第27話 めんどくさいのなんの
「で、どうなったんですか?」
「もう滅茶苦茶だよ」
やはりニコニコしているエルに問われ、アオイは地面を見てうなだれる。
あのアイーダが店で働くことになってから、アオイのバイトは大きく変わった。
注文が来ていないにも関わらず積み上げられる千切りキャベツ、それを必死に消費する店員。
ここ最近、アオイは千切りキャベツしか食べていない。おかげでシロハに「アオイ……お前、そんなにキャベツが好きだったのか……。気づけなくて済まない」と言われる始末だ。
食物繊維過多によりアオイの腸内環境は劇的に整えられ、同時に偏りのある食事で体が悲鳴を上げていた。
「エル、お前も食うか?」
「い、いや遠慮しときます……。でもまたあのお店に来たときは千切りキャベツが入った定食を食べますよ」
エルが苦笑いをしてアオイから距離を置く。
楽観主義のエルの目から見てもアオイの精神はボロボロなのが分かった。
「貴族ってなんで毎回トチ狂った考えを持つんだろうな。振り回される立場になってみろってんだ」
「まぁ、貴族は我が強い生き物ですから。むしろ、我が強くないと生き抜けない社会なんですよ。それにしても限度ってものがありますけど。……ですが、これもある意味チャンスという見方もできますよ」
「はぁ?」
アオイが首をかしげると、エルはニコニコと進言する。
「だって、アイーダ先輩に近づける機会なんてそうそうないことじゃないですか。利用しない手はありません」
「どういうことだ? 俺にはエルが言っている言葉の意味が分からないんだが……」
「にぶいですねぇ、アオイ先輩。アイーダ先輩も覚形の発現者じゃないですか。もしかしたら、シロハ先輩やフィリス先輩が知らないことを知っているかもしれませんよ?」
「ッ……!」
「覚形を発現させたいアオイ先輩にとっては素晴らしい事じゃないですか」
確かに、エルが言うことも一理あった。
アイーダならアオイが持っている情報以外の情報を知っているのかもしれない。
「悪い話ではないと思いますよ。アイーダ先輩から話を聞けるのなら、自分の胃がキリキリするくらい必要経費みたいなものです。損して得とれ、ですよ」
「……」
アオイは口に手を当て、その案と自身の精神を天秤にかける。
フィリスにくぎを刺されたことを考えると、本来はアイーダとはあまり関わらない方がいいのだろう。これ以上貴族に振り回されるわけにはいかない。
しかし、スカイドラゲリオンの覚形を発現させるためにも情報は一つでも多く欲しい。特に竜機のエキスパートである十二機神姫から話を聞けるのなら、何かしら役立つ情報があるはずだ。
「ボクはアドバイスすることしかできません。するもしないもアオイ先輩次第ですし、もしかしたらアイーダ先輩の話を聞かなくても覚形を発現させることができるかも知れません。……ですが、ボクならしますね。だって覚形ってかっこいいじゃないですか」
酷く悩むアオイにそう言って、エルはにこりと笑った。
* * *
「アイーダ様。覚形についていろいろ教えてくれないでしょうか?」
翌日のバイトの時間、アオイは早速行動を起こした。
店の裏で休憩をとっていたアイーダに声をかけると、彼女は驚いた様子でこちらを見つめた。
「覚形……ですか……?」
「えっと……まぁ、はい」
「……なぜ私なんですの?」
「それは、その……。他の人よりも詳しいと思ったからです。十二機神姫ですし」
「…………」
アオイの言葉を聞くと、アイーダは無言で考え込む。
しばらくして口を開いた彼女の表情は、いつものように微笑んでいた。
「……分かりました。では、私からも一つお願いできるでしょうか」
「はい。竜機試合のこと以外のことなら」
「いいですわ。私の知る範囲で答えて差し上げます」
アイーダの提案を聞き、アオイは心の中でガッツポーズをとる。これで、覚形の情報を得られる可能性が出てきた。
アイーダが腕を組んで問う。
「アオイさん、あなたは覚形の発現条件を知っていますか?」
「……いえ、シロハとフィリスに聞いた程度にしか。しかし二人もわからないとしか……」
「そうでしょうね。誰も具体的に知らないことですわ」
