第20話 終わり、同時に始まり

「……見当違いだった。もっと強いものかと」


 少女は『赫撃砲コロナバースト』の光で満たされたコロシアムで静かにため息をつく。

 期待させるだけさせておいて負ける。彼女はそれが腹立たしかった。


 決着はついた、もう帰ろう。


「えー、ここからがいいんじゃないんですか。帰らないでもっと見ましょうよ」


 しかし、グイッと袖を掴まれ彼女は足を止めた。


「……離して。すでに戦いは終わった」

「あら、早々と決めつけるなんてらしくありませんねぇ。そんなにアオイ先輩に期待しましたか?」


 少女を引き留めたのは、隣に座っていたエルだった。

 ニコニコと笑いながら、少女に席に座るよう促す。


「あの平民竜機手が負け、フィリスが勝つ」

「あー、夢がないですねぇ。ま、現実主義者リアリストならそう思うと思います。でも、あいにくボクは浪漫主義者ロマンチストですから。まだ逆転できると信じてますよ。フレーフレー、アオイ先輩」

「あり得ない」

「あり得ないなんてあり得ない。夢見ましょうよ、一緒に」


「一人じゃ悲しいです」とエルは少女の袖をさらに引っ張った。

 エルの手に力がこもるのを感じ、少女は胡乱な目を向ける。


「エルがそんなに言うなんて珍しい。何かあった?」

「いいえ、何も。少し先輩と喋っただけです」


 エルは軽い口調のまま、少女に言葉を紡ぐ。


「ただ……アオイ先輩はボクたちにはない何かを持っていると思うんですよ。なんとなくですけれど」

「くだらない。もっと明確でわかりやすい言い訳をして」

「んじゃあそうですねぇ……一言で言うと『愛嬌』っていうやつでしょうか。カリスマとは違った形で人を引き付ける力? ちょっと違うような気がしますが、ボクの語彙力ではこれが限界です。すっごくニアピンな言葉選びですみません」


 少女はエルに呆れた視線を向けた。


「訳が分からない。時間の無駄」

「そうですか、残念です。なら、もう帰っていいですよ。僕が止める理由もありません。……ですが、最後に戦いの状況くらい見ていったらどうです?」


 エルにそう言われ、少女は首をコロシアム中央に向ける。

 そして


「……ああ」


 少女は小さな簡単を漏らし、エルの隣に座った。




「チィっ……やってくれたわね」


 フィリスは砂嵐が映るメインモニターを見て、サブモニターに映るアオイに忌々しく舌打ちをする。

「あのアホ、やりやがった」と。


 眩い閃光の後のコロシアムで観客たちが騒然とする中、フィリスだけは光のなかで起こった出来事を理解していた。


「まさか……を上って踏み台にするなんてね。しかも『赫撃砲コロナバーストの光に乗じてブレードを投げて、クランベルジュのをメインカメラを破壊。いったいどんな操作をしたらそんな細かい動きができるのよ」


 クランベルジュの頭部には、スカイドラゲリオンの折れたブレードが深々と突き刺さっていた。

 対して、スカイドラゲリオンは『赫撃砲』で一切のダメージを受けていない。

 アオイはこの短時間で形勢を逆転させることに成功したのだ。


「ゼェ……ゼェ……、まだやりますか? サブカメラはまだ生きていますよね?」


 しかし、アオイの体力も限界。息をすることでさえ苦痛を伴った。

 さらに、スカイドラゲリオンの関節部もアオイの無茶な回避に悲鳴を上げており、歪な音をたてて軋んでいる。


 もう一度『赫撃砲コロナバースト』を撃たれでもすれば避けることなんてできない。


 極限状態の二人に沈黙が流れ、それを観客たちが固唾をのんで見守る。


 先ほどの喧騒とは一転した中で、フィリスは煙を吐く銃口をスカイドラゲリオンに向けた。


「ねぇアホ。あんた……もし私がまだ続けるって言ったら、どうする?」

「そりゃあ続けますよ。フィリス様が負けるか、スカイドラゲリオンが壊れるまで」

「なんで?」


 それは、フィリスから出た純粋な質問だった。

 自分が激情のままに吹っ掛けた試合とはいえ、アオイにはなんの関連もないのは理解している。

 それなのに、なぜアオイはこの試合に必死になれるのか。

 それが、フィリスには分からなかった。


 フィリスの唐突な言葉に、アオイは無視することなく答える。


「だって……ここで俺が負けたら、シロハの負けがマグレになってしまうじゃないですか。俺の勝ちがマグレになるじゃないですか。それは、困ります。俺だけの品格が下がるだけならともかく、シロハの評判まで下げるわけにはいかないんですよ」

「……」

「それに、真剣にしなかったら目の前の魔王に即座に燃やされちゃいますからね」


 アオイは体に走る痛みを押さえ込み、無理やり笑顔を作りながら、フィリスに言う。


 そんなアオイにフィリスは沈黙を保ったままクランベルジュの操縦桿を握った。

 そして────


「────ハァァァァァ」


 永劫かと思うようなため息とともに二つの銃を地面に捨てた。

 さっきまでスカイドラゲリオンを追い詰めていた武器が、軽い音をたてて転がる。


 目を見開くアオイと観客に対しフィリスは手をひらひらとさせて


「降参よ、コーサン。このまま続けてもメインカメラがないクランベルジュじゃ弾が当たらない。それにさっきの『赫撃砲コロナバースト』で機体の熱量がオーバーヒートしそうだし。……何より、相手があの調子じゃあねぇ」


 クランベルジュから光が失われる。

 脱力したまま動かなくなったクランベルジュの中で、フィリスはすがすがしい顔で言った。


「あんたとの試合、なかなか楽しめたわよ。またいつかやりましょう」


 その言葉をアオイは飲み込めなかった。

 そのまま呆然と立ち尽くす。


 実況のマリエルがマイクに叫ぶ声に強い感情をこめ、腕を振り上げた。


『フィリス選手、なんと降参宣言! よって試合終了~! この激戦を制したのはアオイ選手! アオイ選手が絶望的な状況を覆して勝利しましたぁー!』


 超新星、魔王を下す。

 この事実は一時間もかからずに学園中に知れ渡るところとなった。


 ────それは同時に、アオイが様々な竜機手のターゲットになった瞬間でもあった。

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