第33話 覚醒
「ッ!」
「……ふぅん、随分と避けますわね。やはりフィリスさんの弾幕をかいくぐっただけのことはありますわ」
アイーダが感嘆の混じった賞賛をアオイに送る。
一方、アオイの方は息も絶え絶えと言った様子だった。
「はぁ……っ、く……」
「あら、もう限界ですの? では、この一撃で終わりにして差し上げましょう」
六体のパルマークスは両手に握る鎌を構え、その切っ先を向ける。
「……ッ!」
ガキンと刃が重なる音が響く。
「あら、まだ動けましたの。なかなかしぶといですわね……ですが」
「……っ!」
アイーダの挑発にも似た称賛に対して、アオイは言葉を返す余裕もない。
何故なら、すぐ後ろにはもう一体のパルマークスが迫っているからだ。
「……くっ」
アオイは必死になって逃げるが、それも長くは続かない。
「チェックメイトですわ。覚形が使えない割にはよく逃げました」
「……っ!」
アイーダが勝利宣言をすると同時に、二体目のパルマークスの鎌が振り下ろされる。
その攻撃は、スカイドラゲリオンの背に大きな傷を与えた。
アオイの電脳視界に緊急事態の文字が浮かぶ。
しかし、アオイそれでもは諦めない。
(……ッ! こんなところで、終われるか!)
アオイは最後の力を振り絞り、スカイドラゲリオンを跳躍させる。
だが、その行動はあまりにも無謀であった。
空中で身動きが取れず、そのままパルマークスの攻撃を食らうのは必至である。
事実、アオイもそれを理解していたのか、表情は苦々しいものだった。
「玉砕覚悟……ですか。潔くて結構なことですわ。ならば、私も最大の技でお相手いたします」
そして、スカイドラゲリオンが地面に激突しようとした時、アイーダは最後の一手を繰り出した。
その技は芸術とも言える至高の技。
六体のパルマークスが持つ鎌が虹色に輝き、それぞれが独自の軌道を描きながら一つの巨大な斬撃へと変わる。
それはまるで、天空から降り注ぐ光の雨のように美しくも、力強いものであった。
その光景を見た者は、誰もがこう思うであろう。
―――美しい、と。
「大いなる光に焼き貫かれなさい。────────『
六つの斬撃が収束し、一条の光となってアオイを襲う。
スカイドラゲリオンの胸部が膨大な光によって切り刻まれていく。
そして、数秒後にはアオイの乗っているコックピットにまで攻撃が貫通していた。
「まぁ、ざっとこんなものでしょう」
アイーダがそう呟き、上空を見上げる。
そこには、大穴を穿たれて煙を上げるスカイドラゲリオンの姿があった。
***
アオイは大きく開いた穴からどこまでも広がる青空を見る。
雲一つない空だ。
しかし、今の彼にはその青さが憎らしく思えた。
「……ちくしょぉ」
アオイは悔しさに満ちた声で小さく呟く。
彼の目からは涙が零れ落ちており、頬を伝った。
シロハとの約束が守れなかった、という罪悪感と敗北による絶望感が入り交じった感情が彼を襲っていたのだ。
「ごめんな、シロハ」
アオイは無意識のうちに謝罪の言葉を口にする。
勝てなかった、あんな大口を叩いておいて結果がこの始末。自分の情けなさに嫌気が差す。
『……違うはずだ』
「ッ!?」
突如として聞こえてきた謎の声に、アオイは驚きの声をあげる。
『それは貴様の本心ではない』
再び、謎めいた言葉が発せられる。
「……誰だよ?」
アオイは警戒心を露わにしながら訊ねる。
しかし、声は
『時間が無いのでな。少々荒っぽいが許せ』
「ッ!?」
アオイは痛みに耐えられず、頭を抑える。
そんなアオイを無視して、謎の声は一方的に話を進める。
アオイは必死になって抵抗しようとするが、体が思うように動かない。
まるで金縛りにあったかのような感覚だった。
『安心しろ。すぐに終わる』
「…………ッ!?」
アオイの視界が切り替わる。
─────そこは、先ほどまでいたコロシアムとは似ても似つかない場所であった。
空には青い景色の代わりに穴の空いたスカイドラゲリオンの姿がモノクロームで投影されている。
ゆっくり、ゆっくりと落ちながら。
「ここだ、たわけ」
「ッ!」
アオイが振り返る。
「誠に不本意だ。我が折れる形になるとは」
アオイの見上げる先には、一人の女性が荘厳な玉座で足を組みながらこちらを見つめていた。
青銀の髪に赤い瞳、そして黒いドレスが特徴的な女性である。
彼女は不機嫌そうな顔をしながらアオイに向かって吐き捨てるように言った。
「なんだ、あの戦いは。不甲斐なさに反吐が出るぞ」
「うっ……そ、それは」
アオイは彼女の言葉に反論できない。
事実、自分の無力さを痛感させられた戦いになってしまったからだ。
「全く……貴様は弱すぎる。自身が何に乗っていて、それまでにどれだけの時が流れているのかを自覚しておらぬ。腹立たしい」
謎の女はアオイを見て、やれやれといった感じで言う。
そんな呆れた物言いをする謎の女に、アオイは言い訳を呈した。
