文章見本市

紙童子久音(かみわらしひさね)

約1000字/超短編 『冬空のうさぎ』

冬の寒空の下、“それら”は座って身を寄せ合っているようだった。


当時小学校中学年だった私は、父、母と買い物に来ていた。両親が「用がある」と最後に立ち寄った家電量販店の出入り口付近に、催事用のテントが設置されていた。

両親は気にすることなく店内に入ろうとしたが、担当の女性スタッフが、少々困ったような、僅かに焦ったような様子で声をかけてきて、私たち家族は呼び止められた。


「よかったら、抽選してみませんか?」


目玉賞品の隣の景品台に座るーー並べられた無数の“うさぎのぬいぐるみ”を見て、幼いながらに私は察した。

ーーああ、これ、開店時間内に捌けないといけなかったんだ。

世間の大半は夕食が始まる頃。閉店まではまだ少し余裕があるが、仮に私たちのような家族がいたとしても、遅くとも子連れの客は帰宅し始めている。

他にもターゲットになりそうな家族は日の昇っている時間帯にいただろうに。それとも、ハズレのうさぎのみ辞退したのだろうか。という疑問と同時に「こんな立派なぬいぐるみ、もらっていいんだろうか」という困惑も湧き、少し気が引けてしまったが、結果抽選させてもらうことにした。抽選方法がどんなものだったかは既に記憶の彼方だがーー案の定、うさぎのぬいぐるみは貰った。


うさぎは全体的に布っぽく、人間で言う脛まで覆うタンクトップの赤い服を着て、左耳にはクリスマスによく見かける“ヒイラギの葉と赤い実”の耳飾りをつけていた。目元の目玉の縫い方のせいか、なんとも言い難い微笑をしている。お尻をぺたんとつけて座る形に作られていて、高さは40センチほどのーー子供がお人形遊びをして抱えたら、ちょうどいい大きさだった。「ありがとう」と女性に小さく礼を述べ、そのうさぎのぬいぐるみは私と一緒に帰ることとなった。

車に乗り込み、窓の外を見る。うさぎの仲間は、まだたくさん残っていた。しかし、月が昇った空と、閑散とした周りを見るに、彼らを迎える家族は他にいないようだった。


女性スタッフからうさぎを受け取った時、何となく心がふわりと浮くような、不思議な縁を感じた。そのおかげか、年齢が許す限り数年は枕元に置いて一緒に寝た。大人になり上京してからは実家に「留守番」させて来たが、これからも手放すことはないだろう。


うさぎの仲間たちはどうなったのか、最早知る由もない。しかし、その内の一匹は確かに我が家にやってきて、冬でも暖かい家の中で暮らしている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

文章見本市 紙童子久音(かみわらしひさね) @novelca_zplsol

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