第14話 アホと炎獄
「51ッ……52ッ……53ッ……」
学園生活三日目の放課後、アオイは学校の敷地内にある陸上競技用のグラウンドのすみで腕立て伏せをしていた。
スカイドラゲリオンを操るためには並々ならぬ体力が必要である。日々の鍛錬を怠ることがないようにと、カイからも言いつけられていた。
────それに、先日シロハに言われていたこともある。体を鍛えることに越したことはない。
アオイの頬からポタリと地面に汗が染みこむ。
「……なにやってんのよ。体なんて鍛えて」
不意に声がしたので、アオイはトレーニングを継続したまま顔をあげる。
見ると、しゃがみこんで膝を支えに頬杖をしたフィリスがアオイが腕立てする様子を淡々と見つめていた。
いつの間に目の前にいたことにおどろきつつ、アオイはフィリスの問いに答える。
「日課ですよッ、日課ッ。体を鍛えておかないといざっていう時に痛い目を見るんですよッ」
「いざっていう時っていつよ」
「さぁッ?でも鍛えることに越したことはないでしょッ?」
「……ふーん。あなた、相当な変人ね」
フェリスは鼻を鳴らして立ち上がる。
そしてアオイの横に立って
「うぐっ!?」
「体鍛えるんでしょ? 手伝ってあげる」
アオイに近づいてその背中に全体重をかけて座った。
フィリスの突然の行動を非常に邪魔に思ったアオイだったが、どけと命令できる身分でもない。仕方なくトレーニングを続行する。
背の上に座るフィリスがけらけらと笑いながらアオイの背中をぺたぺたと触り
「へー、結構鍛えてるわね。ボディービルダーでも目指すのかしら」
フィリスの指が触れる絶妙な感触がアオイを襲う。
「フィリス様……ちょっとくすぐったいです。力が抜けると……フィリス様の重みで……」
「私が重いって思ったら燃やす」
「わーフィリス様軽いですー!」
「ッ!」
フィリスから全力で背中をたたかれ、アオイはヒリヒリする痛みに悶絶する。
非常に悲しいことに、フィリスは体の様々な箇所が平均以下なので禁句リストに『軽い』の文字もリストアップされてしまうのだ。
「あと30回追加」
「ええっ!?」
「文句を言わない。もうちょっと自分の立場ってものを考えたほうがいいんじゃないかしら?」
いらだったフィリスがアオイの背中をつねる。
セリフからフィリスが自分を見下している姿を想像して、アオイは地面と向き合い歯噛みした。
この世界が身分社会ではない平等な世界になればいいのに。
そうアオイが心の底から世界平和を願い、そのまま腕立てを続けていると────突然フィリスが口を開いた。
「……アオイ。あんた、生徒たちから嫌われているわよ」
「……」
アオイが黙って体を動かす。
なおも、フィリスは誰もいない部屋で独り言をつぶやくように
「当然でしょうね。そもそも毛並みが違うんだから。自覚はあるでしょ」
フィリスは自分の瞳と同じ紅色の夕焼けを眺めて言う。
「シロハに気に入られたってのが大体の理由。あの子、昔から他人に興味を持つことが滅多にない子だったから、興味を持たれたあんたはいい妬みの対象よね。あとは庶民風情がこの学校に敷地に入るなっていうバカらしいプライド。そのほかにも色々理由はあるけど、総じてあんたをよく思わない連中は多いわ。今のところシロハが睨みを利かせているから表立っての嫌がらせはないでしょうけれど、これからボチボチ増えてくるわよ」
アオイはフィリスの言葉を聞き流しつつ腕立て伏せを続けた。
実際、これはフィリスに言われなくてもアオイが予測していたことである。この三日間で、アオイは360度からくる痛い嫉妬や侮蔑の視線をひしひしと感じていた。
アオイに話しかけてくる生徒なんてシロハとフィリスくらいのものである。
フィリスはさらに体重をかける。
「できるだけシロハの近くにいることをおススメするわ。そうすれば余程のことがない限り大丈夫よ」
言葉を言い終え、フィリスはピョンとアオイから飛び降りる。
ちょうど、追加分の腕立て伏せが終わったところだ。
「じゃあ、私はこれで失礼するわ。気が向いたらまた乗りに来るかもね」
「────待ってください」
アオイは地面に這いつくばりながらも、顔だけをあげて声を発する。
呼び止められたフィリスは顔は向けずに足を止める。
「なぜ、それを俺に? わざわざこのグラウンドまで来て。別にフィリス様はこのグラウンドに用事なんてありませんでしたよね」
「……さぁ? 気まぐれよ」
アオイが肩で息をする中、振り向いたフィリスは赤く照る夕日をバックににやりと笑った。
「強いて言うなら、あんたが『アホ』だから、かしら?」
アオイはフィリスの双眸から、その真意を知る。
「……ありがとうございます。フィリス様」
「お礼を言うところじゃないでしょ。アホ」
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