不落の砕拳編
第37話 久しい平穏は束の間に
「…………」
早朝、とある女子寮の一室。
そこに、一人の金髪の少女がいた。
「むにゃ……うふふ」
彼女の名前はフィリス。今現在幸せそうな表情を浮かべながら眠っている。
その姿はとても可愛らしく、見ていて愛おしく思えるような寝顔だった。
……だが、それは彼女の枕元にある目覚まし時計がけたましい音を立て始めるまでの話だ。
「うるさいっ」
フィリスは目を覚ますと、布団から起き上がってベッドの隣に置いてあった目覚まし時計を止めた。
そして、大きな欠伸をしながら辺りを見渡す。
「もう、せっかくいい夢を見てたのに」
フィリスは眠そうな表情を浮かべると、ベッドの上で大きく伸びをした。
すると、身体からはパキポキッと小気味よい音が鳴り響く。
「ん~。今日もいい朝。よし、起きるか!」
少女は気合を入れると、部屋のカーテンを開け、窓の外を見た。
そこには雲ひとつない青空が広がっている。
「うん!今日も一日頑張ろう!!」
そう言ってフィリスは大きく笑うと、部屋を出て行った。
……彼女の時計が、予定よりも早く鳴っていたことに気付かずに。
***
アオイはシロハから渡された兄の手紙を自室で読んでいた。
その内容は、アオイにとって衝撃的なものとなっている。
『とりあえず紙がもったいないので直接会いに行く。そっちに着いたら連絡する。スカイドラゲリオンのメンテナンス道具を持ってな』
手紙にはそんな言葉が書かれていたのだ。
「いきなり過ぎるよぉ」
アオイが一人でため息をつく。
アオイの兄、カイはいつも言葉が足らないのだ。字の汚さからも、アオイが覚形を発現させたことに対しての興奮がうかがえる。
アオイは修理屋時代の日常から、兄の心情を深く理解していた。
(あぁ、なんで機械関係のことになると行動的になるのかなぁ)
昔からカイは一度興味を持つと周りが見えなくなるタイプだ。
そのため、アオイは弟としてことごとくカイに振り回されてしまう。
「まったく……」
しかし、今回の件に関しては別段嫌ではない。
むしろ久しぶりにカイに会えることが嬉しいという気持ちの方が勝っている。
だが、同時にアオイには不安もある。
「絶対に何かをやらかす気しかしないんだよなぁ。竜機格納庫とか行ったら尊みで爆散しそう」
アオイは心配性なのだ。
兄であるカイのことをよく理解している分だけ、余計に心配してしまう。
「大丈夫だと良いんだけど……」
アオイは不安げな表情で呟く。
カイの性格をよく知っているからこそ、これから起こるであろうことを想像して身震いした。
そして、ひとまず気分転換のため、部屋の外に出ることにした。
「ふう。まあ、少し散歩でもしよう」
アオイはそう言うと、自室の扉を開ける。
「なんだか静かだな」
なぜか、王立学校の男子寮は閑散としていた。
学生どころか、各貴族の使用人でさえいない。
アオイは首を傾げ、不思議そうな顔をする。
「……まるでゴーストタウンみたいだ。んまぁ、俺にとってはありがたいことだな。理由はエルにでも聞こう」
アオイはそう言いつつ階段を軽快なステップで下っていく。
そして一階まで下り、玄関を開けた。
しかし
「おっそいわね、アホ。待ちくたびれたわ」
聞き覚えのある声に、アオイが視線を四十五度下げる。
そこで待っていたのは金髪の少女、フィリスだった。
彼女は扉のすぐそばで膝を抱えつつ、不機嫌そうにうつむいている。
「フィリス様? どうしてここに?」
「あんたに会いに来たのよ。あんた、平民街の修理屋なんでしょ?」
「ええ。まぁ、そうですけど……」
「……ん」
フィリスはぶっきらぼうな態度のまま、アオイに何かを差し出した。
「はい」
「いきなりはいって言われても……時計ですか? 壊れているようですが……」
「アラームが鳴ったからブッ叩いたら止まったのよ。直して」
「えぇ……」
その手の中には、目覚まし時計が握られていた。
突然の無茶振りにアオイは困惑。半歩退いてフィリスに弁明する。
「ちょっと待っていてください。俺は修理屋と言っても帳簿係なんで時計を直せるほど機械に詳しくないんですよ」
「それでも私より詳しいでしょ。勉強してでも直しなさい。これは命令よ」
「んな横暴な……」
アオイは呆れ顔で時計を受け取ると、まじまじとそれを見つめる。
たしかに目覚まし時計は故障しているようで、ボタンを押してもうんともすんとも言わない状態だ。
「これ、型番が分からないからどうにもならないですね。しかも、多分古い型のものだから、修理できる人も限られてくると思うんですが……」
「はぁ!? じゃあ、私はいつ起きることができるわけ!!?」
「 そ、そんな急に大声出さないで下さい。あと、時計がなくても起きればいいじゃないですか。貴族街の時計塔は朝七時に鐘が鳴るでしょう? それに合わせて起床すればいい────」
「無理に決まってんでしょうがッ!!」
「うぐっ……!」
アオイがフィリスの大声で耳を押さえながらうめき声を上げる。
だが、フィリスはお構いなしと言った様子で、さらに言葉を続けた。
「とにかく! この時計が使えなくなったら困るの! 修理屋らしくどうにかしなさい! 分かったら返事!」
「はいぃ」
アオイが情けない声を出しつつ、涙目になりつつも何とか了承する。
こんな時にカイがいればなぁ……と思い、心の中で涙を流した。
(なんとか修理したいところだけど……そもそも部品もないから直すのは難しいんだよなぁ。一からメーカーを調べて部品を取り寄せるのも面倒だし、最悪オーダーメイドしかない)
アオイは渋々フィリスの時計を預かる。
できれば受けとりたくなかったが、ここで受け取らなければ事が終息しそうになかった。
「しっかり直してよね。大切なものなんだから」
「ぜ、善処します」
アオイの返事に、フィリスは鼻を鳴らして踵を返して去っていった。
アオイはその様子をポカンとした表情で見送った後、ため息をつく。
「どうして俺だけがこんな目にあうんだよ」
フィリスがいなくなったところで、アオイは散歩の予定を変更して図書館へと向かうことにした。
時計メーカーのカタログと資料を探すためだ。
「さすがに一から調べるのは時間がかかりすぎる……」
アオイはぶつくさと文句を言いつつ、フィリスの目覚まし時計を弄ぶ。
「えっと、図書館は校門の前を通って……こっちだな。無駄に広いんだよなぁ……。ここ」
アオイは頭にアルヴェルトの地図を思い浮かべ、目的地である王立学校の図書館を目指して歩いた。
時刻は既に正午を過ぎている。
……と
「……………」
校門の前で一人毛並みの変わった男を見て、アオイは絶句する。
そこにいたのは灰色髪をゴーグルでかき上げた長身の男。
キラキラと好奇心に輝いた目が日にきらめき、爽やかな雰囲気が漏れ出していた。
そして男は顔を引きつらせるアオイを見るや否や、ニヤリと笑みを浮かべる。
「よぉアオイ。学校生活、エンジョイしてるか?」
「げっ」
それは紛れもない平民街の機械王、カイの姿だった。
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