第16話 食欲への執着
「アオイ! 売店に行こう! 我が家から出されたお小遣いはまだ残っているだろう?」
「あ、ああ……」
テンション高めのシロハに、アオイは気圧されながらも返事をする。
最近シロハにかなりの頻度で連れまわされているためか、アオイは学校内で自己の意思表示をする術を忘れていた。
人間として、それでいいのかという話である。
「売店って、お前昨日も行ってなかったか? よく飽きないな」
「確かに飽きないな、あそこは。特に今日はこのポイントカードにスタンプを押してもらえる日なのだぞ」
(貴族の学校のくせになかなか貧乏くさいキャンペーンをしてやがる……!)
スタンプ十五個で売店特製ロイヤルプリン一個と引き換え。やっていることが修理屋の近くのパン屋とほぼ同じだった。
貴族社会の中の庶民感を見出しつつ、アオイは財布を取り出し席を立つ。
「さぁ行くぞ。早くしないと売店の商品が全部売り切れてしまうからな」
「……あ」
ここでふと、アオイは足を止める。
確か、エルが売店の裏メニュー的なものを買ってくると言っていたのを思い出す。
「シロハ、売店には詳しいか?」
「ああ、そこそこには詳しいぞ」
「それじゃあ、限定ナントカブレッドって知ってるか?」
「……アオイ、少し声を小さくしろ」
急にシロハは声を低くしてボリュームを下げた。どうやら何か知っている様子である。
アオイは「お、おう」と口に手を当てた。
「それをどこで知った」
「どこでって……あー、少し噂というか小耳にはさんだんだ」
「……それは運がよかったな。本来はあまり教えたくない情報だがほかならぬアオイの頼みだ。教えてやろう」
「そんなにもったいぶることじゃねぇだろ……」
「いや、十分にもったいぶることだ。例のパンはそれだけの価値がある」
シロハはきっぱり断言する。その分アオイにはそのパンがうさん臭く思えた。
「ヤキソバブレッドはそもそもの話、私が考案したパンだ。売店の係に命令してパンの中にヤキソバを入れさせた禁断のメニュー。パンと麺、炭水化物と炭水化物を濃厚なソースと一緒に摂取するという背徳感と病みつきになる味が売りのパンだ」
「……」
アオイが熱心にそのパンについて力説するシロハに微妙な顔をする。
俺たち兄弟が忙しいときによくしていたことだとは口が裂けても言えなかった。
ようするに、庶民の雑料理が一周まわって貴族にウケたのである。
そんなことをアオイが思っているとはつゆ知らず、シロハは説明を続ける。
「そこまではよかったんだが……ヤキソバブレッドは私の知らない間に売店係の者の中で魔改造され、それはもう中毒者が出るくらいにまでになった。考案者の私ですら恐怖するほどにな」
「そ、そんなにうまいのか? そのナントカブレッドは。たかがジャンクフードだぞ?」
「ああ、一回本気で暴動が起きかけたぞ」
「マジかよ」
アオイは冗談かと思ったが、シロハはこのタイミングで冗談を言う性格ではない。
貴族の理解不能な行動に顔を引きつらせる。
「そこで、私は考案者としての責任をとってなんとかヤキソバブレッドを一日十個の限定品、品書きには一切出さない幻のパンとして封印したのだ。この学校でも初等部から通っているような最古参組しかヤキソバブレッドの存在を知らないと思うぞ」
「そんなことがあったのか……」
そんな伝説のパンを一回見てみたいと思うアオイであった。
嘆息し、貴族の価値観は分からないことを再確認していると
「ちょっとそこの中等部! なんで私がヤキソバブレッドを買えなくてあんたは買えるのよ! 不平等じゃない! 卑怯だわ!」
「え、ええ……、これはボクが昨日購買の皆さんの仕事を手伝ったことの正当な対価ですよぉ。大切な人に食べてもらいたくて……」
売店の前では人だかりができていた。
