第11話 ハッピーエンド?
シロハとの戦いから五日後のこと。
無事に経営が存続されることになった修理屋には、さらなる事件が舞い込んでいた。
「え~っとシロハ様? 今回はどういったご用件ですか? ちゃんと約束は守って製造企業を追い払ってくれたので、こちらとしては何も言うことがないのですけれど……」
アオイはガタガタと震えながらお忍びで来たシロハの顔色をうかがう。
ちなみにカイはスカイドラゲリオンの修理及び改良という名目で倉庫に逃げている。
なので、必然的にアオイがシロハの相手をすることになったのだ。
シロハは店の椅子に座り、足を組みながら
「よせ、様づけなんて勝者がすることではない。シロハでいい。呼び捨てにしろ。私はアオイを認めているのだ」
「ではシロハ……さん?」
「呼び捨て」
「……シロハ」
「うむ、それでいい。語尾に『です、ます』をつけるのもやめろ。わかったな」
やけに笑顔で命令する
これで対等な関係になったと満足げなシロハはうなずいて、要件を話し始める。
「アオイ、私はおまえに一つ頼みがある。友人としての頼みだ」
「友……人……?」
「う? 違うのか?」
「はい……友人です。アオイはシロハの友人です」
それはこの上ない不可抗力だったという(アオイ談)
「そうだな。私とアオイは友人だ。……で、本題だ」
満を持して、シロハは一通の手紙をアオイに差し出す。
赤い蝋で封が閉じられた、アオイでも格式の高いとわかる手紙だ。
アオイは首をかしげてシロハに問う。
「シロハ、これ何?」
「王立学校の推薦状だ。アオイには私と一緒に学校に通ってもらいたい」
「……マジで言ってる?」
相手が貴族であるにもかかわらず、アオイの口から素でタメ口が出た。
アオイの認識では、王立学校とは貴族の、貴族による、貴族のための学園である。そこにアオイのような庶民が入る余地はない。
そんな魔境に放り込まれることを想像しただけでアオイの体の体温がぐっと低くなった。
頬を挟んで青ざめるアオイに気づいたシロハは
「ああ、金のことなら心配ないぞ。我が家が責任もって出してやる。こうみえて私も竜機の大会でそれなりに稼いでいるのだ。人間ひとりを入学させるぐらいわけない。……あとスカイドラゲリオンも持ってこい。王立学校には竜機格納庫があってだな……」
「いやいやいや違う違う。俺は庶民なのに学校になんか行っていいのかってことを言いたいんだよ。だって完全に場違いなところに入れられるんだろ? 俺も肩身が狭いしシロハがよくても貴族連中が不快に感じると思うぞ?」
アオイがジト目で反論する。
しかし、シロハはその言葉を鼻で笑って一蹴した。
「なんだ、そんなことか。……アオイの悪口なんて、私が言わせると思っているのか?」
「説得力がありますねぇ……」
一応、シロハはホワイトフォーゲルで修理屋を物理的に破壊しようとした経歴がある。
根拠の裏付けは十分であった。
「まぁそれに、最近の竜機界隈は十二機神姫一強時代が続き過ぎた結果マンネリ気味でな。ここでドカンと新しい風を吹き込んでおきたいと思っていたのだ。アオイとスカイドラゲリオンはきっと周りにとってのいい刺激になるだろう。……で、アオイの竜機界参入の足掛かりとして王立学校への入学だ。庶民と人工竜機というだけでもインパクトは絶大だからな」
シロハは身振り手振りでアオイを納得させようと喋る。
とどのつまり、シロハが言いたいことは「強い竜機手を増やしてくれ」ということだった。
どんなに言いつくろってもシロハのワガママである。
説明を聞いていたアオイはそのためだけに入学させられそうになる自分の扱いに心の中で泣いた。
「────というわけだ。いい話だろう?」
「いい話か悪い話かで言ったら庶民にとっていい話なんだろうけど、俺は遠慮したいね。もう二度とあんな目にあうのはごめんだ。次に戦うようなことになったら、俺は絶対に負ける。アレはマグレだ」
「……ほう、私はそんなアオイのマグレに負けたのか。……私の屈辱はそんな軽いものだと、アオイは言うのか」
「ッ……!」
目を細めるシロハに、アオイは身をこわばらせる。
しまった、禁句だったか……!
アオイの頭が真っ白に染まる。
相手は貴族、怒らせれば一貫の終わりなのに……!
「……いいんじゃないの? 別に。王立学校に通っても」
張り詰める緊張の中、アオイに助け舟を出す者がいた。
裏の倉庫に引きこもっていたはずのカイである。
カイはガチガチに固まったアオイに爽やかな笑顔を向ける。
「王立学校に入学したからって死ぬわけでもないし、何かが減るわけでもない。むしろ『王立学校卒業』はエリートコース確約のアドバンテージだ。竜機を操れるってだけで入学できるのは幸運だぞ?」
「に、兄さん……」
アオイは心配そうな眼差しで兄を見る。
アオイが王立学校に入学ということは、すなわちカイが一人で修理屋を運営しなければならないということだ。
それは同時に、カイにかかる負担を重くするということである。
カイはアオイの心境を察したのか、白い歯を見せて快活に笑う。
「こっちは心配いらない。たしかにアオイがいないことで不便に思うことはあるが、そこはご近所づきあいでなんとかしてやるさ。だから安心して行ってこい!」
カイがアオイの背中を強くたたく。
少し痛いが、アオイはそれで憑き物が落ちたような気がした。
「アオイ、おまえは俺の自慢の弟だぜ? シロハ様に勝った。俺の作った竜機に乗ってくれた最高の弟だ。そんな奴が貴族に負けるか? 貴族に劣ると思うか? そんなわけねえよな」
兄は、椅子に座る弟の頭をくしゃくしゃっと撫でる。
「おまえはどこに出してもおかしくない立派な弟だ。どこかのボンボンに否定されてくじけそうになったら、いつでも
カイがそう言った時にはすでに、アオイは自然と涙を流していた。
兄の重要性を理解した。自分がどれだけ思われていた存在かを改めて理解した。
アオイはゴシゴシと涙を拭いて、シロハに短く口を開く。
感情が溢れ、稚拙な単語しか思い浮かばない。
「……わかった。行く。王立学校で色んなことを学んで、兄さんに恩返しする」
「いいだろう。それでいい。……私もそんな兄が欲しかった」
「いい兄を持ったな」とシロハはアオイに推薦状を渡した。
アオイは鼻をすすりながら
「シロハ、ありがとう」
「こちらからお願いしているのだ。お礼を言うのは少し違うぞ。私が礼を言いたいくらいだ。……日時は一週間後。貴族街門前で待っている。色よい返事が聞けたこと、心から感謝する」
シロハは二人に深く頭を下げ、店をあとにした。
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