第23話 アオイ、バイト戦士になる

 以前エルに紹介してもらった料理店でアオイは目の色を変える。

 頬を叩いて気合を入れ、店のドアを開ける。


 ────しかし、今回のアオイは椅子に座る側ではない。


「いらっしゃいませー!」


 十分後、控室から出てきたエプロン姿のアオイは声を張り上げておいしそうな匂いに誘われてきた客に営業スマイルを振りまく。

 もともと営業職だったアオイにとってこのようなことは造作もないのだ。


 ニコニコと笑顔を振りまきながら、次の客の接待に向かう。


「いらっしゃいま────」

「……何やっているのアンタ」


 アオイの言葉を、目の前の客が遮る。

 そこには腰に手を当て眉間にしわを寄せたフィリス。服装からして完全にプライベートである。


「あんた、いつこの店の従業員になったのよ。というか働けるのアンタ」

「一応実家が接待職なので経験はあるんですよ。なのでこの店で働くことにしたんです」

「そういやアンタ、平民街の修理屋だったわね。私もその店は知ってるわ。でもまぁ……まさか王立学校の学生がアルヴェルトで働く日が来るとはね。普通金なんて困らないものなんだけど」

「平民だから困るんですよ……。シロハから十分な額を貰っているとはいえ、俺には兄がいますから。その仕送りに」

「ふーん」


 アオイはまたメモ帳とペンを持ってフィリスを窓辺の椅子へと案内する。

 こうして有名人を窓際の席に座らせることで集客効果を測るのだ。客商売の基本である。


「お客様、ご注文は?」

「やめなさいよお客様って言うのは、なんか背中がむず痒い思いになるから……。えーっと、じゃあ前にアンタと一緒にいた時に頼んだのと同じやつで」

「承りました」


 伝票にチェックを書いて、厨房の前に貼る。

 そして出来上がった料理を受け取り、腹を空かせて心待ちにしている客へと運ぶ。


 これがアオイの仕事だ。他にも皿洗いや食器のかたずけをを行うことも多いが、主にウェイトレスをしていることが多い。


 額にかいたいい汗をぬぐいながら、アオイは笑う。


「ああ……働いている……!」


 二か月間何もしていなかった故に充実感がある。なにより貴族社会に揉まれなくていい。

 この料理店はアオイがアオイでいられる数少ない場所の一つとなっていた。

 また、最近はこの店に来る客も多くなってきている故に忙しい。この忙しさが修理屋を思い出させる理由の一つにもなっていた。


 これは余談なのだが、実を言うと店の忙しさはアオイが原因だ。

 先日の一件でアオイ自身も王立学校の有名人になっている。店の窓側にフィリスを案内せずともアオイがいるだけでも十分な集客効果になっていた。


 このままいけば俺も給金アップかなと内心ワクワクしながら、アオイは食事を済ませた客の伝票を確認しレジ打ちをする。


『コンコンコン』


 フィリスが指で机を叩いているのに気づき、アオイは振り返る。


「はい、何でございましょうお客様?」

「お客様はやめなさいって言っているでしょ。……まぁいいわ。お水頂戴。あとアンタに話したいことがあるからこの後頑張って休憩をとりなさい」

「えっ、そんな急に言われても……」

「これは命令よ。アンタに拒否権はない。……わかったらさっさと水を注ぎに行きなさいよ。店にクレーム入れるわよ」

「は、はいッ!」


 アオイはやっぱり自分に安寧の場所はないのかと理不尽を恨んだ。


 * * *


「それで、俺に用ってなんですか……」

「色々よ、色々」


 店の裏でため息をつくアオイにフィリスは積まれた空き箱にすわって足を組む。

 勿論足は地面についていない。


「まずはアンタ、目立ち過ぎよ」

「へ……?」

「『へ……?』じゃないわよアホ。アンタ、自分の立場が分かってるの?」


 心当たりのないことを言われ、素っ頓狂な声を上げる。

 そんなアオイに、フィリスはやれやれと首をふった。


「アンタ、貴族が嫌いなんでしょ?」

「嫌いって言うか……苦手ではありますね。でもシロハはいい友人だと思っていますし、フィリス様もそんな風に思ったことはありませんし……」

「そう、でも他の貴族はそんな良く思えていないのは事実よね」

「ええ、まぁ……」


 フィリスの指摘に、控えめに頷く。


 フィリスの言う通り、アオイは今でもこの学校に馴染めずにいる。

 自分の竜機の実力は見せつけたものの所詮は平民、やはり他の生徒との隔たりは依然隔絶したものであった。


「ふーん。……んで唐突に聞くけどアンタ、私とシロハ、そしてあの中等部以外で何人の生徒に声をかけられた?」

