第35話 公爵令嬢の落とし前
「先輩、覚形の発現、おめでとうございます。これで名実ともに最強格竜機手の仲間入りですね」
「あ、ああ……」
緑生い茂るプライべートスポットで、エルがアオイに祝福の言葉をかける。
しかし、アオイの反応は思いのほかいまいちだった。
「今回もボク、アオイ先輩の奮闘で賭けに大勝ちしてしまいまして。身内から呆れられました。『エル、一回痛い目を見なさい』って。……あっ、これお祝いの品です。粗品ですが」
そう言ってエルはアオイに小包を渡す。豪華な包装をしているのを見ると、今回も相当稼いだらしい。
アオイは「やっぱコイツ、俺を利用しにかかっているよな」と残念な顔をする。
「……まぁいいけどさ」
「あ、あとですね。気になるところがあるんですが……」
「んあ?」
「アオイ先輩、覚形の力で多くの鉄製品を観客から強奪したわけですが、その弁償はどうなったんですか? ボクの友達なんて、ボクが誕生日プレゼントにあげた時計がひしゃげて泣いていましたよ。次会ったらぶっ殺してやるって」
「あ、ああ……」
エルの顔に、アオイは苦笑する。
そう。アオイが『磁戒竜』の力を使用した時、多くの鉄製品がスカイドラゲリオンに集いパルマークスの攻撃から身を守る盾となった。
そして戦いが終わった後、その場にあった無数の鉄製品はスクラップと化し多くの学生から苦情が殺到したのだ。
それらの品は全て貴族の所有物。当然高価であり、一市民のアオイには到底払いきれるものではない。
「あー、それは大丈夫だ。本当にダメかと思ったけど」
「へぇ! アオイ先輩が借金まみれにならなくてよかったです! もしかしたらボクの貯まったお小遣いをせびられるのかと……」
「流石に後輩にたかったりしねぇわ!」
「ま、そうですよねー。アオイ先輩にそんな大層な度胸はありそうにありませんもん。……で、どうやって返したんですか?」
「……知りたい?」
「えっ、なんですかその含みのある言い方……。まさか、シロハ先輩に立て替えてもらったとか?」
「いや、そうじゃなくってさ……」
アオイは少し言い淀んだ後、意を決して事の顛末をエルに語った。
*****
「アオイ……その……言いにくい事なんだがな……」
「……はい」
「我が家に……大量の賠償請求が届いた。金額……聞きたいか?」
「いえ、結構です。紙束の量で充分です」
シロハが持つ両手いっぱいの請求書にアオイは足を縮こまらせてうなだれる。
場所は学園内のカフェテラス。
普段なら、アオイはいつも通りシロハと一緒にランチを食べるところなのではあるが、今回ばかりはそうもいかなかった。
「本来、この時間はアオイの覚形発現を祝う席にしたかったところなのだが……流石にゼロの桁が多すぎる。大会の優勝賞金をため込んでいる私でも看過できない金額だ」
「……ちょっと、やり過ぎました」
「はぁ、まったくお前という奴は……。とりあえず、今回の件についての金策会議をするぞ。嫌とは言わせんからな」
「はい……」
アオイは自分の不始末について反省すると共に、これから起こるであろう事態に頭を抱える。
どうして、自分にはこうも災難が降りかかってくるのか。身柄の次は金なのか。
────────と
「その請求書、少し見させてもらえませんこと?」
「あっ」
シロハの後ろから長い腕が伸び、請求書の一束が取られた。
「「ッ……!」」
「ごきげんよう……とは少し違うようですね。アオイさん、シロハさん」
そこにいたのは一人の少女、アイーダだった。
アイーダはは口元に手を当てて上品に微笑むと、請求書をペラリとめくった。
そこにはアオイがスカイドラゲリオンを使って壊した物品の数々が記されていた。
「あらら……これはまた随分と派手にやったみたいですね。正直意外ですわ」
「……なんだ。もうお前との話は終わったはずだ、アイーダ。この期に及んでアオイを奪おうとするのか」
シロハが剣呑な態度でアイーダを睨む。
机におかれる大量の請求書もアイーダがアオイに試合を申し込んだことによって生じたものでものである。
アオイが青ざめるのも、シロハが冷や汗をたらすのも、もとはと言えばアイーダのせいだった。
しかし、アイーダはシロハの言葉に首を横に振って否定した。
