第7話

「断る」


 当然のように、俺は決闘の申し出を断った。


「何でよ!」


 エミルは顔を真っ赤にして怒る。


「ちょっと釣りをしたからといって、強くなるわけないだろ。何回もして心を鍛えるものだ」

「でも、私の方が多く捕まえたじゃない! 強くなったはずだわ!」


 どういう思考回路をして、その結論に至ったのかまるでわからん。とにかく、エミルは戦う気満々のようだ。


 仕方ない。軽く捻ってやるか。


 殺さないように手加減をするのは、案外難しい。


 まあ、昔は力を調整して、敵を一瞬で倒さないようにする、みたいなことも試していたので、手加減する技術は持っているつもりだ。


 エミルは剣を引き抜き、雷撃を纏わせて俺を斬ってきた。


「はぁあああ!! 雷斬!!」


 どうせダメージはない。


 俺は避けず、剣を肩で受けた。


 剣が肩に当たるが、想像通りダメージはゼロ。


 雷撃もおまけに入ったが、むしろ気持ちがいいくらいだ。


「え……? えっ!?」


 エミルは攻撃があっさり当たった事、その攻撃がノーダメージだったこと、両方に驚いていく。


 接近したエミルの顎を狙って、俺は魔弾(マジック・バレット)を撃った。


 本気で撃ったら、頭を吹き飛ばすだろうから、かなり手加減をした。


 エミルは衝撃を受け、後ろに吹き飛ぶ。


「あぅ……」


 地面に転がったエミルは、転がったまま動かなった。

 魔弾(マジック・バレット)の衝撃で脳震盪を起こしたのか、気を失ったようだ。


 このままにしておくと、脳に異常をきたして死ぬ恐れもある。


「治癒(ヒーリング)」


 初球の回復魔法を使用して、エミルのダメージを回復した。


 エミルのダメージは一瞬で回復。


 すぐに目を覚まし起き上がってきた。


「な、何が!?」


 エミルは周囲を見回す。


 現在自分が、倒れ込んでいることを確認した。


 そして、先程の戦闘を思い出したのか、シュンとした様子になって、


「私の負けね……」


 とつぶやいた。


 エミルは肩を落として、地面を見つめている。

 暗い雰囲気が、周囲に立ち込めていた。かなり落ち込んでるようだ。


 どう声をかけていいのか分からない。


 昔は人付き合いも、人並みにしていたが、最近はずっと一人で暮らしている。


 他人との上手い付き合い方も、その期間中に忘れてしまった。


「私は、強くならないといけないのに……」


 ぎゅっと唇を噛み締めて、エミルはそう言った。


 世界最強になりたいと口にした時は、内心少し馬鹿にしていたが、何やら複雑な事情があるのだろうか。


 プライベートなことを聞くほど、よく知っている相手ではないので、俺は黙ってエミルの様子を見ていた。

 すると、パンと頬を勢いよく叩き、


「あなたが桁違いに強いのは分かったわ! それでもいずれ乗り越えてみせる!」


 完全に立ち直った様子でそう言ってきた。

 エミルは燃えたぎるような瞳で俺を見てきた。やる気が漲っているという様子だ。


 その瞳を見て、俺は少し羨ましいと思った。

 レベル9999になって以降、本気で心が昂ったことなど一度もなかったからだ。


「これからも近くでその強さの秘密を調べさせて貰うわ!」

「……まあ、勝手にしろ」


 俺はそう返答した。



 ○



 それから家に帰宅し、料理を始める。


 エミルは大漁だったが、俺はボウズだったので新しく釣った魚はない。

 それでも、貯蔵庫に冷凍保存されている分があるので、それを解凍して料理を始めた。


 ちなみにエミルは焚き火を起こして、魚を焼いて食べているだ。

 原始的な食べ方である。外だとまともな料理も出来ないしな。

 キッチン貸してやれば良かったか。いや、あんまり料理できそうなタイプじゃないが。


 最近、魚ばっかり食べていたので、今日は鹿の肉を食べるか。

 この湖の付近は自然が豊かで、動物も大勢生息している。

 たまに狩りに行って、鳥肉、鹿肉、猪肉などを取ってきては、冷凍保存している。


 肉を焼いてステーキを作るか。

 ステーキソースは以前作成した。美味しい料理には、美味しい調味料が欠かせないので、たくさん作っている。焼肉のタレなんかも作った。味を再現するのは結構大変ではあったが。


