第44話 なんか釈然としない

「いいわよ、別に」

「ええ!?」


 アオイから話を聞いたフィリスはあっさりと承諾した。

 あまりに拍子抜けな反応だったので、逆にアオイの方が驚いてしまう。


「私もアオイの覚形に興味があるし、ちょうど良い機会だと思ってね」

「でも、普段なら『私は忙しいのよ!』って断ると……」

「暇ではないけれど、竜機の操作方法を教えるぐらいの時間は作れるわ。それより、早く行きましょう。時間が勿体ない」


 フィリスが急かすように立ち上がる。

 しかし、アオイはまだ納得できなかった。こんなにもことが進むなんて怪しまない方が無理である。


「フィリス様、なにか企んでます?」

「し、失礼ね。なんにも企んじゃいないわ」

「本当に本当ですか?」

「アホの癖に疑り深い奴ね。私が無いって言ったら無いの。これ以上疑ったら燃やすわよ」


 フィリスはムッとした表情を浮かべる。


 その顔を見てアオイは悟った。


「……兄さんも連れてきましょうか?」

「ホント!?」


 フィリスは嬉々として目を輝かせた。アオイと話す時とは大違いである。


「フィリス様……」

「はっ……な、なによ! 文句でもあるの!?」

「いや、無いんですけど……兄さんの何がそこまでいいんですか? 先日のレストランでの件もそうですけれど、少し変ですよ」


 アオイが問いかけると、フィリスは視線を逸らして黙ってしまった。


 しばらく無言の時間が続く。


「……どうだっていいでしょ。あなたには」

「わりかしどうでもよくない事だと思うんですけど。だって下手すれば俺の血縁関係が────」

「どうだっていいのッ!もう、さっき言ったことは忘れなさい!」

「は、はぁ……」


 色恋沙汰には鈍感なアオイも、ここまで露骨な態度を見せられれば察しがつく。

 しかし、ここから先はタブーだと直感的に感じ取ったため、それ以上詮索することはしなかった。

 それから二人は訓練場に向かった。


「……ねぇ、その銃どこから持ってきたの?」


 ふと、フィリスが疑問を口にする。

 彼女はカイが作り出した銃の存在を知らない。カイが覚形の発明品を作ったことも、彼が銃を作っていたことも。


「えっと……兄さんが作った銃なんですよ」

「え? そうなの?へぇ~、流石は竜機を作れる天才ね」


 フィリスは驚きながらカイが発明品を作る姿を想像する。

 それはどこか楽しそうな姿だった。


「兄さんはこれを竜機のサイズにまで大きくして武器にするつもりなんですけど、、威力がありすぎて……」

「ふーん、ちょっと貸してみて。どんなもんか試したい」

「あ、いや、それは威力が高くて体が吹きと────」


 アオイの抵抗もむなしく、小銃がフィリスの手に渡る。


 彼女は受け取ると、片手で構えて照準を合わせた。

 そして、人差し指を引き金にかけて引く。


 ────バァン!! 凄まじい轟音と共に銃弾が射出される。

 弾丸は音速を超えて飛翔し、標的にした岩に直撃する。弾丸は砕け散り、周囲に破片をまき散らす。衝撃で地面が揺れた。


 しかし、それだけではなかった。


「え?」


 アオイは異変に気付き声を上げる。


 フィリスはシロハのように吹っ飛ばされていなかった。それどころか微動だにしていない。

 まるで壁にでも張り付いているかのように不動だった。


「フィリス様?大丈夫ですか? 肩とか外れてません?」


 アオイは心配になって呼びかける。

 しかし、フィリスからの返事はない。


「フィリス様……?」

「……うん、いい武器ね。これなら十分戦力になるわ」

「どうやって撃ったんですか? 普通、反動で吹き飛びますよね?」


 アオイの言う通り、フィリスは発砲の瞬間、一歩たりとも動いていなかった。

 彼女よりも体が大きいシロハが撃った時は体が浮いていたのに、フィリスが浮いていないというのは明らかに不自然だ。


 動揺するアオイに、フィリスは平然と質問に答える。


「簡単よ、力を逃がせばいいの。ほら、こうやって」


 フィリスは両手で銃を構えると地面に向かって発砲する。

 すると、彼女の身体がわずかに浮き上がり、そのまま地面に着地した。


 質量法則が乱れた光景にアオイは驚愕する。


「なっ……!?」

「あなた達みたいな近接型の竜機を使う人間には不思議な光景に見えるでしょうね。でも、私たちのような遠距離型竜機使いは、発射の瞬間に重心をずらして力を逃がすぐらいの芸当ができなきゃ話にならないのよ。むしろ銃の反動を使って動いたりするわね」


 フィリスは淡々と説明を続ける。


「今のは生身でやったけど、竜機でするとなるともっと難しいわ。まず、竜機は重量があるから重心の位置が高くなってる。だから、姿勢制御をするだけでも一苦労なわけ」


 フィリスの説明に、アオイは必死に理解しようと頭を働かせる。

 しかし、あまりの情報量の多さに脳が追い付かない。


「まぁ、それは慣れるしかないわね。実践あるのみ、とりあえずやってみましょう」


 フィリスはそう言い残し、一人で訓練場の奥へと歩いて行った。

 取り残されたアオイはしばらくその場で呆然としていた。


「……よく分かんなかった」


 アオイは小声で呟くと、フィリスの後を追いかけた。

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