第32話 VSアイーダ その3
……それは、一瞬の出来事であった。
鎌が首へと振り下ろされる寸前でスカイドラゲリオンがパルマークスの腕を掴む。
そしてスカイドラゲリオンはその場で身を翻し、パルマークスの腕を肩にのせ振りかぶった。
「なッ!?」
「でりゃあ!」
パルマークスがスカイドラゲリオンの上に乗り、空中へと放り投げられる。
それは紛れもない武術の技……『一本背負い』だった。
「ぐぅっ!」
アイーダは背中を強打し、息を詰まらせる。
生身の人間でも鈍重な痛みが走るこの技。竜機の重量であればその威力は言うまでもない。
「くっ……!」
苦痛をこらえ、アイーダはすぐさま立ち上がろうとするも、スカイドラゲリオンの追撃の方が早かった。
スカイドラゲリオンはパルマークスの懐に入り込むと、今度は両腕を掴み、地面に押さえつける。
「どうです? 竜機で締め技をきめると抜け出せないものなんですよ。人間と違って関節を外せるわけでもありませんからね」
「くっ……! 離して下さいませ……!」
アイーダは必死に抵抗するも、スカイドラゲリオンの拘束からは逃れられない。
パルマークスに搭乗するアイーダの表情には焦燥感が滲んでいた。
十二機神姫のアイーダでも竜機で関節技をかけられた経験はない。まさに、前例のない『奇策』。
「降参しますか?」
アオイは肩で息をしながら問いかけた。
もう終わってくれと願いつつ。
(まさか、私相手にここまで追い詰められるとは)
アイーダは自分の油断を自覚すると同時に、アオイに対して敬意すら抱いていた。
アオイはアイーダの実力を知りながらも、正面から戦い、その上で勝利を収めようとしているのだ。
「……ふふふ、あなた、本当に面白い方ですね」
アイーダは観念したのか抵抗をやめて微笑む。
「えぇ……こんなに楽しい勝負は初めてかもしれませんわ」
「なら、もういいでしょう。これ以上はあなたの体に負担がかかりますよ。それに……」
「でも、想定内」
「ッ!?」
アイーダの予想外の言葉を聞き、アオイの顔つきが変わる。
アイーダは続けて言った。
「私の予想だと、アオイさんは早期決着を狙おうとしている。そうでしょう?」
「……」
「怖いのでしょう? パルマークスの覚形、『
アイーダの声色が変わり、アオイの背筋に鳥肌が立つ。
……否、これは予想していた。こうなることは目に見えていた。
だからこそ、アオイはこの戦法をとったのだ。
パルマークスを押さえつけているこの状況こそ、覚形を封じることのできるアオイの解答。
……だが
「アオイさん……甘く見ないで下さいまし」
アイーダが不敵な笑みを浮かべ、呟く。
直後、パルマークスの体が眩い光を纏い始めた。
しかし、アオイは冷静に対処する。
「アイーダ様、この状況から覚形を使ったとしても拘束は解けませんよ」
「確かにそうかもしれません。……けれど、どんな絶望的な状況でも幻にしてしまうのが『
瞬間、アオイの視界まばゆい光に包まれる。
「……なッ!?」
「パルマークス────『
反射的に怯んだアオイがすぐに目を開く。しかし、先ほどまで目の前にいたはずのアイーダの姿はどこにもなかった。
「さぁ、『幻夢』アイーダの夢物語、始まり始まり」
背後から聞き覚えのある声が聞こえる。
アオイがとっさに振り向くと、そこには
「はたして、竜騎士様は本当の姫君を見つけることができるのでしょうか」
スカイドラゲリオンを囲むように佇む六体のパルマークスが、より凶悪になった大鎌を構えていた。
***
「やっぱりこうなったわね。甘いのよ、アホ」
観客席でアオイを見守っていたフィリスが呆れたようにため息をつく。
その声からは、苛立ちがにじみ出ていた。
