第34話 永劫を統べし磁戒竜

「い、一体何なんだァーっ!? 再起不能になったはずのスカイドラゲリオンが浮かんでいるー!?」


 実況席にて、マリエルがマイクに向かって叫ぶ。


 コロシアムの中央では、スカイドラゲリオンが地面スレスレで浮かんでいた。

 落ちそうで、落ちない。重力に逆らい続けている。


 目を閉じていたシロハは、恐る恐る目を開けた。


「……?」


 落ちない、なぜ落ちない。

 これは夢なのか、とシロハは思う。


 ────しかし、シロハはすぐに奇跡ではなく現実なのだと悟った。


「わ、わ、わぁ!」

「おいフィリス! お前、体が浮かび上がろうとしてるぞ! 何か悪いものでも食ったか!? 身長を伸ばすために霊能に頼るのはあれほどやめとけって言っただろ!」

「ち、違うわよ! 私じゃなくて私の特注ブーツが引き寄せられてんの! 何これ……このッ!」


 シロハの隣で足をバタバタとさせるフィリスとそれを慌てて抑えるライザ。

 フィリスのシークレットブーツが、何かに引き付けられるように暴れていた。


 いや、異変はそれだけではない。地面から湧き出る黒い粒子や、観客の所持物……正確には鉄製品がスカイドラゲリオンに向かって集おうとしていた。

 まるで、本来の主を見つけたかのように。


 この異常現象……このような非現実的な事象を、シロハは一つしか知らない。

 ハッとして顔を上げる。


「まさか……覚形!」

「ちょっとシロハ、私の靴を抑えるの手伝ってよ!」


 友のSOSも、目の前のことに釘付けになっているシロハの耳には届かない。


 コロシアム中の鉄がスカイドラゲリオンの損傷部に集まり機体を修復していく。

 表面が脈動し、機能が回復、そして強化されていった。


「フィリス! アオイがついに覚形を発現させたぞ!」

「その前に私をどうにかして……ま、待って! 靴紐をほどこうとしないで! 地味に高いんだからこの靴! 死守するのよ、死守!」


 シロハ、フィリス、ライザは混沌とする観客席の中でスカイドラゲリオンを見守る。

 ────新たなる王の誕生を。


『ゴギャアアアアアア!!!』


 竜を思わせるような金属音の咆哮がコロシアムに響く。

 腕には爪、装甲には鋼鉄の鱗、鈍くひかる光沢と重厚な尾を持つ群青色の竜機。


 空と大地を統べる朽ちぬ竜、スカイドラゲリオンの覚形形態だ。


 ***


 アオイは目の前の光景に震える。


「これが……『磁戒竜ドラグマ』……!」


 疲弊も興奮により感じない。全てが自分の思うがまま、何でもできるような心地がした。

 全身から力が溢れてくる。


「ありがとう、感謝する」


 アオイは浮かぶ磁戒竜に感謝の言葉を言う。

 そして、空中で体勢を整え戦闘継続の構えをとった。


「な……この土壇場で覚形を発現させるですって……!」

「アイーダ様、あなた様にも感謝します。大事なのは……心でした」

「何を言っているのです……? 」


 動揺を隠せないアイーダ。

 こうして目の前の事象を理解しようとしている間にも事態は進む。


 磁戒竜ドラグマの体表に蒼い模様が現れた。

 それは幾何学的な模様をしており、徐々に体のあちこちに広がっていく。


「アイーダ様、これが俺の本気……スカイドラゲリオンの覚形、『磁戒竜ドラグマ』です」


 その瞬間、スカイドラゲリオンの周囲に集っていた砂鉄の集合体が弾け飛ぶ。

 細やかな鉄のつぶてはあらゆるものに付着し……幻を暴いた。


「やはりそうでしたか……アイーダ様。『鏡道化アルカンルミラ』の力は光、ですね?」

「……」


 六体のパルマークスとは別に、鉄粉に覆われた七体目のパルマークスが現れた。


 そう、六体のパルマークスは全て『鏡道化アルカンルミラ』によって生み出された光の幻。光の屈折を利用して像と影を作り、本体である自身は背景を透過して身を隠す。

 故に、アイーダは常に第三者目線から戦況を見ることができ、アオイを手玉に取ることができていたのだ。


「おおっとぉ! ついに死神が白昼のもとに引きずり出されたぁ! さぁアイーダ選手、ここからどうするのかぁーっ!?」


 実況席からマリエルが叫ぶ。

 しかし、観客は静まり返っている。誰もが、目の前の状況を信じられないからだ。


「……だ、だから、なんだという話です。たかだか覚形を発現させた程度で、私は倒せませんよ?」

「ええ、それは重々承知していますよ。経験はアイーダ様の方が上ですから」

「ならばなぜ、わざわざこちらの能力を教えてきたのです!? 今のあなたなら、私を出し抜いて攻撃することもできたはず!」

「いいや、そうではありませんよ……」


 アオイは静かに目を瞑り、胸の前で手を握りしめ祈るように言った。


「俺達の前に敵は無し、俺達の覇道に障害は無し。だから正々堂々とあなた様を倒さないと、ドラグマに怒られると思ったんですよ。相手の推定を超える力を持って、俺はアイーダ様を倒します」

