第13話 竜機とは、竜機手とは

 場所はかわって竜機格納庫。文字通り竜機が置いてある倉庫である。

 アオイのスカイドラゲリオンも、シロハのホワイトフォーゲルもこの格納庫に安置されている。


「すげー、竜機だらけ」


 格納庫の中にはいるやいなや、アオイは一面竜機という光景に目を輝かせる。

 いったいこれらを全部売ったならどのくらいの金額になるのだろうか、と。

 アオイがそんなことを考えているとはつゆ知らず、腰に手を当てたシロハが自慢げに説明する。


「どうだ、すごいだろ。ここは王立学校の生徒が所有する全竜機、約300機がおさめられている。空調や湿度も専門の業者に管理されていて竜機にとってこの上ない環境となっているぞ。……えーっと、アオイのスカイドラゲリオンは────あそこだ。さすがは人工竜機、機体の形状フォルムからして一目スカイドラゲリオンだとでわかるな」


 機械特有のオイル臭をかぎながら、アオイとシロハはスカイドラゲリオンの前に立つ。

 シロハは驚嘆の息を漏らし


「おまえの兄は本当に腕がいいな。我ながらかなり派手に破壊したと思うのだが、すでに元通りになっている。新品と言われても私は信じてしまうぞ」

「まぁ……そこは認めるよ。どうして王宮技師にならないのかいつも不思議に思ってる」


 アオイとシロハの言う通り、シロハの手によってスクラップ同然になっていたはずのスカイドラゲリオンはカイの努力で完全に修理されていた。


 一応、竜機には自己修復機能が備わっているのだが、スカイドラゲリオンは人工竜機であるためか修復機能が弱い。

 故にスカイドラゲリオンは人の手によっての修理が必要なのだ。


 ちなみに、配線系統や装甲を壊滅的に砕かれたシロハのホワイトフォーゲルだが、たった三日で元通りになっている。これはカイがスカイドラゲリオンを修理するときにかかった時間よりも早い。


「なんか……店の倉庫で見るスカイドラゲリオンとは一味違うな。こう厳重に管理されているのを見ると、もともと闇市にながれていたガラクタの集合体とは思えない。兄さんの趣味がこんなことになるとは……」

「なにを言う。スカイドラゲリオンは人類の宝だぞ? このフォルム、このデザイン、この機能性。おまえの兄がより戦闘向きに改良したことを考えるとそこらの竜機とは比べ物にならないほどの価値があるだろうな。例えばこの肩の部分の可動域がだな────」