アオイとシロハが目を凝らすと、その中心には激昂しているフィリスとそれにオロオロしつつも二つのパンを死守する構えをとるエルがいた。
「フィ、フィリス!? 落ち着け、そんなに怒ってどうした!?」
「離してシロハ! 私はこの中等部に目にものを見せてやらないと気が済まないのよ!」
慌ててシロハがフィリスをなだめすかす。だが突破されるのは時間の問題に思えた。
アオイはシロハの決死の時間稼ぎを無駄にはさせまいとエルに事情を聴く。
「どうしたエル。なにか厄介なことに巻き込まれているようだが……」
「あっ、アオイ先輩! ハハハすみません。もうちょっと気づかれずに入手しようとしたんですけど失敗しました……」
そう言って、エルがアオイに見せたのは二個の幻のパン。どうやらこれが事の発端らしい。
「実は先日、アオイ先輩にヤキソバブレッドを食べてほしくて、売店の人と交渉して二個多くパンをつくって貰うよう頼んでおいたんです。その受け渡しをそこのフィリス様に見られてしまい……」
「あー、それはマズったな。先輩としては非常にありがたいんだが……」
アオイは気まずそうな顔でフィリスを見る。
ヤキソバブレッドの何が貴族たちを駆り立てるのか、アオイには分からなかった。
「ズルいわ! 紙一重で買えなかった私の苦労はどうなるのよ!」
「ですから、これは対価で……」
「なにっ!? このごにおよんで文句でも言うつもり!?」
「ひいっ」
フィリスにすごまれて、エルはアオイの後ろに回り込む。自然とアオイ越しの会話となった。
まるで、アオイがエルをかばっているような構図である。
「……なによ、アホのくせに私にたてつく気? その中等部がそんなに可愛い? どうやらあんたに懐いてるようだし」
「なっ、違ッ……!」
今度はアオイにターゲットが移った。理不尽である。
真っ向勝負では土俵にも立てない、というか土俵の外の観客Aにすぎなかったアオイは敵対しては人生が終わると穏便に済ませるようフィリスに促す。
「まぁ……エルは正当な対価と主張していますし、別にたかがパン一個じゃないですか。後輩のお茶目な戦略だと思ってここはどうか……」
「ハァ!? 私がそのパンを手に入れるのにどれだけ心血を注いできたかあんたは分かってるの!? この学園でヤキソバブレッドがどれだけ希少なものか知ってるの!?」
「落ち着いてくれフィリス! ヤキソバブレッドは次の機会に、な?」
「シロハは黙ってて! ヤキソバブレッドの発売初期にたくさん食べてるからそんなことを言えるのよ!」
ついにはシロハまでとばっちりを受け始めた。触れるものすべてを傷つけるジャックナイフはもう止まらない。
「決闘よ決闘! ヤキソバブレッドを賭けて竜機で勝負だわ!」
「ええっ!?」
アオイとエルに指を突き付けて、フィリスは大きく宣言する。
ちゃっかり自身の得意分野で勝負を仕掛けているのでもはや私刑の遂行に等しい。
フィリスの横暴に、アオイは宣言を撤回するように進言しようと────
「先輩、やっちゃってくださいよ。幸いにもアオイ先輩の得意な竜機の勝負じゃないですか」
「は、はぁ!? なんで俺が!?」
「だってボク、きっとアオイ先輩より弱いですもん。竜機初心者とは言いませんけど、十二機神姫には逆立ちしても勝てませんって。それに対してアオイ先輩はシロハ様に一本取ってるじゃないですか。先輩の意地、見せちゃってください」
なんとふてぶてしい後輩だろうか。非常に余計な信頼である。
冷や汗ダラダラのアオイは自分の不運さを呪った。
つい先月シロハと戦ったばかりなのに次はフィリスと。これを不運と言わずになんと言う。
「あなた達の反抗心もろとも焼き尽くしてやるわ! この『獄炎』フィリスに歯向かったこと、後悔させてあげる!」
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