第40話 ロマンを愛する者
「それでは、俺達はこれで失礼いたします」
「はい、ありがとうございました。私は今からあの店のいけすかない店員とお話しをするので」
昼食を終えたアオイとカイは目の笑っていないフィリスと別れて店を後にしていた。
アオイはフィリスの言った『お話』の内容に固く踏み込まないことを誓い、カイに話しかける。
「ねぇ兄さん。他に行きたいところはある?」
「そりゃあ竜機格納庫に決まってるだろ! どこにあるんだ!?」
「ですよねー。分かってはいたけれども」
予想可能不可避。目を輝かせる兄に、ため息をつく。
アオイもカイが竜機格納庫を見たいと言い出すのは分かりきっていた。
「案内してあげるけど、ぜーったいに他の人の竜機にべたべた触ったりしないでよ?」
「分かってるさ……多分」
「安心できねぇ……」
カイとアオイは連れ立って、巨大な建物の中を歩いていく。
「すげー! ぱねー! 語彙力死んだー!!」
「ちょっと兄さん、身を乗り出さないでくださいよ! 落ちたら危ないでしょ!」
興奮気味のカイを、必死の形相のアオイが止める。
彼らは現在、巨大施設の通路を歩いている最中だった。
この施設は、古代の技術によって造られた機械兵器を格納するための場所であり、その規模は現代においても最大級のものだ。
そして通路の下にあるのはアオイの竜機、スカイドラゲリオン。カイが制作した竜機である。
「この機体を見るのも久しぶりだなぁ。まだパーツだった頃が懐かしいぜ」
「ちょっと、あんまり騒がないでよ」
スカイドラゲリオンを見下ろしながら呟くカイ。その目は感慨深そうに細められている。
カイは興奮したままにアオイに向かって頼み込む。
「そんでよ、早く見せてくれ。お前が発現させたスカイドラゲリオンの覚形、『
「わかったよ……。ちょっと待ってて、下に降りて起動させて来るから」
アオイがそう言って階段を下りていく。
残されたカイはというと、興味津々といった様子で辺りをキョロキョロと見渡していた。
何かしなければいいけれど。アオイは不安になりながらも、スカイドラゲリオンを起動させた。
「スカイドラゲリオン、『磁戒竜』」
アオイの声に反応し、スカイドラゲリオンの目に光が灯り体表に幾何学的な模様が浮かぶ。
「わっ、ちょっと待っ」
「ああ、兄さんの体は工具だらけだったね」
すると、カイが『
それに対しアオイはスカイドラゲリオンを操作して荒ぶる兄を掴まえる。
数々の強敵と激戦を繰り返したおかげで、アオイの竜機の操作技術は格段に上達していた。
アオイはカイを目の前に降ろす。
「これがスカイドラゲリオンの覚形、『磁戒竜』だよ。磁力を操るんだ」
「磁力、か。まさか空になぞらえて名前を付けたのに磁石の力をもっているとは。ネーミングミスったな」
「まぁ、覚醒させるまで分からないんだし、仕方ないんじゃないかな」
「それもそうだな」
カイは納得したようにうなずき、改めて自分のつくった竜機を見た。
自分が作った竜機が覚形を発現させ、貴族の竜機達と渡り合っている。その事実に感慨深いものを覚えていたのだ。
「んでよ、アオイ。覚形を発現したってことはアレは考えたのか?」
「ん? アレって何?」
アオイが首を傾げると、「おいおいマジか……」と言いつつカイが呆れたような顔になる。
「必殺技とか編み出してるんじゃないの?」
「必殺……技?」
「うっそだろアオイ。人の心がないのか」
アオイの言葉にカイは思わず声を上げた。
そしてありえないと言いたげに訴える。
「いやいやいや、竜機の覚形といえば必殺技だろ。ホワイトフォーゲルの『断罪の剣』、クランベルジュの『赫撃砲』、その他の竜機にも必殺技はある。なのに俺達のスカイドラゲリオンだけが必殺技が無いってのはありえないだろ。お兄ちゃんのテンションが下がるぜ」
「えー、だってそんなこと言われたって必殺技の名前どころか必殺技になりそうな攻撃すら思いついてないよ」
アオイが不満げに言うと、カイは驚いたような顔になった。
「むぅ、そりゃあそうだな。磁力を活用した攻撃……ねぇ」
カイが何事かを思案するように顎に手を当てる。
そして数秒後、彼は口を開いた。
「アオイ。これから俺、スカイドラゲリオンの中で生活するわ。宿泊費ももったいないし」
「え?」
「少し研究したいことができた。だからお前には悪いが、修理屋に帰るまでの間ここで寝泊まりさせてもらうぞ」
突然の兄の発言に、アオイは戸惑う。
カイがどうしてそんな結論に至ったのか、アオイには分からなかった。
「いやいやいや、ちょっと待ってよ兄さん! そんな突拍子もないことを言われても……」
「いーからいーから。俺はもう決めたんだ。俺はここに住むぞ」
困惑する弟に対し、カイは何食わぬ顔で言い放つ。
断固として譲らない、並々ならぬ決意がそこには現れていた。
「お前の兄さんが機械において妥協するとでも?」
「自分で言わないでよぉ……、被害を被るのは俺なんだから」
ニカリと笑うカイに、アオイは天井を仰いで目を覆った。
こうなったカイは誰にも止められない。石を投げられようが笑われようが絶対に引かない。
それが自分の兄のオタク魂だということを、弟であるアオイはよく理解していた。
「つーわけで、これからよろしくな」
そう言ってスカイドラゲリオンの中で作業を始めるカイ。
それに対しアオイは大きなため息をつく。
(……まぁ、どうせ当分スカイドラゲリオンを使うこともないだろうし、別にいいか)
楽観的に予想をたて、楽しそうに工具を広げるカイを見やる。
そして、こんな兄を持ってしまってもそんなに嫌ではない自分に苦笑いをするのであった。
────だがその予想は大きく裏切られることとなることを、この時の彼はまだ知らない。
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