第39話 うーん、どうして?
場所は変わって、アオイが働いているレストラン。
今日はアオイは非番なので普通の客として来ているのだが、席についた彼は注文した料理が来るまでの間、心の中で何度も同じ疑問を繰り返していた。
(どうして……どうして俺はこの光景を見せられているんだ……?)
困惑するアオイの目の前にはフィリスとカイが座っている。
「おいしそうですねカイさん。私の頼んでいたものも美味しそうだと良いのですけど……」
「はは、大丈夫ですよ。きっとフィリス様の分も同じくらいおいしいと思います」
メニューを見ながら、二人が仲よさそうに会話する。
それを横目で見ながら、アオイはフィリスから謎のプレッシャーを感じていた。
(フィリス様はいったい兄さんをどうするつもりなんだ!?)
フィリスの真意が全く分からない。
ただでさえカイは目立つのだ。彼がいるだけで周りから好奇の目で見られることは間違いない。
「あの、フィリス様?」
「なにかしら? 文句があるなら燃やすわよ?」
「ひぃん……」
恐る恐る尋ねるアオイだが、フィリスの機嫌は良さそうに見える。
しかし、彼女がカイを見る目はどこか熱を帯びていて、そして時折意味深な笑みを浮かべていた。
それを見るアオイは、心の中で焦る。嫌な予感がするからだ。
……と、
「お客様、お待たせいたしました。こちらご注文の品になります」
料理を持った店員が現れてテーブルの上に皿を置く。
すると、カイとフィリスはそちらに視線を向けた。
「こちら、日替わりソースのハンバーグ定食でございます」
「おお!」
カイが思わず感嘆の声を漏らす。
運ばれてきたのは大きな鉄板の上で音を立てるジューシーなお肉だった。
熱々の鉄板の上で湯気が踊る。
続いて、フィリスの前に料理が置かれる。
「こちら、当店の人気商品です」
「……なにこれ」
フィリスがジトッとした目で料理を見やる。
フィリスの前に置かれたのは山盛りの千切りキャベツであった。
「ねぇ、私が頼んだのはパンケーキだったと思うんだけど」
「あなたにはこれくらいがお似合いですわ。大きな声で話すだけでは飽き足らず、気持ち悪い仕草をアオイさんの前でするなんて……!」
「従業員の癖に何ですって…………なっ!!?」
フィリスは店員の顔を見て、目を丸くする。
「あ、アイーダ! どうしてあなたが!?」
「私、ここで働いておりますの。……それよりもフィリスさん。どうしてアオイさんとこのお店に?」
「何よ! 悪いっていうの!?」
「いいえ、それ自体は悪い行いではありませんわ。金さえ払ってくれるお客様は全て持て成す義務が私達にはありますの」
「じゃあ持て成しなさいよ」
フィリスがテーブルを叩く。
しかし、アイーダはそれを聞いても表情一つ変えずに千切りキャベツを追加しながら言った。
「ですが、なんですかあの態度は! 気色悪い動きで男性に媚びを売るような真似をして……。あなたの愛想笑いなんて誰も求めていませんのよ!!」
「べ、別に媚びなんて売ってないわ! これがノーマルな私、通常運転よ!」
「この二枚舌、威力業務妨害で訴えますわよ! しかも、よりにもよってアオイさんの前でクネクネする始末。ああ、アオイさん、こんなおぞましい行動をするフィリスさんを見せつけられるなんておいたわしや……」
アイーダがわざとらしく顔を手で覆う。
その瞬間、フィリスが席から勢いよく立ち上がった。
「あのねぇ、私が誰にどう振る舞おうと私の勝手なの。それにね、このゴーグルをつけた人はアオイのお兄さんなの。あなたがアオイにしたこと、ここで話してやってもいいのよ?」
「……アオイさん、この方がアオイさんのお兄様というのは本当ですの?」
「へっ!? は、はい、そうですね……」
アオイが裏返った声で首を縦に振る。
すると、アイーダは一瞬青ざめ────しかし、また笑顔を作りなおした。
「まぁ、そうなんですの。それは失礼いたしましたわ。……お初にお目にかかります、アオイさんのお兄様。私の名前はアイーダ、このお店でアオイさんと一緒に働いていますの」
そう言って、彼女はスカートの端を持ち上げて優雅に挨拶をする。
「アイーダってパルマークスの竜機手のあの!?」
「ええ、お察しの通りですわ」
カイの言葉にアイーダがニッコリと微笑む。
すると、カイは大興奮した様子で彼女を見た。
「弟がお世話になっています! なんでもスカイドラゲリオンが覚形を発現させるきっかけを作ってくれたとか。本当に感謝してもしきれません!」
「いえいえ、滅相もございませんわ。覚形を発現させたのはアオイさんのたゆみない努力の結果、私はあくまでアオイさんのお手伝いをしたまでです」
「えげつない方法でアオイを追い詰めただけでしょうが」
「うるさいですわね。それはもう過去のこと、水に流しましたわ」
言い争う二人を見て、カイは苦笑いを浮かべる。
「ははは……二人共お仲がよろしいようで……」
