第17話 VSフィリス その1

 コロシアムは今、熱狂に包まれていた。

 それもそのはず、十二機神期の試合が見られるのだ。万難を排してみるべきイベントである。


 観客は当然満員。非公式線であるはずなのに公式さながらの空気で今か今かと戦いを待ち望む。


「はぁ……俺も観客席に座りたかったなぁ……」


 そんなコロシアムのムードとは裏腹に、アオイの気持ちはどんよりとしていた。

 羨ましいような、恨めしいような視線を観客席に向ける。

 気楽そうな人々の浮かれた顔がアオイの怒りを煽った。


「エルのやつも観客席で見たいとか言いやがって……あいつ、本当はフィリス様の試合が見たかっただけなんじゃないのか?」


 この件にアオイを巻き込んだ張本人、エルはというと「アオイ先輩の集中を邪魔してはいけませんからボクは観客席から応援していますね。先輩のことを信じています。勝利予想の賭けも先輩に賭けておきます。決してアオイ先輩のオッズが高いことがありませんよ。決して」とこれまた軽い口調で行ってしまったのだ。

 アオイが渋面を作るのも無理はない。


(まぁ、別に今回は負けたから俺がどうこうなるってわけじゃない。気楽に行こう、気楽に。勝てたら御の字、ヤキソバブレッドなんて知るか)


 気持ちを切り替え、アオイは顔をあげる。


 そして念入りにストレッチをして入場口へと向かった。


 一歩ずつ足を踏み出すたびに実況の声が大きくなる。


「皆さん、熱くなってますか~!?」

『ワァアアアア!!』

「皆さん、ビート刻んでますか~!?」

『ワァアアアア!!』

「さぁさぁお立合いお立合い! 此度の試合は満員御礼! 今回の試合の実況を務めさせて頂きますは高等部二年の広報窓口にして十二機神姫の一角を担わせてもらっております。『絶唱』マリエルでございます。どうぞよろしくお願いしまーす。……ああ、拍手をどうもどうも」


 実況がまさかの十二機神姫、アオイは「あとでサイン欲しいなぁ……」と思いつつ中央戦場へと足を踏み入れた。


 傍らで土煙を浴びてたたずむ己の愛機を見やる。


「まずは東側ッ! 『剣神』シロハを下したとされる青き超新星アオイ! 世界初かつ世界で唯一の人工竜機スカイドラゲリオンを駆り、その強さは天井無き空のように未知数! 期待の星はいったい我々にどのような戦いを見せてくれるのかぁーッ!?」


 マリエルの実況に観客席が大いに沸き立つ。

 その猛烈な興奮ぶりはコロシアム全体を震わせた。


 マリエルは勢いそのままに、アオイとは反対の方向に手を向ける。


「対して西側ッ! 言わずと知れた業火の権化フィリス! 説明不要の完全無欠! 魔炎を統べる絶対暴君! 女王の怒りに触れることなかれ、遺灰回収の保証はできませんッ!」


 そんな軽快な奏上と共に、赤いスーツを纏った少女が居心地が悪そうに入場する。

 アオイの対戦相手であるフィリスだ。


「ああほんっと嫌になるわね。バカがバカ騒ぎしてるだけじゃない。マリエルもマリエルよ。別に煽らなくてもいいじゃない。暑苦しい」


 どうやら、フィリスはこのコロシアムの気に食わないらしい。

 目の前のアオイを無視してうんざりした顔をする。


「……なに気の抜けた顔をしてるのよ。ぶっ飛ばすわよ」

「え、……あ」


 口をぽかんと開けていたアオイはすぐさま口を覆った。

 そんなアオイの姿に、フィリスは深いため息をつく。


「言っとくけど、私はシロハほど甘くはないから。あと手抜きしてさっさと負けようなんて思っているなら五回燃やしてもう一回消し炭にする。私はそんななめられた態度をとられるのが一番嫌いなの」


 フィリスの言葉に、アオイは背中に鋭利な刃物を突き付けられたような心地がした。

 自分の心が見透かされたような気分である。


「アホ、返事は?」

「は、はいッ」

「……信じるわよ、その言葉」


 フィリスは「フン」と鼻を鳴らして自身の竜機、クランベルジュに乗り込む。


 我に返ったアオイもフィリスの後を追うように急いでスカイドラゲリオンに搭乗した。


「さて、両者共々準備が完了したようです。……んんッ……あー、緊張してきた」

『マリエル、早く始めなさいよ。あんたが緊張してどうするの』

「催促きついですよフィリス選手。だってシロハから聞いてた人工竜機が目の前で動くんだから……。ハイッ! では催促も来たことですし切り替えていきましょう! ただいまより、アオイ選手VSフィリス選手の始めていきたいと思います! 両者竜機の起動を確認! (わっ、本当に動いてる) コロシアムの安全結界展開よし! 合図は私、マリエルが行います!」


 マリエルが手をあげると、亀甲型の結界がコロシアムの中心を覆う。これは竜機の戦いで観客席に被害が出ないようにするための仕組みだ。


 結界が完成した頃を見計らい、マリエルが声を張り上げる。


「それでは皆さんご一緒に~ッ! 3ッ!」


 マリエルが三本の指をたてる。

 二つの竜機が戦闘態勢に入る。


「2ッ!」


 マリエルが指を一つ曲げる。

 アオイは深呼吸をし、フィリスは不敵な笑みを浮かべる。


「1ッ!」


 マリエルがもう一本指を曲げる。

 張り詰めた空気が二人の間を流れる。


「────はじめッ!」


 戦いの火蓋が切って落とされた。

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