事後悔してる?」


「いや、バカ殿って勢いで言ったっスけど、本当に殿様みたいな立場なんだなって思っただけっスよ。これアダ名に出来ないっスかね?」


「流石にそれは……。多分、梓ちゃんを除くと、僕と姫崎院さん、先輩の何人かしか呼べないと思うよ?」


 聡明も呼びそうっスけどね。けどそうっスか。中々に的を射てると思ったんスけどねぇ。


「というか梓ちゃん、環相手に本当に容赦無いね。怖くないの? 御門の不興を買うの」


「全然っスね」


 四大名家の権力なら、親を失業させたり、自営業なら廃業させたりとか、色々出来るんだろうスけど、その程度なら怖くないっスね。予測出来ない分、聡明のやらかす事の方が何倍も怖いっス


「もっと怖いのを知ってるっスから」


「四大名家の不興を買うよりも怖い事? どんなの?」


「……あー、多分その内分かるっスよ。その内」


 聡明、確実に在学中に何かやらかすっスから。後、バカ殿って聡明が好きそうなタイプっス。いつの間にかこの二人に混じってると思うっスよ。


「まあ後はアレっス。御門って、よっぽどの事をしない限り、多分そういう脅迫紛いな事はしないと思うんスよね」


「へぇ。初対面なのに何でそう思うの?」


 いや、何でも何もないっスよ。


「バカ殿呼ばわりでここまで落ち込むような奴が、そんな大それた事出来る訳無いっスよ」


 視線を向ければ、そこには未だに難しい顔でブツブツ言ってる御門の姿が。


 これには小太郎も苦笑いっス。


「メンタル紙っスね」


「……いや、うん。環って、家が家だし、本人も優秀でさ、偶に叱られたりはするけど、こうも真正面から強く言われる事ってあんま無いんだ。基本皆下手に出るし、僕も含めた何人か例外がいるけど、その人たちも少しズレててね」


 つまり毒舌や悪口に対する耐性が皆無って事っスか。


「やっぱり甘ったれっスね。そんなんで社会に出てやっていけるんスか?」


「いやいやいや。梓ちゃんが特殊なんだよ。普通の人は御門の不興を買うような事はしない。それにちゃんとそういう教育もされてるんだよ。下心や悪意を持って接してくる相手には、環は毅然とした態度を取る」


 御門を見るっス。まだ難しい顔してるっスよ?


「毅然?」


「梓ちゃんの場合、純粋に思った事を口にしてたからねぇ。ほら、子供の無邪気な言葉って心に刺さるでしょ? それと同じ」


 サラッと子供も扱いされたんスけど。殴っていいスか?


「そんな憮然とした顔しないでよ。これでも、環の友人として喜んでるんだよ? 御門と聞いても、全く態度を変えない人は本当に貴重なんだ。だから是非とも、環と友人になって欲しい。勿論、俺ともね」


「別に良いっスけど……」


 それなら丁度良い奴他にいるっスよ? 聡明とか聡明とか聡明とか。……いやでも、いきなりアイツを紹介するのは不味いっスかね? 小太郎は兎も角、御門はフィクションへの耐性は無さそうだし、アイツもナチュラル無礼な人間っス。紙メンタルな坊ちゃんが耐えられるとは思えないっス。


 そんな事をウチが悩んでいた間に、どうやらお別れの時間がきたみたいっス。


「っと、そろそろ行かなきゃ。じゃあ今後ともよろしくね。ほら、環も落ち込んでないで」


「あ、ああ。またな朽木」


 そう言って、二人は歩いていったっス。


「いやー、嵐のようは奴らだったっスねぇ。梨花ちゃんもそう思うっスよね?」


 ……えっと、梨花ちゃん? 何で無言でウチの手を引いてるんスか? ちょっ、歩くの速いっスよ?


「いいから急ぐっ!」


 梨花ちゃんに怒られたので、大人しく引っ張られたっス。


 そしたら後ろの方が、凄く騒がしくなったっス。


「梓ちゃんっ、悪いけど、今日はあまり遊べないわ」


「ええっ、何か急用でも出来たんスか!?」


「原因は梓ちゃん! 自覚無いだろうけど、梓ちゃん今の短い間に色々とやらかしてるからね!? ああもうっ、聡明君の言って意味がやっと分かったわ! 梓ちゃんって本当に間抜け!」


「酷いっスよ!?」


 後、何で怒ってんスか!?


「お説教も含めてじっくり話し合うつもりだから。場合によっては泊まりがけよ」


「友達になって初日にお泊まり会っスか!?」


 それお説教とか延々とされるって事っスよね!?


「それぐらいの事をやらかしたのよ梓ちゃんは!」


「お説教は嫌っスーー!!」


 でも反抗虚しく、ウチは梓ちゃんに連れてかれたっス。


 そしてその夜、じっくり梨花ちゃんとはじっくり話し合ったっス。とほほ……。

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