アイーダは小さくため息をつく。
「……では、アオイさん。竜機を使えるようになるために、何が必要で、どんなことをすればいいのか答えることができますか?」
「それは……」
アオイは言い淀み、口を閉ざした。
竜機手になるために必要なこと。それを考えると、すぐには答えが出ない。
「技術や腕……とか?」
「確かに、乗りこなすためには様々な技術や知識が必要になるのが普通です。でも、一番大切なのは『心』だと私は思いますわ」
「……心の、力」
「そう」
アイーダはうなずくと、アオイの目を見て言った。
「竜機はただの機械ではありません。まるで生物であるかのように自己修復をします。これは私達の知る機械にはない特色です。……だからこそ、私達が知らない未知の領域がある」
「未知の……領域?」
「ええ、あくまでも可能性ですが。そこに覚形の秘密があると私は考えます。アオイさんもそう思いませんか?」
アイーダはアオイの瞳をじっと見つめる。
その迫力に押され、アオイは思わず後ずさりをした。
すると、背中が壁にぶつかる。逃げ場がない。
「実は私も覚形のことについてはよく知りません。ですが、覚形を得る者は例外なく……とは言いませんが、私を含めた多くは『窮地に陥った時』に発現していると聞きますわ。つまり、危機的状況に陥ることが覚形の発現に少なからず優先される要素なのでしょう」
アイーダの一言に、アオイは首をかしげる。
「ですがアイーダ様。シロハと戦った時も、フィリスと戦った時も、俺はこの上なくピンチでしたよ? 泣きたくなりましたし」
覚えている限りの危機的な状況は、常に戦いの中にあった。
覚形を発現するにしても、普通なら発現してもいいタイミングがアオイにはあったはず。
アオイの疑問に対し、アイーダはくすりと笑う。
その笑みにはどこか妖艶さが漂っていた。
「アオイさん、その時のアオイさんは、心の中で『本当に勝ちたい』って思っていたのでしょうか?」
「……え?」
アイーダの言葉に、アオイは言葉を失う。
彼女は続けて言った。
「当時のアオイさんの思考は推し量れませんが……、どこか『諦め』があったのでは?」
「ッ!?」
「だから覚形は発現しなかった。……まぁ、私の推測ですけど」
アイーダはアオイから視線を外さない。
まるで確信を持っているかのように。
「さっきも言った通り、私は覚形の発現方法はわかりかねます。……ですが、私は竜機のことに関しては諦めたことがありませんの。シロハさんだってフィリスさんだって、私と同じだと思いますわ。アオイさんとの違いは、その程度かと」
「……」
「これで、私から言えることは以上です。あまり参考にはならないと思いますが」
アオイはしばらく呆然と立ち尽くしていた。
アイーダに言われたことを頭の中で何度も反すうしながら、彼は考える。
自分はどうなのか。本当に『諦めない心』が覚形に関係しているのか。
「……さて、次はアオイさんが約束を果たす番ですよ」
「あ、ああ……」
「もう、そんなに身構えなくたってよろしいでしょうに。覚形のことは後で考えて下さいな」
アイーダは苦笑しつつ言う。
だが、アオイの表情は依然として固いままだ。
「でも、俺がアイーダ様に教えられることなんて、ほとんどないですよ」
「そんなことはありませんわ。例えば、あなたがどうやってあの人工竜機を動かしているのか、とか」
「ッ!」
「冗談ですわ。竜機関係のことは話しません。安心してください」
アオイはほっとしたように胸を撫で下ろす。
アイーダはそんな彼の様子を横目で見ると、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
そして、少し間を空けてから尋ねる。
「私の知りたいことはあなたとシロハさんの関係についてです。今どのような関係で、あなたはシロハさんのことをどう思っているのか。教えてくださいまし」
キョトンとするアオイの顔を見て、アイーダの口角がにやりと曲がった。
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