「そ、それは『覚形』が無いから仕方ないんじゃ……」
「黙らんか」
女の一言がアオイの言葉を遮った。
「そのようなものは弱者の言い訳に過ぎぬ。我の前におる者が有象無象の弱者の一人とは思いたくはない。せめて口ぶりだけは強者たれ」
「え、えぇ……」
アオイは困惑した表情を浮かべることしかできなかった。
こいつ一体なんなんだよ……、と。
しかし、そんなことは全く気にせずに、謎の女は傍若無人に続ける。
「貴様……強くなりたいか?」
「あ……ああ」
「そうか。ならば、単刀直入に問うとしよう。我に貴様の価値を示せ」
アオイは首を傾げる。
「貴様は我に何を示す」
「は?」
「……要するに、我が力を与えるに値する事を言えと言っているのだ。三度も言わせるな愚か者。殺すぞ」
高圧的に自身の髪を払う謎の女の言葉を、アオイは反芻する。
自分の価値……考えたこともない。
だんだんと、女の眉間の溝が深くなる。
「早くしろ、たわけ。こうしている間にも機体の限界が近づいておる。……上を見ろ」
女に言われ、アオイは女の指差す方向を見た。
空に投影される景色では、空中にいるスカイドラゲリオンがもうすぐ地面と激突しようとしている。
まともに墜落すれば大破は必至だ。
「なっ……!」
「はよせい。もって二分だ、それが刻限。後戻りはできんぞ」
女が指を鳴らし、砂時計を出現させた。
砂が下へと流れ落ち、どんどん少なくなっていく。
時間が可視化されたことで、アオイの焦りが悪化し、頭が真っ白になった。
(今の俺に何があるって言うんだ……。約束が守れない俺に……価値なんてない)
砂時計の下部に四分の一の砂が積もり、スカイドラゲリオンと地面の距離がさらに狭まる。
(期待を裏切るような俺に、価値なんてない)
砂時計が半分をきり、女の苛立ちが加速する。
(俺なんて……俺なんて……)
砂時計が残りわずかとなり、アオイの心が壊れかける。
不甲斐ない、非力な自身を責めた。
────────と、空にある少女が映る。
「シロハ……」
両手を合わせ、自分のために祈っているシロハ。それを見たアオイは心が締め付けられた。
いまだに、彼女の目は諦めていない。アオイがどうにかしてくれると、頑なに信じてくれている。
今にも折れそうなアオイを。
「そうだ……。俺は……負けちゃいけないんだ」
「…………」
まだ負けていない。負けたら、シロハが悲しむ。
己が背負っているものを再認識し、アオイは顔を上げた。
「女……俺に力をくれ」
「……ぬ?」
「力をくれたら……俺の価値を示してやる。お前の期待通りの……いや、期待を超える価値を叩き出してやる!」
アオイは必死に頭を回転させ、なんとか言葉を紡ぎ出す。
断言するように、自分に言い聞かせるように、一字一句を刻み込む。
これは謎の女への挑戦と同時に、アオイ自身による己への宣誓でもあった。
その言葉を聞いた女は、顎に手を当てながら少し考え込んだ。
「ふぅん……」
「だから、俺にアイーダ様を倒せる力を……これから先、どんなこんなにも打ち勝てる力をくれ! 俺は……俺は、誰にも負けたくはないんだ!!」
心からの叫びを、アオイは声を枯らして叫ぶ。
もし、この戦いを切り抜けたとしても更なる苦難が待っているだろう。ならば、自分はこれまで以上に力を必要とする。
もう……誰かを悲しませるような顔をさせたくはない。
「俺は強くなくちゃいけないんだ! 俺だけじゃない、俺を信頼してくれている奴らのためにも!」
「…………ふっ、面白い。これからの貴様の人生に敗北の二文字は無いというわけだな」
女はアオイの必死さを見て、満足気に口角をあげる。
滑稽だと、それでいて真剣だと、女は笑った。
砂時計がピタリととまる。
「それでよい、その勝利への渇望が貴様の価値だ。十分に示された。……ただし、貴様がその言葉を違えたら……わかるな? 我は嘘が嫌いだ。今まで隙あらば負けに逃げようとしてきた貴様のような愚か者の、な」
女は玉座から立ち上がり、アオイに言う。
「我が力は覇の力。全ての空間を支配し、相手を等しく屈服させる。……アルカンルミラの光など取るに足らぬわ」
その時、女の足元からモノクロームの世界がひび割れ、目が覚めるような青が広がった。
大空が、彼女を称える。
大地が、彼女を祝福する。
全てが彼女の前にひれ伏してしまいそうな迫力に、アオイは質問を禁じ得ない。
絞り出すように、アオイが問う。
「お前は……一体何者なんだ?」
大気を震えさせる力の奔流と圧倒的な覇気を纏った女は腕を天に掲げる。
「我の名か…………たった今、思い出した」
目を鋭く輝かせた女はニヤリと笑い、世界に向け高らかに叫んだ。
自らの存在をこの世に知らしめるかのように。
「我が名は『
スカイドラゲリオンの真の力が今────覚醒する。
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