第15話 つかみどころのない二人
フィリスから言われてからというもの、アオイは必死で他の生徒達から距離を置いた。
それはそれは徹底的に。
常に周囲に気を配り、不穏な動きをしている者がいないか感知。話を振られようものなら「シロハ、どう思う?」と頼れる友人に話をぶん投げた。
露骨にゴミを投げられた時は修行で培った危機察知能力で弾道を予測し全てかわす。
時々シロハと話している時にゴミを投げる猛者もいたが、アオイはその者に賞賛の意を込めてゴミをキャッチしゴミ箱にシュートしていた。
次に怒ったシロハがその猛者をゴミ箱にシュートするまでが一連の流れである。
そして、アオイは自分の空間を探すことにも余念がなかった。
一応アオイにも寮の自室が与えられているが、その部屋が自分だけの場所であると思えないのである。
しかし幸い、この王立学校は様々な施設があるためか少なからずデッドスペースが存在する。
シロハからもらった学園の地図を見て、このデッドスペースに目を付けたアオイはその数あるデッドスペースの一つであるコロシアムと校舎の間にある空間を見つけることに成功していた。もっぱら、休み時間はその場所で過ごすことが多い。
ちなみにアオイ以外にこの場所を知っている人はおらず、シロハにも教えていない。完全なアオイだけのプライベートスポットである。
アオイにとって自分の空間を持っているという事実は、アオイの心の数少ない支えとなっていた。
絶対の安全を手に入れたアオイはそのプライベートスポットで、たまたま生えていたリンゴの木からリンゴをちぎり一口かじる。
「んー、評価するなら『可も不可もなく』だな。まぁタダと考えれば破格なんだがな」
そんな独り言をつぶやくのも、アオイが安らぎを感じている証拠だった。
────と
「やーやーこんなところに空間があるではありませんか。……おや、我々調査団が奥地へと向かった先にはなんとまぁリンゴを持つ姿が様になる先輩が」
アオイは聞こえるはずのない声に体を震わせる。
「誰ッ……ですか?」
「『誰だ?』で構いませんよ、アオイ先輩。ボクは使用人の腹の子なので格差なんて気にしませんよ。庶民の血が流れているので」
アオイがとっさに振り向くと、そこにはどこかあどけなさを感じさせる小柄な少年が飄々とした顔で立っていた。
制服からして中等部だろうか。
「わ~、立派なリンゴの木ですね。一ついいですか?」
体をこわばらせるアオイには目もくれず、少年はリンゴをちぎり両手持ちで丁寧にかじる。
「どうして俺の名前を……」
アオイが困惑しながら少年に問う。
すると少年は手についたリンゴの蜜をなめとりながら
「そりゃあアオイ先輩は有名人ですもん。ボクのいる中等部でも一日として先輩の名前を聞かない日はありませんよ。シロハ様を倒した一般人、世界初にして唯一の人工竜機の持ち主。有名にならない理由ってありますか? ……あ、このリンゴ地味においしいですね」
貴族らしくない、というか自由過ぎる少年にアオイは呆然とする。
何者なんだ、この少年は。
「……あ、すみません。誰だコイツ、俺の縄張りにズケズケと入ってきやがってって話ですよね。ボクの名前はエルっていいます。先輩の思っている通り中等部で二年です。アオイ先輩からすると4コ下っていったらわかりやすいでしょうか」
「あ、ああ」
「それにしてもアオイ先輩、よくこんな居心地のいい場所を見つけましたね。初等部から通っているボクでさえ気づきませんでしたよ。いやはや、素晴らしいです。これは他の人に口外したくなくなりますね」
初対面であるはずなのに饒舌に話すエルにアオイは気の抜けたあいまいな相槌をうつ。
なんだコイツは、と今まで以上に焦った。
基本、この学校で誰かと会話することが少ないアオイだ。年下と言え貴族、緊張する。
すると、そんなアオイを察したのか、エルは
「アオイ先輩。立ち話もなんですし、そろそろ座りません? ちょうど都合よくここにベンチもありますし……ああ、アオイ先輩が運んだようですね。非常にありがたいです」
エルはアオイ以上にこの空間を満喫していた。
アオイは妙に自分と距離を詰めてくるエルを不審に思いながらもエルの隣に座る。
「まぁ……なんだ。俺と話してもあんまりいいことないぞ? 強いて言うならシロハと関係を持つためのパイプになれることくらいだ」
「それでも十分にすごいことなんですけどね。十二機神姫と関わりを持てるだけで中等部では大スターですよ。……ボクは興味ありませんけどね。周りにガヤガヤ囲まれてもうっとうしいだけですし。ボクはただ単純にアオイ先輩との会話を楽しみたいだけです。それだけで大きな価値があります。見てくださいよ、このきらきらとした目。これがやましい企みをしている人がする目ですか?」
「何も企んでいない人はそんなこと言わねぇよ」
「それもそうですね。……でも、ここで冗談を言うことなんてやましい人にはできません。これで信じていただけましたか?」
エルはやはりニコニコした笑顔で手をプラプラとさせる。
掴みどころのない、ふわふわとしたエルの性格に、アオイは苦笑いを禁じ得ない。
しかし、エルの言うことに嘘があるとアオイはは思えなかった。
「まぁ、アオイ先輩が思っていることは分からなくもありません。貴族からの風当たりが強いことも重々承知しています。ですが、信じてみるっていうことも大事だと思いませんか?」
腕を組んで同情の意を示すエルにアオイは「そう言うけどなぁ……」と頭をかく。
「実際、貴族が俺たち庶民をどうこう思うっていうのがイマイチしっくりこない。俺が貴族の気持ちを理解できないように、貴族が俺の気持ちを理解できないのは十分に理解できる」
「あれれぇ? その割には結構理解されてきているとボクは思いますけどねぇ、アオイ先輩」
何気なく聞き流していたアオイは、エルの意味深な言葉に眉をひそめる。
「ん? どういうことだ?」
「あ、いや、気にしないでください。あなたの行動は貴族たちにとって非常に面白いということですよ。きっとそのうち真の理解者が現れてくれますよ」
「そうであることを後輩として願っています」とつけ加え、エルはそそくさと芯だけとなったリンゴを懐にいれる。
立つ鳥あとを濁さず、ゴミをポイ捨てしない分、エルの育ちの良さが感じられた。
アオイがジトッとした目を向ける中立ち上がったエルは、不意に「あっ」と何かを思い出してアオイに向き直る。
「アオイ先輩。もし先輩がよかったらでいいんですけど、またこの場所に来ていいでしょうか? ボクにも色々と静かな場所で休みたいときがあるので。その代わり雑用でも世話でも相談相手でも何でもしますから」
「あ、ああ……。別にここは俺の所有地でもなんでもないから好きに使ってくれていいぞ。あと俺に舎弟を作る趣味はない」
アオイが戸惑いながら頼みを承諾すると、エルは手のひらを合わせて喜ぶ。
「舎弟、いい響きですね。もしアオイ先輩が派閥を作るときはいつでも言ってください。ボクが絶対No.001になりますから。……では今日のところはまた今度ってことで。次は売店で売っている限定ヤキソバブレッドを持ってきますね~。ここで一緒に食べましょう」
エルはきれいにお辞儀をすると、身をひるがえす。
そして軽快なステップで校舎に帰っていった。
「……なんなんだアイツ」
そんなエルの後ろ姿を見たアオイからそんな言葉が漏れ出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます