第51話 VSライザ その1
「ついに来たわね。この時が」
そう言って、フィリスは観客席で胸を張る。
「私が直々に遠距離竜機手の極意を叩きこんだのよ、負けることなどあり得ない。きっと勝ってくれるはず」
「何を師匠面しているんだフィリス……」
そんな彼女を、シロハは呆れた表情を浮かべながら見つめる。
「そもそも、遠距離の竜機手は総じてジェルミナイトと相性が悪いじゃないか。大丈夫か」
「う、うるさいわねッ! わ、私は勝ったことあるし!」
「それも『赫撃砲』の熱量でライザを蒸し倒しただけだ。ジェルミナイト自体には損傷を与えていない」
「そ、それでも勝てたんだからいいでしょう!? それに、今回は私じゃなくてアオイなんだから!」
「はいはい、わかったから落ち着け」
ヒートアップするフィリスの頭を、シロハがポンと抑えた。
すると、少しだけ落ち着いたらしい。彼女は静かに席へ座った。
「ともかく、アオイは勝つわ。負けたら燃やす。遠距離竜機手の恥さらしよ」
「……遠距離系の竜機手仲間が増えて嬉しかったんだな。素直に言えばいいのに」
「何のことかしら。それより、始まるみたいよ」
二人の視線の先では、ジェルミナイトとスカイドラゲリオンが対面していた。
黒く武骨な影と、蒼く柔らかい光。対照的な二機の竜機が睨み合う。
「さぁさぁ皆様お立合い!これより竜機試合を開始いたします。今回の試合の実況を務めさせて頂きますは高等部二年の広報窓口にして十二機神姫の一角を担わせてもらっております。『絶唱』マリエルでございます。どうぞよろしくお願いしまーす!」
拡声器を通した快活な少女の声が会場中に響き渡る。
それを合図に、観客たちは歓声を上げた。
いつも通りの実況、いつも通りの戦い。誰もがそう思っていた。
だが、いつもとは決定的に違うところがあった。
「さてさて、今回はライザ様のご厚意のもと、解説としてスペシャルゲストをお呼びしております!」
「「スペシャルゲルト?」」
実況の紹介に、フィリスとシロハが首を傾げる。
スペシャルゲスト。その言葉の意味が分からなかった。
会場がどよめく中、マリエルは二人の様子に気づくことなく話を進める。
「それでは登場してもらいましょう! 中央に見える人工竜機スカイドラゲリオンの開発者であり超新星アオイ選手の兄、カイさんです!どうぞ!!」
「いやーどうもどうも。まさかこんな特等席で竜機試合を見れるとは思いませんでした。作ってみるものですね、竜機」
「「………………」」
突然流れるカイの音声を聞いて、シロハとフィリスは思わず固まってしまった。
聞き間違いではないかと集中するも、やはり聞き間違いではないと分かってしまう・
「どうしてあのアホのお兄様がここにいるのよ……」
「わからん。どうせ生徒会か広報の連中にアプローチでも受けたのだろう。まぁ、あいつなら悪いようにはしないはずだ」
「それはわかるけど……。なんで竜機の解説なんて引き受けているのよ。意味が分からないわ」
「……そこは突っ込んだら負けだぞ、フィリス」
二人は会話をしつつ、映像に映るカイをジト目で見る。
「それにしてもカイさん。スカイドラゲリオンの製作者としてこの試合はどう見えますか?」
「ええ、 非常に面白いカードと言えますね。ライザ様のジェルミナイトはシンプルさを追求した機体。そして構造がシンプルなのは機械において頑丈さを高める重要なファクターになります。対してアオイのスカイドラゲリオンは様々な俺が考えた工夫が凝らされています。しかし、それは言い換えればスカイドラゲリオンは脆いということの現れです」
「となると、カイさんはライザ選手に軍配が上がると予想しているのでしょうか」
「いえ、そうとも限りません。確かにスカイドラゲリオンは脆弱かもしれませんが、戦い方次第ではジェルミナイトを倒せる可能性を秘めています。現に、アオイは前回の試合で覚形である『磁戒竜』を会得しています。磁力というのは応用がききやすい物理法則の一つです。アオイがどのように覚形を使うかで戦況はあっという間にひっくり返ることでしょう」
「ほぉ~なるほど! つまり、この試合はどちらに転ぶかわからない。そういうことですねぇ」
「そうですね。非常に見ごたえのある試合になるでしょう」
((……誰?))
真面目に解説としての役割ををこなすカイに、フィリスとシロハは混乱する。
普段のカイはお調子者でおちゃらけた男である。それが、まるで別人のように真剣かつ丁寧な口調で解説をしているのだ。
違和感しかない。
「ちょっと実況部屋に突入しようかしら。マリエルとカイさんが仲よさそうに話しているのが腹立つわ」
「気持ちは分かるが落ち着けフィリス。今は我慢しろ。もうすぐ試合だぞ」
「わかってるわよ。でも、どうしてもイラっとくるのよね。まるでイチャイチャしているようにしか見えなくて」
「さ、流石のマリエルでもそんなことは……」
「そう言えばカイさん。今後はどのようなご予定なのでしょうか。できればハーフォニウムちゃんの性能について教えてもらいたいので少しばかりお茶を……」
「シロハ、離して。あのマリエルの声は完全に口説きに行っている声だわ。学校の風紀を乱さないためにもここは私が行かないと」
「おい、フィリス!」
制裁の心に目覚めたフィリスが立ち上がると同時に、マリエルが声を張り上げる。
「皆様お待たせいたしました! これより竜機試合を開始します。それではご一緒にカウントダウンを始めましょう。今回はカイさんが音頭を取って下さい」
「え、ええ!? 俺なんかでいいんですか?」
「もちろんですよカイさん。こんなこと、平民は絶対にできないんですからね」
そう言ってカイの手を優しく包み、マリエルが拡声器を手渡した。
カイは戸惑いつつもそれを受け取ると、マイクに口を近づける。
「あ、じゃあお言葉に甘えて。行きますよー。3、2、1――」
『『『0!!』』』
「待ってなさいマリエル。調子に乗っているようだから灸を据えてあげる」
試合開始と共に観客たちが一斉に声を上げ、業火に燃えたフィリスがシロハの手から解き放たれた。
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