第28話 アオイとシロハ

「アオイッ!」

「ど、どうしたシロハ。そんなに慌てて」


 それから一週間たった頃、シロハが慌てた様子でアオイの元にやってきた。

 息を切らし、額からは汗を流している。

 いつも冷静な彼女がここまで取り乱すのは珍しい。


 一体何事かとアオイが尋ねようとした瞬間、シロハは彼の腕を掴み、そのまま引っ張る。

 そして彼女の勢いに押される形で、アオイは学校の裏まで移動させられた。


 シロハは壁に追い詰めるような形でアオイの肩を掴む。


「アオイ。お前、アイーダに何を吹き込んだ!」

「え? いや、俺とシロハは訳あって友達で……」

「違うッ! そのことじゃ無い!」


 シロハは叫ぶと、彼の肩を掴んだ手に力を込める。

 彼女の瞳には怒りが宿っていた。


「お、落ち着けよシロハ。話が分からない。何がどうなってそんなに焦っているんだ」

「……本当に自覚がないのか」


 アオイは戸惑いつつも、彼女に理由を聞く。

 訳が分からない、どうしてシロハは焦りに焦っているのか。


 すると、彼女はゆっくりと話し始めた。


「先日、お父様から連絡が来てな。どうもアイーダの家からお前の扱いについて釘を刺されたらしい」

「は? どういうことだ?」

「どうも、私がアオイを貴族社会を引っ張り出したことが『平民を利用して発言力を高めようとしている』ように見えるらしくてな。竜機試合はしばしば政治の決め事にも使われる。そのために私がアオイという平民を無理やり使役しているのではないかと睨まれたわけだ。家の発言力を上げるために、と」


 シロハが苦虫を噛み潰したかのような忌々し気な顔をする。


「貴族社会の中にも暗黙の了解というものもある。平民を政治に利用しようが、税金を不当に吊り上げようがみんな黙って見過ごす。……だが、それは本来いけないことだ。今回の場合、その貴族間の暗黙の了解にアイーダが切り込んだ」

「どうしてだ? 俺とシロハの関係なんて政治云々の話なんてないだろ」

「まぁ話を聞け。本題はこれからだ」


 シロハがアオイの質問を無視し、話の続きを始める。


 彼女はアオイの顔をまっすぐ見ると、静かに言った。


「公爵家がこう言ってきたらしい。『人工竜機と平民を引き渡せ。政治に利用されないよう公爵家が保護する』と」

「ッ!?」

「どう考えてもおかしな要求だ。……だから、これは罠だと私は踏んでいる」


 シロハは険しい表情で言う。


「恐らく、アイーダはアオイとスカイドラゲリオンを自分の物にしようとしているのだろう。このタイミングでこんなことを言い出すなんて、そうとしか考えられない」

「でも、アイーダ様はそんなことをするじゃないだろ。俺を引き渡せだなんて……」

「私だってそう思いたい。だが、アイーダという人物をよく知っている人間として言わせて貰うなら、彼女はそれをする精神力の持ち主で、それを実行できる権力がある」


 シロハは真剣な眼差しでアオイを見つめた。


「私だって反抗した。アオイは政治に利用しないし、そのために学校に推薦したわけでもないと。だが、アイーダは『だからと言って、あなたがアオイさんを私的に管理下に置いていることにはないでしょう?』の一点張りだった」

「そ、それで、どうなったんだ……」


 アオイは自分の顔が青ざめていくのを感じた。

 フィリスに言われた「アイーダにはあまり関わらないことね」という言葉が頭の中で輪唱される。


 動揺するアオイに対し、シロハがゆっくりと口を開いた。


「結局、竜機試合で決着をつけることになった。私の家が勝てば以後口出しはしないという約束は取り付けた」

「シロハと、アイーダ様が?」

「……それであれば、どれほどよかっただろうか」


 シロハが悔しそうに歯ぎしりをする。

 そして、アオイに視線を向けた。

 彼女の瞳には確かな怒りが宿っていた。


 アオイはその目に思わず息を飲む。


「アイーダはアオイを試合に出せと言ってきた。お前の真意を理解するためにな」

「なっ!?」

「アイーダの目的はアオイとの試合を組むことだろう。皮肉にもアオイは私の家の竜機手、なんの支障もない。……本当に皮肉だ」


 シロハは目を伏せると、拳を強く握った。


「……アオイ、すまない。お前をこのようなことに巻き込んでしまった。私がどうにかしないといけないところを……私の力不足だ」


 シロハが申し訳なさそうな声で謝る。

 彼女の心はすでに言葉を紡ぐことでさえ困難になるほどの様々な感情がせめぎあっていた。


「アオイ、こういうのは甚だお門違いなのはわかっている。私に失望しただろう。嫌いになっただろう。……だけど、これだけは言わせてほしい。私はアオイを手放したくはない。アオイはこんな無愛想な私にもつきあってくれる数少ない友達なんだ」

「……」

「だから、頼む。もし非力な私友と思ってくれているのなら……アイーダに勝ってくれ。私を一人にしないでくれ」


 シロハがアオイの肩を掴む力が強くなる。

 彼女の目からは大量の涙があふれていた。


 ────そんなシロハを見て、アオイは言う。


「……了解だ」

「……え?」

「シロハの気持ちがわかっただけでも、俺が動く理由としては十分だ」

「で、でも、アオイ!  私はお前を巻き込んだんだぞ!」


 シロハが慌てた様子で叫ぶ。

 しかし、アオイはやれやれと首を横に振って、シロハの腕を解く。


「巻き込まれた巻き込まれたって……もうすでにお前がどうしようもなく俺を巻き込んでるだろ」

「……」

「毒を食らわば皿まで。こうなればとことん付き合ってやるよ。だから心配するな、今からアイーダとの試合が終わるまで、俺はお前の竜機手だ」


 アオイはそう言って、シロハに笑いかけた。

 その笑顔を見た途端、シロハの表情から不安が消える。

 そして、代わりに現れたのは喜びと感謝の表情。


「……頼りにしているぞ、アオイ」

「おおせのままに」


 シロハはアオイの返しに満足すると、教室の戻っていく。

 心のつかえがとれたせいか、その足取りは軽かった。


「……はぁ」


 残されたアオイはそんな少女とうって変わって焦燥した顔でため息をつく。


(……兄さんになんて言おうか)


 涙に負けて格好つけてしまった青年はこれからの事と兄の説教を憂いつつ頭を抱えるのであった。

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