「あっ……し、失礼しました。アイーダさんのせいでつい感情的になってしまいました。お見苦しいところをお見せしてすみません」
「よくもまぁそんなことが言えますわね……。ま、フィリスさん。アオイさんの視界ではその見苦しい真似はやめて頂きたいものですわ。目に毒です」
「ほほほ、何のことです?」
「……ふん」
そう言ってアイーダは再び厨房へと戻っていった。
ちなみに、フィリスが頼んでいたパンケーキはきちんと作られていたらしく、従業員が急いで運んでくる。
「楽しいところだな」
「そういうことにしておいてください」
女同士の話に首を突っ込むものではない。蛇がいるとわかりきって、なお藪をつつくようなものだ。
この話に首を突っ込まないことにしたカイはフォークを手に取り、ハンバーグを口に運ぶ。
そして、ゆっくりと咀しゃくした後に飲み込んだ。
「美味いな、こんな店があったのか」
「うん、お気に入りなんだ。ここにいれば何かと巻き込まれないでいいから」
「その何かってなんなんだ?」
「そりゃぁ、色々とだよ」
「ふーん」
アオイが運ばれて来たサンドイッチを口に運ぶ。勿論中にはキャベツはたっぷり。
そのまま和やかな時間が流れ、三人は各々の昼食をとり終わった。
食後のデザートとして頼んだアイスクリームをスプーンで掬いながら、カイが口を開く。
「そういやアオイ。その手に持っているものはなんだ?」
「ん? ああ、フィリス様から渡された時計ですよ。なんでも壊れたそうで」
「そうか。……ちょっと貸してみな。手持ちの道具で直せるかはわからねぇが」
アオイが時計を手渡す。
すると、カイは受け取ったそれを慣れた手つきで解体し、じっくりと観察し始めた。
「どう?」
「……これ、かなり古いタイプのものだな。骨董品に近いぜ。俺もこの機構は初めて見た」
「直せますか?」
「ちょっと静かにしてろ。集中してないと手元が狂う」
カイが瞬きせずに答える。その目からは機械に対する情熱がうかがえた。
フィリスの時計を手元で転がし、内部構造を把握する。
「フッ、そう言うことか」
カイが微笑み、テーブルの上に時計をおく。どうやらフィリスの時計が壊れた理由が分かったようだ。
「これはただの電池切れだな。お前、いつも乱雑にこの目覚まし時計を叩いてるだろ」
「そ、それは……」
「その衝撃で内部の電池がイカれたんだよ。これはおそらく六十年前に作られた最初期の目覚まし時計だ。その細かい構造上、経年劣化には弱い。大事に使えよ」
「じゃあ、電池を変えればまた動くってこと?」
「まぁ、端的に言えばそうだな。だが、この目覚まし時計に使われているタイプの電池は旧式、今の電池のプロトタイプと言っても過言じゃない。つまり、今市場に出回っているものと互換性がないのさ。だから、これを修理するには旧式の電池をそのまま用意しなきゃならない」
「なるほど……」
そう言ってフィリスがうなり声を上げる。
カイはゴーグルを外し、額に戻した。
「お前、用意できるか?」
「えっ!?」
カイの質問に、フィリスが素頓狂な声で聞き返す。
「多分、無理だと思います。昔の電池なんて探すのは……」
「だろうな。なら、こいつは俺が預かるぞ」
「え?」
再び、今度は驚きの声が響く。カイの説明を聞いて、てっきり買い直さなければならないと諦めていたからだ。
しかし、フィリスとは裏腹にカイはこの時計を直すことを諦めていなかった。
「俺が今の電池でも対応できるように改造してやる」
「そ、そんなことができるんですか?」
「ああ、任せておけ。ジャンクパーツからスカイドラゲリオンを作った俺だ。たぶんできるさ」
驚くフィリスと対照的に自信満々にカイが答えた。迷いのない言葉だ。
「あの、兄さん」
「んあ?」
と、一部始終を静観していたアオイが顔を引きつらせて兄に言う。
「敬語…………忘れてる」
「あ」
貴族に敬語を使わないのは、非常に不味いことである。最悪、フィリスに対する不敬罪で死刑だ。
自信の過ちを指摘されたカイは慌てて立ち上がり、フィリスに土下座する。
「申し訳ありません! つい気が緩んでしまいました! どうかなにとぞ────」
「……絶対に、直してくださるんですよね」
「ふぇ?」
「直してもらわないと困るんです。私の大切なものだから」
声を潤ませたフィリスはうつむきながら言う。
アオイが目を丸くする。
自分の目の前にいるあの暴君が、今までに見たことが無いような表情をしている。
(……怒ってない? というか何? あの乙女みたいな顔)
フィリスは怒っていない。
むしろ、懇願しているように見える。あの、態度には人一倍厳しいフィリスが。
夢でもみているような顔をするアオイを尻目に、フィリスが頭を下げる。
「お願いします……直して下さい」
「おう。任せとけ。他の貴族に自慢できるくらいの時計にしてやるよ」
職人魂に火がついたカイの目には、断固たる意志が宿っていた。
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