 肉を斬り、フライパンの上に乗せて焼く。

 鹿肉はあまり脂が乗っていない。そこまで美味ではないが、肉を食ってるなぁ、という感覚はする。

 焼いている肉に、塩胡椒をまぶしていく。


 本来なら、もっと下拵えをしたほうが美味しく食べられるのだが、今日は面倒なので手軽に済ませることにした。


 焼き加減はレアにしたので、料理時間はそれほどかからなかった。

 さらに焼いた肉を乗せ、ステーキソースをかけて完成だ。


 料理が完成し、キッチンから机に運ぶ。

 ちょうどその時、家の窓からエミルの姿が見えた。

 俺の作った料理を物欲しそうな目で見ている。


 エミルが釣ったピネールの量は多かったので、食べる量に不足があったわけではないだろうが……やはりただ焼いただけの魚では、味覚的に満たされなかったか。


 こんなにじっと見つめられた状態だと、非常に食べづらい。


 俺は窓を開けてエミルに話しかけた。


「何の用だ」

「いい匂い……あ、いや、な、何でもないわよ!」


 分かりやすくエミルは焦った。嘘が非常に下手な女だ。


「食べるか?」

「え……いいの?」

「あれくらいなら簡単に作れる。鹿の肉も大量に冷蔵してあるしな」

「た、食べる!」


 目をらんらんに輝かせてエミルは言った。

 よほど食べたかったようだ。


 俺は冷蔵庫からもう一個鹿肉を持ってきて、さっきと同じように焼き、ステーキソースをかけた。


 机に座っていたエミルの前に、肉を置いた。


「お、美味しそー……食べていい?」


 俺が頷くと、エミルは一心不乱に肉を食べ始めた。


「美味しい!」

「そりゃ良かった」


 俺は自分の分のステーキを食べる。

 エミルの分を作ったので、その間に冷めてしまっていた。だが、誰かと食べるのは久しぶりだったからか、不思議と美味しく食べることができた。


「あなた料理上手なのね」


 すぐにステーキを食べ終わったエミルが、そう言ってきた。


「焼いただけだ。こんなの料理とは言わん」

「えー? でもこのソースもライズが作ったんでしょ?」

「まあな」

「じゃあ、やっぱり上手なんじゃない」

「それなりにする方ではあるが。お前は料理とかしないのか?」

「私の役目は戦うことだしね」


 見るからに脳筋っぽいしな。


「逆にライズはなんでそんな強いのに、こんな辺境にいるの? 冒険者にならないの?」

「興味ないな」


 実際には冒険者まがいな事はやってはいるんだが。ただ、世界各地を回って魔物を駆除しているわけではなく、あくまで俺が倒しているのは近場に湧いてきた魔物だけだ。冒険者は世界各地を回って魔物を倒しているので、その点は大きく異なっている。


「何か勿体ないわね、そんな強いのに戦わないなんて。魔王が倒されてからそれなりに平和だからいいんだけど……いずれ、別の魔王が来るかもしれないし」

「魔王ってのはそんなに何体もいるもんなのか?」

「人間は魔界には入れないけど、たまに人間に協力的な魔物がいて、そいつらが魔界の情報を教えてくれるの。魔界には魔王が複数いて、中には魔神と呼ばれてる凄い魔物もいるんだって。来たらまた魔王がいた時代みたいに、世界が荒れると思うわ」


 魔王がいた時は、様々な魔物が頻繁にゲートを開き、この世界にやってきた。死んだ今は明らかに来るペースが落ちている。魔王が死んだ事実は魔界でも知られていて、魔物たちも人間界やべーってなって、躊躇しているからだと俺は予想している。


 しかし、魔神か……

 初めて聞いたワードだが、もしかしたら、そいつなら俺と対等に戦えるかも……

 いや、過度な期待はしない方がいいか。そもそも、こっちに来るとは限らないし。


 今はこの生活も悪くないと思っているし、期待するのはやめておこう。


「ごちそうさまでした。とてもおいしかったわ」


 そう言ってエミルは俺の家から去り、テントに戻った。


 しかし、もしかしたら明日からは毎日来て飯食っていくかもしれないな。俺も食べたそうにしているの見て、放ってはおけない。


 多少労力は増えるが……別にいいか。

 冷凍庫に食料はいっぱいある。


 それに誰かと一緒に食うというのも嫌いではないしな。


 料理の片づけをした後、家の中でのんびりと過ごし、夜になって眠りについた。

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