「パルマークスの覚形は今のアオイじゃ突破できないでしょうね」
「……」
フィリスの言葉を、隣にいるシロハが黙って受け止める。
「アオイ……」
「まぁ、シロハの気持ちも分からなくもないわ。アオイの機転にすがりたい気持ちもわかる。……でもシロハ、アンタなら分かっているでしょう? 『
「……うん」
小さくシロハは頷く。
その表情はどこか憂いを帯びており、それはまるで何かに思い悩んでいるような顔だった。
そんなシロハを見て、フィリスは思わず眉間にシワを寄せてしまう。
「あーもう、この子ったら。アオイの心配ばかりして……まぁ、それも仕方ないわね」
と、その時、フィリスの頭をポンと叩くものが一人。
「よっ、チビフィリス。相変わらず小さいから一発でわかったぜ」
「なッ……!」
印象的な赤毛と小麦色の肌を持つ少女がフィリスの頭に手を置きながら、ニヤリとした笑みを浮かべる。
「だ、誰がチビよ! プリチーボディーって呼びなさいよ!」
「あーはいはい、プリチビーフィリス」
「この女っ……!」
「うおぉ、怖ぇ。やっぱ小さなワンコロはすぐに噛みついてくるな」
フィリスが怒ると少女はすぐに手を離した。
そのやり取りを見て、シロハが目を細めて急に現れた少女を睨む。
「なんだ、ライザ。今の私はそういう気分じゃない」
「お、おう。なんか悪かったな」
突然現れた少女の名はライザ。シロハやフィリス、アイーダと同じ十二機神姫の一人である。
「それで、何しに来た。冷やかしなら帰ってくれ」
「ん? ああ、なんかお前のお気に入りが奮闘しているなって思ってな。なんかこう、オレと戦闘スタイルが似ているもんで。えーっと、名前は……」
「アオイ」
「おお、それそれ。超新星のアオイさんだ。……ちょっとフィリス。そこをどいてくれ、立ってるの疲れた」
「な、何よ! アンタ、私に指図できる立場だと思ってるの!?」
「思ってねぇよ。ただフィリスが一つの席を占拠するよりも、まずは私が椅子に座って、オレの膝の上にフィリスが座った方が合理的だって思ってな」
すると、ライザはフィリスを軽々と抱え上げ席を強奪。
その際、フィリスが抵抗するも、結局は為す術もなくライザの膝の上に乗せられてしまった。
そのまま流れ作業のようにライザはフィリスの頭を撫でながら言う。
「よし、これでいいな。……んで、あのアオイとかいう奴の話に戻るけどよ。オレの予想だとアオイってやつ、相当ヤバそうな感じだな」
「……ライザの目から見て、今の状況をどう見える」
シロハが尋ねると、ライザはしばらく考えてから答えた。
「まぁ、なんつーか、ありゃかなり苦戦しそうだ」
「そう……」
「オレはあんまりまどろっこしいことは嫌いだから突っ込むけどよ、オレのジェルミナイトはそれに耐えうる硬度の竜機だし。……んだが、あの人工竜機はゴリ押しで攻撃を通すには構造が華奢過ぎだ。『覚形』があるならいざ知らず、今のアイツじゃ無理だろう」
「……アオイが負ける?」
「さぁな。でも少なくとも、アイーダに勝つのは難しいだろ。そもそもパルマークスの覚形は竜機の中でも特殊だ。アイーダとの戦いには竜機の相性ってものが顕著に表れる。あの人工竜機は誰の目から見ても絶望的だろ」
ライザはそれだけ言って黙る。
シロハはその言葉を聞いて、少しだけ考えるそぶりを見せた後、口を開いた。
「もし、アオイが勝てなかったら……」
「まぁ、あの竜機手はお前の手元から離れるってわけだな。今のうちに別れの言葉でも考えとけ」
「……」
同情するライザにシロハは俯くだけであった。
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