第6話

「何でいきなり開けるのよ! 馬鹿、変態!」


 服を着たエミルが、俺を罵倒してくる。


 確かに裸を見たのは事実だが、別に俺が悪いわけではない。


「家の横に、いきなり不審なテントがあったら、そら気になって開けるだろ」

「うっ……で、でも見たのは事実でしょ! 男に見られたことなんてないのに! 謝んなさいよ!!」


 年齢は推定十七くらいだし、おかしくはないか。


 見てしまったのは事実だから、一応謝っておくか。


「悪かったよ」

「そして、忘れなさい。さっき見た光景を」

「そりゃ無理だ。インパクトあったからな。あんなデカいの中々お目にかかれんしな」

「なぁ……!」


 俺の言葉を聞いたエミルは、顔を真っ赤に染める。


「忘れなさい!!」


 雷撃を放ってきた。


 俺に直撃する。


 全くのノーダメージだ。

 ピンピンしている俺を見て、エミルが驚いている。


「な、何ともないの?」

「その程度の雷撃じゃな」

「そ、そんな馬鹿な……いくら強いたって、ノーダメージなんて……」


 ショックを受けたように俯いた。


 エミルは実力に自信を持っているのだろう。

 全くダメージを与えられなくて、落ち込むのも無理はない。


「やはり、あなたに目を付けたのは、間違いではなかったようね!」


 落ち込んでなかった。むしろ元気になったくらいだ。


 何で俺が強くて、そんなに嬉しそうなんだ。


「ライズ、しばらくあなたの生活を監視させてもらうわ。そして、強さの秘訣を盗み出す」

「はぁ? だからテント立てたのか?」

「当然よ」

「今すぐテントを撤去して、どっか行きやがれ」


 俺は辺境でなるべく静かに暮らしていたいんだ。


 こんな騒がしい奴が住み着くなんて、百害あって一理なしだ。


「いいのかしら。あなた、自分の強さを、他人に隠しておきたいんでしょ? 私をここに置いてくれるっていうのなら、話さないで置いてあげるわ」

「な、何ぃ? 脅す気かてめぇ。人の隠し事を言いふらすほど、性格は悪くないじゃなかったのか?」

「時には自分の良心を曲げても、やらないといけないことがあるってことよ」

「ちっ……」


 言いふらされるのは確かに面倒だ。

 そのうち、俺が狼の魔導師だと気付かれて、この湖に頻繁に人がやってくるようになるかもしれん。


 そうなると、引っ越しもやむなし。

 この場所は気に入っていたから、それは避けたい。


 なら、拳で黙らせるか?

 一応、女だし暴力はなぁ……


 俺は色々悩んだ末、


「分かった。勝手にしろ」


 追い出すのを諦めることにした。


「よぉし! 早速、ライズ! あなたの強さの秘訣を調べるわ!」


 俺の行動を観察するつもりのようだ。


「いくら見ても無駄なのにな」

「そんなことやってみるまで分からないわ!」


 ずいぶん気合を入れているようだ。


 俺はいつも通り、ラジオを聴きながら、釣りを始める。


『先日からロバートルで起こっていた、連続殺人事件の犯人が、今日朝、憲兵に捕らえられた模様です。これで、ロバートル町民の皆様も以前のように、安心して暮らせるようになりますね』


 そんな事件あったか。

 俺は人間が起こしてる殺人事件などは、無関与だ。俺の力を貸さなくても、解決可能だからな。

 あくまで俺は、魔物を倒すだけだ。


 極稀に、凄まじい実力を持った人間が、殺人鬼と化すことがある。


 そういう時は、人間では対処が難しいので、俺も殺人鬼を止めに行く。


 釣りを続けるが、全然釣れない。


「ねー。さっきから釣りしてるけど、何の意味があるのそれ? それで強くなれるの?」


 後ろから非難の声が聞こえてきた。

 俺は釣りに集中したので無視する。


「そもそも魚なんか、釣りでとるの非効率でしょ。私が電気を湖に流せば、気絶した魚が浮いてくるわよ」


 エミルが湖に近づいて、手を水につけようとする。


 こいつまさか……!


