第41話 唯我独尊

 次の日、アオイはカイの朝食を届けるために早朝から竜機格納庫を訪れていた。

 寒い空気に震えながら長い廊下を歩く。


「さぶっ。早く暖房効いた部屋に戻りたい」


 身震いをしながら目的地まで歩く。

 ……と


「zzz……」


 通路の端で寝息をたてる少女が一人。

 浅黒い肌に健康的に引き締まった肉体が特徴的だ。


 その非日常的な様子を見たアオイは思う。


(あっ、関わっちゃいけない人ですね。分かります)



 そう判断し、その場を立ち去ろうとしたその時だった。


「おい待てよ。健気な女が無防備に寝てるんだ、起こしてくれたっていいんじゃないか?」


 彼女が目を開き、アオイの足首を掴む。


「うわぁっ!?」


 アオイは驚きの声を上げ、尻もちをついた。


「いったた……。なんですかあなたは!」


 彼女はムクリと起き上がり、棒弱無人な欠伸を一つ。まるでアオイの視線を感じていないような振る舞いだ。

 そして眠気まなこで背伸びをするとアオイを見つめる。


「んにゃー、不親切な野郎だと思ってよぉ。ついアオイの足を引っ張っちまったぜ。悪かったな」


 反省しているのか知らないのか。よく分からない態度の少女はアオイに謝った。

 しかしアオイは彼女の言動に違和感を覚える。

 まず第一に、なぜこの人はこんなところで眠っているのか。第二に、なぜ自分の名前を知っていたのか。

 アオイは疑問に思いつつも口を開く。


「あの、どちら様でしょうか?」

「あ? ……ああ、こうすればわかるか? 人前に出る時はいっつもコレだからな」


 そう言うと彼女はめんどくさそうに髪をかき上げ、ポケットから取り出したヘアバンドで止める。

 そして、改めて自己紹介を始めた。


「オレの名前はライザ。『不落』のライザって言えばお前もピンとくるだろ」

「えっ!? あ、はい!」


 アオイが戸惑いがちに返事をする。


 目の前にいる女性こそシロハやフィリスと同じ十二機神姫の一人であり、『不落』の異名を持つ竜機手、ライザだ。

 それはアオイの知るところ。逆になぜ気づかなかったと疑問を覚えるほどに有名であった。


 そんな有名人がなぜか自分の前にいる。

 アオイは混乱した頭を整理しつつ口を開いた。


「えっと、どうしてここに?」

「あん?」


 質問の意図がわからないといった様子のライザは眉をひそめた。


 アオイは慌てて言葉を付け加える。


「あ、いや、俺みたいな庶民が会う機会なんてない方ですから。なんか緊張してしまって……」

「謙遜はよせよ、超新星。最近の話題はもっぱらお前の話だってのに」

「いやいや、俺なんてそんな大層なものじゃありませんよ」


 アオイは苦笑いを浮かべ、手を横に振る。

 だがライザは彼の言葉を気にすることなく、話を続けた。


「まぁ、お前の質問に答えてやるよ。別に隠すことじゃねぇし」

「あ、ありがとうございます」

「オレがここにいる理由、それはな……」

「それは……?」


 アオイはごくりと唾をのむ。もしや、自分を狙って────


「特にない。 ただの暇つぶしだよ」

「……さいですか」


 ドヤ顔で答えるライザ。アオイは呆れた表情でため息を漏らす。

 身の危険を感じた己がバカに見える。


「はぁ……。そうなんですね」

「おう、そういうことだ。んにしてもお前、リアクションが面白いな! からかった甲斐があるってもんだぜ!」


 得意げな顔をする彼女に、アオイは困惑しながらも納得する。


 ライザは十二機神姫……否、全竜機手を含めても異端だ。

 自分勝手な行いも周囲にはライザの個性として認識されていた。ある意味無敵の人である。


「そういうアオイはなんでここにいるんだ? 早朝に竜機格納庫に通うなんて普通私ぐらいしかいないぞ」

「ああ、俺は兄さんに朝食を届けにきたんですよ」


 そう言ってアオイは手に持っていたバスケットを見せる。

 中にはサンドイッチが入っていた。

 それを見たライザが嬉しそうに声を上げる。


「おおっ、朝飯だな!? ちょうど腹が減っていたんだ。ありがたくいただくぜ」

「あっ」


 ライザはそう言うとカゴに手を突っ込むと、中身を口の中に放り込んだ。


 あっという間の出来事にアオイはライザに詰め寄った。


「ちょっと!?」

「んな細かいことを気にするなよ。……んーごちそうさん。この借りはいつか返すからな」

「今返してくださいよ……」


 二つのサンドイッチの内の半分が食べられ、スカスカになったカゴを覗いてアオイは呟く。

 そして彼の隣で満足気な笑みを浮かべているライザを恨めしげに見つめた。


「貴族に貸しを作れるって言うのもなかなかない経験だぜ? ましてやオレ様だ」

「ははは、それはどうでしょう」


 自慢気な態度をとるライザに対し、アオイは乾き気味に笑う。

 今のアオイなら竜機試合を申し込まれても受けてしまうだろう。そのくらいにアオイは怒っていた。


 そんなことはつゆ知らず、ライザはソースのついた指をしゃぶりながらアオイに問う。


「んで、お前の兄貴は何やってんだよ?」

「スカイドラゲリオンの中にいますよ。困ったものです」

「スカイドラゲリオンってお前の竜機だったか? そういやお前の兄貴が作ったんだったな。聞けば聞くほど天才だとか」

「ええ。天才的なバカですよ」

「へぇー、そりゃあ一度会ってみたいもんだ」


 ライザの目が好奇心で輝く。


「なぁアオイ。その兄貴、オレに紹介してくれねぇか?」

「ええっ!?」

「友達だとかなんとか言ってさ……というか、もうオレ達は友達だよな? 親友だよな?」


「一生のお願いだからさ」とライザが頼み込む。


 それに対し、アオイはすぐに「はい」と答えることはできなかった。理由は簡単、ライザはアオイにとって知り合いではないからだ。

 いくら何でもさっき知り合った人を家族に紹介する気にはなれない。

 そんなわけで、彼は遠回しに断ることにした。


「えっと……すみませんが、俺の口からは言えなくて……」

「なんだ? お前、まさか隠し事でもしているのか?」

「いや、そういうわけではないんですけど」

「ふぅん」


 アオイが言葉を濁すと、ライザは腕を組んで考え始めた。


(うわぁ……)


 黙考するライザを見てアオイは内心焦る。彼女の表情からは何も読み取ることができない。何も考えていなさそうなライザが真面目に唸っている様子が一周まわって知能指数が高そうに見える。


「あっ、そうだ」


 しばらくしてライザはアオイの肩に手を置いた。

 そして、にっこりと微笑む。


「よし、わかったぜ。じゃあこうしよう」

「……何がですか?」

「オレの『ジェルミナイト』を見させてやる。お前の兄貴は超がつくほどの竜機オタクなんだろ? そいつならお前の兄貴に合うはずだ」

「えぇ……」


 それは不覚にも、カイが大いに喜ぶ提案だった。

 ライザの言う通り、カイが竜機好きなら彼女に乗っている竜機はきっと興味を持つに違いない。


 アオイは自分の兄の性格をよく理解していた。


「どうだ、悪くない話だろ?」

「確かに……そうですね。わかりました。兄さんに聞いてみますね」

「おう、じゃあ早速行こうか!」


 ライザはそう言うと、竜機格納庫の奥へと歩き出す。

 アオイはバスケットを片手に持ち、慌ててライザの後を追った。

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