「え、えーっと……あっ、そういえばさっき竜機格納庫でアイーダ様に声をかけられました」

「ッ……早速動き出したようね。厄介だわ」

「え? なんのことですか?」

「いや、何でもない。でもアオイ、とりあえずアイーダからは距離を置きなさい。いつも通りシロハにべったりくっついていればいいわ」

「やめてくださいよ、俺がだらしない男みたいな言い方は……」


 酷く真剣なまなざしを向けられアオイは首を傾げた。

 フィリスの剣幕からあまり深い事情は聴けそうにない。しかしフィリスの言う通りにしないと何かが起こる予感がした。


「わ、分かりました……」

「分かればよし。前も言ったけどアンタ、変に素質を持っているから目をつけられやすいわよ。精々自分の身の振り方ぐらいは自分で分かるようになっておきなさい」

「へ、へぇ……」


 よくわからないが、アオイは頷いておく。断る理由も立場もない。


 そんなアオイの様子に満足したフィリスは、そのまま二つ目の話題について話し始めた。


「それと、もう一つはアンタの竜機であるスカイドラゲリオンの『覚形』についてよ」


 突拍子もないことを言われ、アオイはうろたえる。

 スカイドラゲリオンの覚形、それはアオイの気になるところでもあった。


「な、何でそれを今……」

「なにアホなことを言っているのよ。アンタは私とシロハに勝って竜機手としての認知度を高めた。それはつまり竜機手としての試合がいつ舞い込んでくるか分からないってことよ。もしかしたら覚形を発現させている竜機手と試合することになるかもしれない」

「ま、待ってくださいよ。俺、ただの木端平民ですよ? そんな簡単に竜機試合をする機会なんてありませんって。大体フィリス様の時だってかなり無理やりだったじゃないですか」


 フィリスの発言を笑い飛ばしながらその不安を払拭する。

 まさか。そもそも自分に竜機の試合が舞い込むはずがない。シロハやフィリス、エルを覗いた他の貴族とは接点すらないのだから。


 アオイが手をひらひらとさせるとフィリスは


「だからアンタは立場が分かってない言うのよ、アホ。機会ぐらいならいくらでも作れる。……例えばシロハ経由で知り合うとか。あの子と知り合いになる時点で難易度は高いけど、可能性がまったくないっていう線でもないわ」

「でもそれはシロハがストップをかけるんじゃ……」

「それもそうね。でもアンタと接点を持つ方法はそれだけじゃない。……偶然を装って知り合う、とか」

「っ……!」


 アオイはフィリスの仮説に絶句する。

 それはまさに、エルと知り合った経緯と符合するものだったからだ。

 もしかしたら、エルも……


「まぁ、あくまで私の妄想に過ぎないわ。本人のみぞ知るってやつよ。……話がそれたわね。とどのつまり、あんたも覚形を発現させないと後々後悔することになるって話よ。だからその前に助言をしようと思っているわ」

「助言?」


 エルのことを考えるのをやめ、顔を上げる。


「ええ、竜機手&覚形発現者の先輩からのありがたいアドバイスよ。……おそらく、アンタが覚形を発現させるとき、竜機からの声が聞こえると思うわ」

「声?」

「そう。機械的じゃなくもっと現実味を帯びる肉声が。それが覚形のカギよ」


 竜機という機械から肉声が聞こえる。その意味がアオイには理解できなかった。

 まさか。カイみたいに「竜機には魂が宿るんだぜ?」とか機械オタク特有の幻聴が聞こえるなんてあるわけがない。


「信じてないって感じね」

「え、ええ……」

「……まぁ、分からなくもないわ。私だって炎魔王フラマダンテを発現させたときのことはあまり覚えていない。あの時はただ勝ちたくて必死だったし。……でも、確かに聞こえたのよ。自分の真の名前を呼ぶクランベルジュの声が」

「ん? フラマダンテって名前はフィリス様がつけた名前じゃないんですか?」

「違うわよ。そんな私が痛々しい名前つけるはずがないじゃない。覚形の名前は、一種の音声パスワードなのよ。私ならフラマダンテで、シロハの場合はセイバー。これを竜機手が口にした時に竜機は真の姿になるの。いつ真の名前を知るかは分からないし、もしかしたら一生知りえないかもしれない。でも、この情報を知らないよりかは知っていた方がマシでしょ?」


「特にアンタは今が一番覚形を発現させたい時なんだから」とフィリスは空き箱から地面へ飛び降りる。


 スカイドラゲリオンの覚形、そして声。分からないことだらけである。

 混乱するアオイの横を通り過ぎながら、フィリスは鼻を鳴らして言った、


「期待してるわよ、アホ」

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