「……ッ!  調子に乗るんじゃありませんよ!」


 アイーダの瞳孔が開き、七体のパルマークスの鎌が再び光り輝く。


「『光華七閃フュレー・ルーミラ』!!!!!」


 そして、一斉にスカイドラゲリオンに向けて振り下ろした。

 虹色の一閃が、青色の胴体に向かって放たれていく。


 しかし、スカイドラゲリオンは動かない。

 その様子に、アイーダは疑問を抱く。


(なんでしょう……。この感覚は)


 彼女の直感は告げている。この勝負に勝てると。

 なのに、なぜか不安と焦燥感を覚える。


 そして、アイーダは見た。


「……!」


 スカイドラゲリオンの前に現れた巨大な鉄の盾が『光華七閃フュレー・ルーミラ』を防ぎきったのを。


「これは一体……!?」

「『磁戒竜』の力は、磁力。鉄と力場を操る力です。……アイーダ様は知っているでしょうか? 金属は光を『反射』するのですよ」

「ッ!?」


 アオイは磁力が持つ能力をこの場にいる誰よりも理解していた。

 なぜならこの磁力の力は……修理屋では日常的に使っていたものだから。


 鉄も、力場も、アオイは熟知し、経験していた。

 日常で培った磁力の扱いに対する経験値はアイーダの戦闘経験をも容易く超える。


 故に、金属により光を反射できるスカイドラゲリオンにパルマークスの攻撃は通用しない。

 相性が、絶望的だ。


「さあ、次はこちらの番です!」

「なっ……!」


 スカイドラゲリオンの体から青い稲妻が走り、周囲に浮く金属へとまとわりついていく。

 すると、周囲の物質はスカイドラゲリオンの手元に引き寄せられるようにして集まっていく。


「……ところでアイーダ様。『光華七閃フュレー・ルーミラ』の反射された光はどこに行ったのでしょうか?」

「それは……まさか!?」

「ご明察の通りです!  あなたの技は、そのままお返しします!」


 アオイの言葉に遅れて、反射されたはずの『光華七閃フュレー・ルーミラ』がスカイドラゲリオンの頭上から降ってくる。

 空から注ぐ太陽の光を受け、空中に浮かんでいる鉄の鏡にさらに反射し、『光華七閃』はさらに強力になって帰って来たのだ。


 そして、空の力を受けた『光華七閃』は大地の産物である最後の鉄の鏡に────────反射した。


「『鏡道化アルカンルミラ』ッ……!」


 アイーダが覚形の力で向ってくる光を霧散させようと試みる。しかし自身最大の攻撃を完全に霧散させるのには時間が足りない。


 光速の槍は見違えるように細くなっていくものの、止まることはない。


「いけぇえええええええ!!!!」

「あああっ!!」


 そしてついに……光の刃がパルマークスへ到達した。

 パルマークスの胸部にかつてのスカイドラゲリオンのような大穴が穿たれる。


 致命傷を負ったパルマークスはよろめきながら後退し、壁にもたれかかった。


「アオイさん、まだ……まだで……ッ!? パルマークス!?」


 アイーダの思いも空しく、パルマークスが沈黙する。モニターに映るのは『緊急修復中』の文字。

 その瞬間、アイーダは悟った。


 自身の持つ手は出し尽くしたのだと。これ以上、何もできないのだと。


 力なく操縦桿から手を放し、うつむく。


(完敗……ですわ……)

「パルマークスの再起不能を確認。よって勝者はアオイ選手に決定いたしました!!」


 実況の声を聞き、観客から歓声が上がる。


 アイーダが下げていた顔を上げる。

 空を背景に穴から覗くのは群青の竜機。この場の勝者は自分だと誇示するかのように悠然と佇んでいる。

 しかし、アイーダは敗北を悲しむどころか、その光景を見て微笑んでいた。


 この感情はアイーダにも分からない。悔しい、限りなく悔しいのだが、同時に嬉しくもあった。


「美しい……ですわね」


 歓声に包まれながらシロハに手を振るスカイドラゲリオンを見て、アイーダはいつまでもその光景を眺めていた。

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