第31話 VSアイーダ その2

会場内に響く実況の声に合わせるようにして、闘技場全体が熱気に包まれていく。

それはまさに、今から起こる戦いへの興奮を代弁しているかのように思えた。


そんな中、アオイは雑念を払って目の前の竜機パルマークスを見据える。


(やっぱすげー迫力だな)


アイーダの乗る竜機、パルマークスの外見はピエロ。しかし大きな鎌を持っていることから『死神』とも揶揄される。

アオイも噂に聞いたことはあったのだが、実際に見るとその大きさに圧倒された。


「さぁーあ、始まりますよぉ! フィリス選手相手に大金星を挙げたアオイ選手だ勝利するのか、それともアイーダ選手が十二機神姫をの威厳を見せ格の違いを証明するのか!」


実況のマリエルの声と共に、場内を静寂が支配する。


「それでは、皆さん一緒にぃ……………試合開始ぃーッ!」


そして、合図と同時に動き出す。

先に動いたのはアオイだった。


まずは小手調べとい言わんばかりに、スカイドラゲリオンの仕込み刀でパルマークスに斬りかかる。


「無駄ですわ」


しかし、その攻撃はあっさりと避けられてしまった。


「おーっと、アオイ選手の攻撃が空振り!  やはりアイーダ選手の操縦技術は素晴らしい!  さすがは十二機神姫と言ったところでございます!」


そんなマリエルの解説を聞きながら、アオイは内心舌打ちをする。

アイーダの操るパルマークスは、アオイの想像を上回る速度で移動した。

そして、アオイの攻撃を難なく避けた後に反撃に移る。


「あなたの攻撃、フィリスさんの戦いのときに勉強させてもらいましたの」


パルマークスの持つ巨大な鎌がスカイドラゲリオンに向かって振るわれた。


アオイは咄嵯の判断でスカイドラゲリオンを操作し、体を横にひねって回避行動を取る。


「おっと、これは凄まじい攻防だァッ!! 互いに一歩も譲らないッ!!」


そんな実況の声が聞こえてくる中、アイーダの操るパルマークスが追撃を仕掛けてきた。

今度は大ぶりではなくコンパクトな操作での薙ぎ払いだ。


「ッ!」


それを、アオイは後隙に攻撃を加えようと体をそらし回避……しようとしたが、嫌な予感が走る。


(……違う! これは罠だ!)


瞬間、アイーダの意図に気付いたアオイは、即座にスカイドラゲリオンを横へと跳躍させた。

その直後、アオイがいた場所をパルマークスの大鎌が通過し、地面に深々と突き刺さる。


「へぇ、これも避けるのですね。素晴らしいですわ」

「は、はぁ、お褒めに預かり光栄で……」

「ですが、それも想定済み♪」


そして、アイーダはアオイの動きを読んでいたとでもいうように、すぐさま次の攻撃を仕掛けた。

鎌が突き刺さった地面から亀裂が走り、スカイドラゲリオンへと穿たれる。


アイーダはアオイの油断を誘うためにわざと隙を作っていたのだ。その狙いはアオイがパルマークスの一撃を回避すること。

アイーダは前の試合の時点でアオイの実力を見切り、「アオイならこの攻撃も回避する」という確信を持っていた。


無理やり攻撃を仕掛けてきたアイーダにアオイは驚愕する。


「ッ!?」

「『隙の生じぬ二段構え』というやつですわ。私は単細胞なシロハさんやフィリスさんとは違いますの」


スカイドラゲリオンにせまる鋭い刃を見て、アオイは冷や汗を流す。

だが、それでもまだ諦めてはいない。


「くっそ、マジかよ」


アオイは悪態をつくと、スカイドラゲリオンの刃でなんとか受け止めた。

しかし、その表情には焦りの色が見える。


「あら? どうしましたの?」

「……」

「まさか……これで終わりではありませんよね? シロハさんやフィリスさんに勝ったアオイさんともあろうお人が」

「……ッ」


アイーダの言葉に、アオイは歯噛みした。

アイーダの神経を逆なでするような言葉がアオイの心を乱す。


操縦者のコンディションが顕著に表れるスカイドラゲリオンにとって、焦りは禁物だ。


「さぁ、次はどんな手で私を楽しませてくださるのでしょうか?」


アイーダの挑発的な声が響く。

しかし、その言葉をアオイは無言で聞き流した。


(落ち着け、俺)


そう自分に言い聞かせて、アオイは冷静さを保とうとする。


「さっきまでの威勢はどこへ行きましたの?」


アイーダが煽ってくるが、アオイは無視して思考を巡らせる。

いつも通り動けばいい話だと、自分に言い聞かせた。


(まずは相手の出方を見る……)