 自身の竜機好きに火が付いたシロハはスカイドラゲリオンがどれだけ画期的な竜機かをアオイに熱弁する。

 正直、アオイはシロハが何を言っているのかよく分からなかった。

 理解しようにも一ミリも理解できない。


「この足の関節部もそうだ。この構造だと着地時の衝撃が──」

「わかった、わかったから……。あっ、俺の隣、パルマークスじゃん。アイーダ様の竜機の」


 話が長くなりそうな予感がしたアオイはとっさに隣の紫色をした竜機を指差しシロハの説明を遮る。

 アオイの言ったパルマークスとはシロハやフィリスと同じ十二機神姫の一人である『幻夢』アイーダの愛機だ。

 アオイが格納庫に来て最も見たかった竜機の一つでもある。

 説明を中断されたシロハはぶすくれながらもアオイにあいづちをいれる。


「ああ、そうらしいな。……あれ? おかしいな。スカイドラゲリオンの隣にパルマークスがあるのは順番的におかしいはず……」

「シロハ、どうかしたのか?」

「……いや、なんでもない。多分管理会社のミスか何かなのだろう。別にクレームを入れるほどのことでもない」


 アオイは怪訝な顔をするシロハを不思議に思ったが、あえて突っ込まずに流すことにした。

 余計なことに深入りしても面倒だ。頭の片隅にとどめる程度に覚えておく。


「それはそうとアオイ。早く約束していたスカイドラゲリオンの中を見せてくれ。そこにスカイドラゲリオンの精密性の秘密があるのだろう?」

「ん……ああ、そうだった。別に知られたからどうこうなるものじゃないがな」


「秘密というほどでもない」とアオイはスカイドラゲリオンの入り口を開ける。

 シロハは背伸びをしてアオイの肩越しにスカイドラゲリオンの内部をのぞき込んだ。

 そして、「ほぅ」と小さくつぶやく。


「……やはり異質だな。まず通常の竜機にはあるはずの操縦桿がない」

「まぁ、いらないからな」

「いらな……い?」


 首をかしげるシロハにアオイはスカイドラゲリオンに取りつけてある動作テスト用の手袋をはめる。


「まぁ見てな。……ほい」

「わっ!?」


 アオイの手に連動し、スカイドラゲリオンの手がシロハの制服をつまむ。

 シロハはまるで母親にくわえられた子猫のように宙ぶらりんの状態になった。


「は、放せ! 私はモノじゃないぞ!」

「わかったよ」

「のわっ!?」


 アオイは足をじたばたさせるシロハを投げた。


「アオイ!? 落ちっ────!」

「落とすわけないだろ」


 そして、スカイドラゲリオンを操作し下からすくい上げるように宙に浮いたシロハを優しく受け止める。

 涙目のシロハは自分の座るスカイドラゲリオンの手の平を叩いて


「危ないことをするな! 死ぬかと思ったぞ!」

「そんなに怒るな。ごめんって。……これで分かっただろ。スカイドラゲリオンの精密性」

「私に示すのにももっといい方法があったと思うのだが……」


 シロハは不満げな表情をしながらもうなずく。


「だいたいわかったぞ。スカイドラゲリオンの動きはすべてアオイの動きだったのだな。……案外運動神経が良いのだな」

「まぁな。もちろんあの機敏な動きを習得するのに五回ぐらい死にかけたぞ」


 アオイがカイに仕組まれた地獄の一週間を思い浮かべて遠い目をした。

 短期間で強くなるためにはその方法しかなかったと割り切ってはいるものの、いまだに理不尽だったと思う。


「……アオイ。これは二人だけの秘密にしよう」

「……え?」


 アオイが自身の思い出に苦笑していると、シロハが真剣な顔つきでアオイに言った。


「これは秘密にしておくべきだ。おまえが思っている以上にこの技術は危険だ」

「なんで? 兄さんは俺以外にスカイドラゲリオンを動かすことは無理なように設計してあるって言ってるし、大体スカイドラゲリオンが他の人に使われるなんて────」

「違うな。危険なのはの方だ」


 鋭い剣幕で指を突き付けるシロハに、アオイはたじろぐ。

 訳が分からない。危険なところは何もないはずだ。


 そう思うアオイにシロハは静かに口を開く。


「もしも、私がおまえと戦う時よりも前にスカイドラゲリオンのこの操作方法を知っていたら────私はまずアオイにを盛ることを考える。……いや、少し前に軽いけがをさせておくだけでもいい」

「ッ……!」

「この仕組みは精密動作には秀でているが、同時に竜機手のコンディションが操作に現れやすい。腕が使えなかったらどうだ? 足が使えなかったらどうだ?」


 シロハは忠告する。


「アオイ、竜機の戦いはなにも実戦だけというわけではないぞ。盤外戦術、これも立派な戦い方だ。特にアオイの場合は操作法故の精密動作が最大の武器。それを封じることができれ相手側の勝利の可能性はぐっと高まる」


 シロハの指摘にアオイはゴクリと唾をのむ。


 ひどく平然とした表情で生々しい戦法を言うシロハにアオイは恐怖を覚えた。

 ……いや、これが本来の竜機手に必要な覚悟かもしれない。

 言っているのが一流の竜機手であるだけあって、その一言ひとことに大きな説得力があった。


「だからだ、アオイ。絶対に他の者にこのことを言うな。わかったか」

「あ、ああ……」

「絶対にだぞ。私は友人が傷つくのを見たくはない。いいか、貴族とはそういうものだ。勝つことの重要性を誰よりも知っているからこそ手段を選ばない。この社会で生きるとはそういうことだ」


 シロハはプレッシャーを感じさせる声で目の前の友に言う。


「油断するな。この学校ではいつも敵が近くにいるのだから」

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