鏡幻の奇術編

第22話 まったく、妬ましいですの

「あーあ、兄さんになんて言おう……」


 アオイが生々しい銃痕が残ったスカイドラゲリオンを見てため息をつく。


 竜機の特性により勝手に修復するのは分かっているものの、やはり残っている間は心が憂鬱になった。

 頭に「オメーよくもスカイドラゲリオンに傷をつけやがったな?」と目を吊り上げる兄の姿が頭に浮かび、アオイは身震いしてしまう。


「よし、墓場まで持っていこう。フィリス様とやりあったなんて誰が言えるか」


 とりあえず放置を決め込んで、アオイはいつものプライベートスポットに入り浸ろうとスカイドラゲリオンから視線を外す。

 やってしまったものは仕方ない。自分の口から言わなければ全ては闇に葬られる。


 ────と


「あらアオイさん。ご機嫌よう」


 突然、頭上から声がかけられた。

 気品に富んだ、心当たりのない声にアオイは顔を上げる。


「ア、アイーダ様……」

「まぁ、わたくしの名前を知っていただけているなんて。十二機神姫になってみるものですわね」


 目線の先の美女、アイーダは自身の竜機のパルマークスの肩に座ってアオイに手を振る。

 竜機手用のスーツを着ているところを見ると、これからパルマークスを動かすところらしい。


 アイーダに見惚れ、ぽかんと口を開けていたアオイはとっさに彼女から目線をそらし、自分に落ち着くよう促す。


「こんなところで出会えるなんて奇遇ですわね」

「そ、そうですね。俺もスカイドラゲリオンの格納場所もアイーダ様の隣だなんて思ってもみませんでした」

「ウフフッ、そうですわね。これも何かのお導きなのでしょう」


 心地よい口調で言われ、アオイはついアイーダに視線を戻してしまいそうになる。

 しかし、体のラインがくっきりと浮かび上がったスーツ姿のアイーダを見る気にはなれなかった。

 理性が飛ぶことを恐れ、背徳心を使って思考を動かす。


「……それはそうとアオイさん、先日のフィリスさんとの試合、お見事でしたわ。私も思わず夢中になってしまいました」

「ハハハ……それはどうも……」


 アイーダの誉め言葉にアオイは頭の後ろに手を置きながら苦笑した。

 実を言うと、アイーダとパルマークスはアオイの一番好きな竜機と竜機手なのだ。いわゆる『推し』なのである。


 その憧れの存在が現在進行形で自分に接近しているのだ。シロハやフィリスと出会った時よりも、話している実感が湧かない。


 思わずニヤけてしまうアオイに、アイーダは柔和な笑みを浮かべる。


「いえいえ、本心ですの。つい、あなたと対戦したフィリスさんをねたんでしまいますわ────」

「ハハハ……」

「────……と」

「っ……」


 アオイは息をのむ。

 一瞬アイーダの顔がかげり、パルマークスと同じ紫色の目から光が消えたかのように思えた。


 アイーダは顔を引きつらせ歪な笑顔をしているアオイに気づいて我に返る。

 そしてまた柔らかにほほ笑み


「あっ……お見苦しいところをお見せしましたわ。このことは私とアオイさん、二人だけの秘密にしていてください」

「は、はい」


 妖艶な魅力に気圧され、とっさに首を縦に振ってしまう。


 今のアオイには、アイーダが出会う前とは全く違う存在に思えた。

 シロハやフィリスとはベクトルの違う雰囲気。これぞ貴族、そんな気配だ。


「コホン、では失礼いたしますわ。アオイさんに負けていられませんもの。もっともっと強くならないと」


 パルマークスのハッチが開き、アイーダが背を向ける。


「ご縁がありましたらまた会いましょう。青い竜騎士さん」


 * * *


「────ってなことがあったんだよ。貴族って怖いな」


 その後、アオイは格納庫で起こった出来事をエルに愚痴っていた。

 恐怖を感じた出来事を他人に話してしまうのが人間の心理というものである。


 それに対し、エルは自身の象徴ともなっているニッコリ笑顔で頷く。


「あーわかりますわかります。ボクも同じようなパワハラを日々受けていますから、変な言い回しとか無言の圧力とか。自由主義の申し子である僕もこりごりしているんです。やめてほしいといつも思っていますよ」

「だよなぁ……」

「ええ、貴族社会は常に裏の読みあいです。貴族の子供であるボク達も少なからず影響を受けているんだと思いますよ。特にアイーダ先輩は気位が高い、テンプレートな貴族思想を持ち合わせていそうです。完全な偏見ですけど」

「そうそう、なにか企んでいそうな顔がな。もしかしたら俺を利用しようとしているんじゃないかって余計な勘繰りをしてしまうんだよ。やっぱ俺、平民社会の方がいいわ」

「ハハハ……、それは貴族のボクには分かりませんね。でもアオイ先輩が言うのだからきっと楽しいんでしょう」


 アオイはまるで遠い過去になってしまったような平民街の日々を思い出し感傷に浸る。

 ちなみにまだ三カ月もたっていない。今後のアオイの精神が危ぶまれる。


「……それはそうとアオイ先輩、バイトの方は大丈夫なんですか?」

「ああ、いっけね。もうすぐだな」


 エルに指摘され、アオイは急いでベンチを立ち上がった。

 最近、アオイは兄に仕送りがしたいがためにアルバイトを始めたのだ。アオイの金銭面の世話をしているシロハからは「アルバイトってなんだ?」と首を傾げられたものの、あんまり深く突っ込まれず了承を得られた。


「それじゃあ行ってくるぜ」

「はいはーい、頑張ってきてくださーい」


 相変わらずニコニコしているエルに見送られながら、アオイはバイト現場へと駆け出した。

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