アオイの乗るスカイドラゲリオンが持つ仕込み刀はパルマークスと相性が悪い。

パルマークスは動きも機敏で攻撃も不規則。

それに加え、パルマークスの持つ巨大な鎌はリーチが長い。懐に飛び込むのは危険だった。


「ほら、早く来てくださいまし」


パルマークスは大鎌を構えて待ち構えている。

しかし、アオイは動かない。


(誘いに乗ってはダメだ)


アオイはアイーダの攻撃を待っていた。

アイーダが攻撃してくるタイミングに合わせてカウンターを狙う。それがアオイの出した答えだった。


アオイはアイーダのファンであるだけあって、彼女が試合は昔から自宅のテレビで視聴している。そのため、パルマークスの攻撃パターンは幸いにも把握していた。


パルマークスの鎌による攻撃は、主に振り下ろしと薙ぎ払いの二種類。

そして鎌の特性上、目標に向かって振り下ろすときにほんの数秒の間がある。そこに合わせるように攻撃を加えればパルマークスにダメージを与えられるはず。


「……」

「あら、急に攻撃をやめましたね。降参ですか?」

「…………」

「ふむ、だんまりを決め込みますの」


アイーダは、スカイドラゲリオンが無反応なことに疑問を抱いた。


(どうして攻撃をしかけてこないのかしら?)


アイーダは挑発に乗ったアオイが仕掛けてくると思っていたため、拍子抜けしてしまう。

しかし、余裕を持ったまま、彼女は思考を加速させた。


「……なるほど、私の出方を伺えばいいと思ったのですね」

「っ!?」

「シロハさん達は伺う前に突っ込んでくる超攻撃型の戦闘スタイルです。一度でも攻撃を許せば防戦に徹することになる。ですが、私のパルマークスならその心配はないと踏んだわけですか」


パルマークスのコックピット内で、アイーダはうすら笑みを浮かべた。

日々腹の読みあいを行っている自分にとって庶民の思考を推測するのは造作もないこと、とでも言いたげに。


「しかも、奇妙にも私の構えと酷似していますね。真似てくれて非常に嬉しく思いますわわ。……では、私も少し遊ばせて貰いましょう」


そして、アイーダはパルマークスを動かし始めた。

その様はまさにフィリス戦の時のスカイドラゲリオンに似ている。


姿勢は低く、空気抵抗を最小限に。あらゆる状況にも対応できるよう重心も低い。


「このために私、久しぶりに練習しましたの。あとで評価を聞かせてくださいな」


瞬間、パルマークスが鎌を振りかぶった状態でスカイドラゲリオンの眼前に現れる。


「ッ!!」


アオイは紙一重で両腕の刃を交差させ受け止めた。

しかし、完全に防御が間に合ったわけではなく、衝撃でスカイドラゲリオンの体勢が崩れてしまう。


「あら?  どうしました? あなたから学んだのですよ?」

「まさか……縮地……!」


アイーダの動きを見て、アオイは驚愕した。

縮地はスカイドラゲリオンに乗るアオイだから可能な技。並みの竜機では頭が爆発してしまいそうになるほどの超絶技巧が必要である。

アオイの縮地よりも速度こそ劣るが、それをアイーダは平然とやって見せたのだ。


(なんてやつだ!  俺の技術を盗んできたとは)


アオイは焦りを覚えた。

この体勢ではスカイドラゲリオン本来のスペックが発揮できない。


「どうしました?  そんなものですか?」

「くそ……ッ」


じりじりと狡猾で残虐な鋭い弧がスカイドラゲリオンの喉元へ迫る。


「どうしました?  反撃しないのですか?  このままだと負けますよ」


アイーダはほくそ笑みながらアオイを追い詰めていく。

体を限界まで後ろに倒したスカイドラゲリオンではパルマークスの大鎌を弾き返すことは到底不可能。決着は火を見るよりも明らかだ。


「さぁ、これで終わりに……」


この圧倒的に有利な状況に、アイーダは自身の勝利を確信した────────その時だった。


「アイーダ様……」

「はい、なんでしょうか?」


突然聞こえたアオイの言葉に対し、パルマークスのコックピット内にてアイーダは余裕を持った声色で話を促す。

自身の勝利はゆるぎない。これで目の前の竜機と竜機手は自分の物。


しかし……


(……おかしい。何かが……何かが違う)


アイーダは言いながらに気づいた。

こんなにも絶望的な状況で、アオイの声が冷静さを纏っていたことに。


アオイの自信に見当がつかない。しかし、何かを企んでいる。

自分が気づいていない何かの存在を察したアイーダの頭からさっと血の気が引く。


……が、聞かずにはいられない。


「アオイさん、いったい何を企んで────!」

「知ってると思うんですけど、この刃……自由に収納できるんですよ」


アオイがアイーダにかぶせて言い終わるや否や、スカイドラゲリオンの腕からブレードが消えた。

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