第30話 VSアイーダ その1

「はぁ……結局努力の域を脱しなかったなぁ……」


またまた来てしまった競技場。もう絶対に足を運ばないと固く固く誓ったはずなのに。

もう勘弁、とアオイは頭を抱えながら思う。


「ああ、いましたいました。アオイせーんぱいっ」


と、奥からひょいっと幼げな顔が飛び出した。

アオイは気になり、明るい声のする報へ顔を向ける。


「……ああ、エルか」

「あーりゃりゃ、陽気な感じで声をかけることで元気づけてあげようと思ったのに。塩対応ですね、塩対応先輩ですね。……まぁ、心中は御察ししますよ。お悔み申し上げます」


しかし、アオイの反応は非常に淡白なものだった。

顔からあふれる焦燥にアオイは嫌気がさす。


だが、エルはその奔放な性格を生かしてアオイを盛り上げようと奮闘。


「で・す・が、先輩なら勝てるとボクは信じています。なんてったって、先輩はシロハ様にもフィリス様にも勝ってるじゃありませんか。これはもう運命、先輩は竜機に愛されているんですよ」

「愛されていたらこんなことにはなってねぇよ」

「フフフ、ようやくツッコミを入れてくれましたねぇ。……まぁ、それを含めても愛されていると僕は思いますよ。親は我が子を思うがために試練を与えるって言うじゃないですか。正念場ですよ、先輩」


茶目っ気のある目でエルがガッツポーズをとる。


正念場……一体自分はいくつの正念場を越えなければならないのか、とアオイは思う。

未来を思えば思うほど憂いが増し、アオイはがっくりとうなだれた。


「……それと、先輩。ボク、先輩のために少し面白い情報を手に入れて参りました」

「情報だと?」


情報と聞いて、アオイは急ぎ顔を上げる。

願ってもいない、もしかしたらこの状況の打開になる情報になるかも知れないと胸を躍らせた。


「ええ、ボクは優秀な後輩なので。聞きたいですか?」

「聞きたい! 教えてくれ、何でもいい!」

「わかりました、わかりましたって。そんなに揺さぶらないで下さいよ」


アオイの手から抜け出し、エルが深呼吸ををする。

手首には赤い跡ががついている。アオイの思い必死さの表れだ。


自分の危機を感じたエルは咳払いをしてアオイにその情報を告げた。


「その情報というのはですね……『竜機は実は生きているんじゃないか』説です」

「何だよ、そのオカルト理論は」


エルから言われた眉唾物の説にアオイは顔をしかめた。

シロハから言われた『竜機と共鳴する』と同じくらいの拒絶感を覚える。

そんなこと、あるわけがないじゃないか。


そんなアオイに対し、エルがなだめつつ言う。


「だって考えてもみてください。竜機は自己修復を行うんです。まるで生きたいとでも言いたいかのように。……それなら生きていてもまったく不思議ではないとは思いませんか?」

「それはただの機能の一部だろうが。鋼鉄の機械だぞ? 生きているわけがない」

「まぁ……そう言われるとぐうの音も出ませんが。ですが、竜機が生きているなら……正確には意志を持っているのなら説明がつく点も多いんですよ。…………もう時間がありませんので詳細は省きますが」


エルが示す指の先を見て、アオイは息を飲んだ。

せまった刻限に口が開く。


「ボクが言えることはここまでです。頑張って下さいね、先輩。観客席で応援しています」


エルはそれだけ言って、手を振って走り去っていった。


残されたアオイは再び競技場へと視線を向ける。

そこには、今にも爆発しそうな緊張感があった。

観客たちは固唾を飲み、競技場を見つめている。


────────そして、ついにその時が来た。

競技場内にアナウンスが流れる。


「お待たせいたしましたぁ!」


会場内のざわめきが最高潮に達し、競技場に緊張と高揚が走る。

アオイもまた緊張を感じながら、アナウンスの声を聞いた。


「今回の試合の実況を務めさせて頂きますは高等部二年の広報窓口にして十二機神姫の一角を担わせてもらっております。『絶唱』マリエルでございます! どうぞよろしくお願いしまーす!」


元気な声が競技場に響き渡る。

それと同時に、競技場を包む空気が一瞬で変わった。


「さぁさぁ、皆様。いよいよこの時がきてしまいました、イヤー楽しみですねぇ……ああ、拍手をどうも。ではもう皆様もご承知の上とは存じますが、改めて今回の試合のカードを説明させていただきます!」


歓声が鳴り響く中、マリエルがマイク片手に叫ぶ。


「まずは東側ッ、今回の試合の立役者にして十二機神姫の『鏡幻』アイーダ選手! その美しさと強さ、まさに折り紙付き! そして十二機神姫きってのテクニシャンでございます! 一体、どのような戦いを見せてくれるのか! 期待が高まりますね!」


ワァーっと大歓声が沸く。

入場口から歩いてくるアイーダは、そんな観客に向かって優雅に手を振り、笑顔を浮かべた。


しかし、アオイだけはその笑顔に恐怖を覚える。


「続いて西側ッ! 前回、フィリス選手に対しての劇的な逆転勝利を勝ち取り、一躍時の人となったこの男! 『超新星』アオイ選手! その俊敏さ、操作の正確さ、そして一撃一撃の精密性は我々十二機神姫にも匹敵します! アイーダ選手との試合にも勝ち、快進撃を継続することができるのかぁーっ!?」


大歓声の中、アオイはゆっくりと入場口へと向かった。

観客から送られる大歓声は、まるで自分を責め立てる罵声のように聞こえる。


しかし、アオイはひるまずスカイドラゲリオンの側に到着する。


すると、アイーダがアオイに向かって口を開いた。


「アオイさん、昨日はよく眠れましたか?」

「いいや、あんまりです。寝付けませんでした」

「あらあら、それはいけませんわね。万全の状態で挑んで欲しかったのですが」


誰のせいだと思っているんだ、とアオイは思う。

だが、そんなことを口にできるはずもなく、引きつった苦笑いを返した。


「ですが、負けるわけにはいかないんですよ……シロハのために」

「フフッ、それでいいのですわ。これであなたが手を抜くことはない。こうして回りくどい方法を使ったのですもの、それぐらいの気概を見せてもらわないと困りますわ」


アイーダは嬉しそうに笑うと、アオイに背を向けて自分の竜機の元へと歩み寄った。

そして、竜機に乗り込む前にもう一度アオイの方へ振り返り、言う。


「それでは、始めましょうか」

「ええ……ああ、アイーダ様。少しよろしいでしょうか最後にこれが言いたくて」

「何ですの?」


アオイの言葉に、アイーダが首を傾げる。

アオイはそんな彼女に対し、笑みを浮かべて言った。


「俺、アイーダ様とパルマークスが竜機と竜機手の中で一番好きなんですよ。だから言わせてもらいます。形こそは不本意ですが……戦えて光栄です」

「……」


アオイがそう言うと、アイーダが一瞬だけ驚いたような表情を見せた。

しかし、すぐに元の調子を取り戻し、柔らかに微笑む。


「まぁまぁ、そんなことを言われるとますます欲しくなってしまうではありませんか」

「……」

「ありがとうございます。アオイさんにそう言っていただけるなんてうれしいですわ。……だから、私は手加減なんてできませんの。ご期待無きよう」


ついに己の強欲さを表に出したアイーダはそれだけ言って竜機に乗り込んだ。

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