「いいえ、あの話はもう終わり。私はアオイさんのことについてとやかく言うつもりもありませんの。……むしろ逆、謝罪しようと思いまして」
「謝……罪?」
「ええ。先日の一件、私の傲慢な行動のせいであなた方二人に迷惑をかけてしまったことを、深くお詫び申し上げますわ」
そう言って、アイーダは深々とお辞儀をした。
「どういう風の吹き回しだ? 今更しおらしくなっても遅いぞ」
シロハは警戒心を解かず、鋭い目つきでアイーダを見る。
「そうですわね……。確かにあれだけ失礼なことをしておいて虫の良い話かもしれませんが、それでも、なんらかの形で私が犯した過ちを清算したいと思いまして。……例えば、そこにある数字の羅列をゼロに変える……ですとか?」
「「ッッ!!」」
アイーダの発言を聞いた瞬間、二人は反射的に椅子から立ち上る。
二人の視線は同時に請求書へと注がれていた。
「おい、まさか……!」
「えっ!? そんなことが本当にできるんですか?」
「ふふ、もちろんですわ。すぐにお友達に頼ってしまうどこかの女とは違って、私はできる女ですから。数字の絡むことに嘘はつきませんの」
「ぐっ……」
シロハは悔しそうに歯噛みするが、事実である以上反論はできなかった。
シロハが黙り込むのを見て、アイーダは愉快そうに笑った。
「あっははは、シロハさんの悔しがる姿を少し溜飲が下がりましたわ。……さて、どういたします?」
「……やってくれ。今の私には清算能力がない」
「ふふっ。では、これで過去の禍根は水に流すということで……」
アイーダは請求書を手に取ると、ニコリと笑う。その笑顔に悪意はないように見えるが、シロハとアオイはアイーダの本性を知っているため、油断はできない。
「アイーダ様、ありがとうございます」
「そんなかしこまらなくてもよろしいのに。まぁ、ウィンウィンの取引でしたわ。お金で問題が解決できるのに越したことはありません。……特に、アオイさんとの関係が修復されるのは僥倖です」
「何か言いましたか?」
「いいえ、なにも?」
「そうですか……」
アイーダが何かを呟いた気がしたが、聞き取れなかったアオイは追及しなかった。
「ああ、それと。アオイさん、あなたにお願いがありますわ。むしろ、それが私にとっての本題とも言えます」
「えっ、俺にですか?」
アオイは急な申し出に戸惑いながらも返事をする。
シロハもアイーダが何を言い出すのか気になるようで、少し眉間にしわが寄っていた。
アイーダはコホンと咳払いすると、真面目な表情でアオイを見る。
「実は、アオイさんに私を呼び捨てにして欲しいのですわ」
「なっ……!」
「だって、アオイさんはシロハさんのことを呼び捨てにしているではありませんか。それがシロハさんを特別扱いしているように見えて仕方なく……」
「それはそうだ! 私とアオイは友達だからな! 回りくどい方法を使ってアオイを手に入れようとしたどこかの誰かとは違って潔白な関係だ!」
「べつにシロハさんの意見は聞いておりませんの。そこで大人しく貧乏飯でもつついていなさい。……とにかく、私のことは呼び捨てにしてくださいまし。敬称付きで呼ばれると距離を感じて寂しく感じてしまいますわ」
アイーダが切実に訴える。対してシロハは不満げだった。
しかし、アオイはシロハほどアイーダを嫌わないためか、少し考えるような仕草を見せた後に答えを出した。
「いいですよ。別に」
「ほ……ほんとうですの!? ……やった!」
アイーダは小さくガッツポーズを取ると、嬉しさを隠しきれない様子で頬に手を当てる。
そんなアイーダをみて、アオイは心の中で微笑ましく思った。
「それでは要件も終わりましたことですし、私は早速支払いを済ませてきますわ。……まぁ、一部の方には泣いてもらうことになるでしょうけど」
「えっ」
不穏な単語が聞こえ、思わず立ち上がるアオイ。
しかし、シロハはアオイの肩を掴んで引き留めた。
「アオイ、行かせてやれ。首を突っ込まない方が身のためだ」
「そ、そうか……」
アオイとシロハがの苦笑で見送られながら、アイーダは颯爽とした足取りでカフェテリアから出て行った。
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