「や、やめろ! 殺されてぇのか!」


 思わず大声で止めた。


 エミルはビクッと俺を見て、怯えた表情を浮かべる。


 とんでもないことをしようとしてたから、思わず殺気を放ってしまったようだ。


「う……」


 と言いながらエミルはゆっくりと湖から離れる。


「ふ、不覚……この私が怯んでしまうなんて……」


 怯えてしまったことに関して、自分で反省しているようだった。


 俺は気にせず釣りを続けるが、やはり釣れない。その間、エミルはずっと俺を観察している。


 正直集中力を削がれている。

 まあ、釣れないのはエミルのせいではないんだけどな。


 エミルはほぼ喋らず、音も立てずに観察しているので、放っておいても害はない。


 隣に住むと言い張ってきた時は、どうなることかと思ったが、これならそこまで問題はなさそうだな。


「まだ釣りをするの……? ……私も釣りをやってみようかした」


 そのエミリアの呟きを俺は聞き漏らさなかった。


「お前、釣りに興味があるのか?」

「え?」

「釣りはいいぞ。まさに人間と魚との、一騎討ち。道具とか色んな条件で、釣れる魚が変わるし、狙い通りに魚が釣れた時は何よりも気持ちいいし」

「は、はぁ」


 釣りの良さを熱弁していたら、エミルは引いてしまったようだ。


 しまった。語りすぎた。


 興味がありそうだったので、話しすぎてしまった。


 釣り同士がいたらいいかもしれないと、日頃から思っていた。


 隣に住むと言うのなら、一緒に釣りをするのは歓迎ではあるが、変に語りすぎても逆効果にしかならない。


「もしかして……釣りをすると強くなれるの?」


 真剣な表情でそう言ってきた。

 どうやら、盛大に勘違いをしているようだ。


 どうするか悩むが、隣に住む奴が釣りにハマれば、俺にメリットも多そうである。


 エミルが釣りに集中してくれれば、後ろから観察をされて集中できない、なんて事もなくなる。


「強くなれるぞ。釣りをすると、精神面強化につながるからな」


 俺は、大嘘をついた。


「精神面の……強化……!」


 エミルは目を見開いた。衝撃を受けたようである。


「私も釣りをするわ! 教えてちょうだい!」


 あっさりとエミルは騙された。こいつチョロすぎるだろ。


 俺の家には、今使っている物以外にも、いくつか釣具がある。


 狙う魚や、釣りをする場所によって釣具は変えるので、色んな種類の物があるのだが、同じ種類のもあった。


 釣具は一度作り方を発明しさえすれば、二本目三本目は楽に作れる。


 壊れても釣りを中断せずに済むよう、スペアもまとめて作っていた。


 今回はそれをエミルに渡せばいい。


 釣具を持ってきて、エミルに渡し、最低限の釣りの方法を教える。


「めんどうね。雷撃を使っちゃ駄目?」

「駄目だ。絶対に駄目だ」


 とんでもないことを聞いてきたので、即座に否定した。


 エミルは湖に釣り針を投げ、魚釣りを開始する。


 まあ、最初は釣れないだろう。


 と思っていたら、


「ん!?」


 釣竿に反応があった。


 かなり強い引きである。

 大物だこれは。


「かかってるぞ! 引き上げろ!」

「分かったわ!」


 エミルは釣竿を引き上げる。

 雷撃を武器にしているとはいえ、上位の冒険者なので単純な力も強い。


 強い引きを物ともせず、魚を釣り上げた。


 1m50cmくらいはありそうな、巨大なピネールが釣れた。

 平均の体長が80cmくらいなので、その倍くらいの大きさだった。


 ピネールはビチビチと暴れるが、エミルはがっしりと掴んで落とさない。


「元気ねー。えい」


 と雷撃を放って、魚を気絶させた。


「……あ、釣り上げた後はいいわよね?」

「まあ、問題ない」


 電気で気絶させて、魚の味がどうなるかは、俺は知らない。前の世界では釣りはやったことないし、この世界でも雷撃は使ったことない。


 まあ、多分そんなに不味くならないと思う。自信はないけど。


 しかし、ビギナーズラックで、あんな大物を釣り上げるとは、侮れない女だ。


 これ以上は釣れないだろう。


 そう思っていると、


「あ、また来たわ」


 俺の釣竿が全く反応しないのに、エミルの釣竿がまた反応した。


 今度は大物ではなかったが、難なく釣り上げ。


 もう一度、湖に釣り針を投げ込む。


 今度こそ俺が釣る!


 そう意気込んでいたが、かかるのはエミルの方だけ。


 結局三時間ほど釣りを続け、俺はボウズ、エミルは大量だった。


「釣りもやってみると、中々楽しいわね」

「ぐ……」


 俺は全然楽しくなかった。

 人が釣れてるのに、自分が釣れないのがこんな屈辱的なことだとは……


 釣り仲間がいるのは、決していいことばかりじゃないんだな。


「でも、あなた全く釣れてなかったわね。もしかして、私の方が強くなったからかしら?」


 忘れていたが、強くなるために釣りをしたいと言ってたなエミルは。


 俺より多く魚を釣った=俺を超えたと思ってしまったのか?


「試せばわかるわ! ライズ! 私と決闘しなさい!」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る